昼間の万事屋銀ちゃんで、ちゅーしちゃった☆なさち銀。

嘘つきは唇泥棒のはじまり

「ねェ銀さん、今日はエイプリルフールよ」
「ああ、らしーな、あっ、そこイイっ」
 ソファに腰掛ける銀時の肩を揉み解しているあやめは、大人しく自分に体を触らせている銀髪の後頭部をじっと見つめた。
 いつものように天井裏に潜んでいた自分に向かって文鎮を投げて呼んだ銀時は、肩が凝っているからどうにかしろと言ってきた。言われるままこうして肩を解しているが、自分の役割は最早マッサージ器というだけなのだろうか。前にもこうやって銀時の体の凝りを解したことが幾度かある。
「ねェ銀さん、どうせなら別のところもマッサージしてあげましょうか?」
 訊ねられ、テレビに向かって一方的な会話をしていた銀時の声が止む。返答がなく、あやめは窺うように背後から銀時の左の耳元に顔を出した。が、銀時の右手に、ぐっと頭を押さえられる。
「オイ余計なことすんじゃねーぞ」
「よ、余計なことって何かしら」
 あやめは銀時の耳元になんとか顔を近づけようとするが、やはり銀時の右手に阻まれる。
「おまえ、俺の耳に口つけようとしてるだろ」
「そんなことしてないわ、ぐっ」
「ぐっ、ってなんだオイ、すっげェ力入ってんじゃねーか」
「してないわよ、ホントよ。マッサージだけじゃなくて耳掃除もしてあげようかと思って耳の状態を……。だから隙をついて耳に舌入れてみようなんてこれっぽっちも思ってないわよ」
「めちゃめちゃ思ってんじゃねーかオイ。やめろって」
 強く言われ、あやめは頭を引き、両肩に置いていた手を再び動かし出す。
 あ~あァ、これじゃあ揉み損じゃない。
 銀時もテレビへとの会話をを再開し、あやめは、ふと思い直した。
 ……でもないか。こういう何気ないひと時にでも愛は育まれていくもの。今のこの状態なんて倦怠期間際な夫婦じゃない。セックスレスが何よ、私と銀さんの一緒にいる時間には何者にも勝てないわ!
 あやめは支離滅裂な自らの思考に溜息をついた。
はァ。なんだか疲れちゃったわ。これじゃあホントに倦怠期間際ね……。ただの都合がいい女でも私はいいのよ。なのに銀さんは私に指一本触れようとしない。どうして?ねェ、銀さん、一部では人気の巨乳メガネのくノ一もあなたにとっては遊ぶ価値もない相手なの?
「ああァ!もうなんだよっ」
 突然、銀時は頭を掻きむしり、後ろのあやめに振り返った。しょんぼりとしながら肩を揉んでいるあやめを見ると、テレビに視線を戻した。
「マッサージ代、何がいいんだよ」
 投げやるように訊かれたが、あやめの眼鏡の奥の瞳に光が戻る。
「な、なんでもいいの?!」
「なんでもいいってことないけど、何がいいか言ってみろよ。あ、けど、ムリだったら片っ端から却下してくからな」
 表情は見えないが背中が照れているように見え、あやめは微笑んだ。
「私のこと好きって言って」
 顔を引き攣らせた銀時は、あやめに振り返り毒づく。
「はァ?!好きでもねーのに、んなこと言えるか」
「だから、今日はエイプリルフールじゃない。ウソでもいいから言って欲しいの。聞きたいの、ちゃんと本物の銀さんの声で」
「本物の銀さん?どういうことだ?まさか、おまえ俺に隠れてとんでもないことやってんじゃねーだろな」
「えっ、とんでもないことってなあに?」
と、あやめは自分の口を両手で押さえ、目を泳がせてながらもしらを切ろうとする。
「あからさまに動揺してんじゃねーか。何したんだよ、吐けよ」
「イヤよ、吐くなんて。朝食の納豆パンをリバースしたくなんてないわ」
と、あやめは自分の口の中に指を差し込んだ。
「そっちじゃねェェ!つうかやめろ!こんなとこでえづくな!」
 銀時はあやめの口の中の指を引き抜いた。掴んだままの腕を自分の方へと引き寄せ、もう片方の腕も掴む。
「本物ってどういうことだよ、言えよ」
 じろりと睨まれ、あやめはその視線から顔を逸らす。
「何よ、ちょっと銀さんの声によく似た声優のCDをちょっと編集して、あやめが好きだって言わせただけじゃない、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
と、あやめは目尻に涙を浮かべ、膝を擦り合わせた。
な……コイツ、こんなんで感じてんのかよ。
 銀時は脱力し、あやめの両手を離す。手を離され、寂しがるあやめを見た銀時は口の片端を上げてあやめの両手首を頭上に上げ、ソファへ押し倒した。
「おまえのストーキングは相当なもんだな」
 見下ろされ、あやめはどきりとする。
「す、ストーカーの鑑って言って欲しいわ」
 上擦った声で強がられ、銀時は思わず笑みを零した。
「くっくっく……ダメだわ、やっぱおまえ、笑える……」
 え、それってお笑い担当であって、女としては見られてないってこと……?
 銀時は、あやめから離れてソファに座り、あやめは表情を曇らせながら体を起こして銀時の隣に腰掛けた。揃えた膝の上に両手を置き、悔しさから無意識に拳を作る。
 どう足掻いても私じゃダメなの?それとも、もう心に決めた人がいるの?……好きなのに、銀さんのことこんなに好きなのに……。
 俯いて下唇を噛み、あやめの瞳に涙が溜まる。隣の銀時は、やれやれと溜息をつき、あやめの膝を自分に向かせ、自分もあやめに向かって座り直す。
「なんだァ、その、おまえのことが……」
と、銀時は照れ臭そうにそっぽを向き、頭を掻く。
「銀さん……?」
 あやめに声を掛けられ、銀時は、はっとして誤魔化す。
「て、言えるわけねーだろ!ウソでもテメーにそんなこと言ったら更にしつこくなるだろ!今でも充分過ぎるのに!」
「ちっ、ダメか」
「オイ、やっぱその気だったのかよ」
「だってェ、銀さん、そうでもしないとちっとも言ってくれないじゃない」
「だから好きでもねーのにそんなこと言えるか」
 振り出しに戻った問答に、あやめは自然と微笑む。
「ありがとう、銀さん」
「は?」
 前振りなしに礼を言われ、銀時はあやめの顔を見つめた。
「私、やっぱり銀さんが好き」
と、ソファに正座し、腰を浮かせる。銀時の頬を両手で包み、唇を軽く重ねてにこりと小首を傾げた。目を白黒させた銀時の追撃の右手は空を掻き、あやめはすでに部屋の出入り口の戸に手を掛けていた。
「オイこら!勝手に何しやがる!」
と、立ち上がる。
「いやァねェ、マッサージ代に決まってるじゃない。ウソでも私のこと好きだって言ってくれなかったんだから、こちらから頂戴したまでよ」
「そっちの方が高くついてるじゃねーか!」
「唇のひとつやふたつ、男がごちゃごちゃ言うものじゃないわよ、銀さん。あんなのただの挨拶代わりでしょ?」
「挨拶代わりって俺ァ日本人だ!」
 あやめはご機嫌な様子で銀時に投げキッスをすると
「じゃあ、またね、銀さん」
と、万事屋を後にした。
「二度とうちの敷居をまたぐんじゃねェェェ!」
 あやめの気配がすっかり無くなると銀時は、ふっと笑ってソファに腰掛け、背をもたれさせる。
 何がマッサージ代だよ。ったく、婿入り前の男の唇奪いやがって。
 テレビをぼやりと見つめながら先程の口づけを思い返す。
 納豆臭くもなくいい匂いしたし、柔らかかったから、まァ……いいか。
嘘つきは唇泥棒のはじまり
Text by mimiko.
2011/04/01

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