近→→←妙バレンタイン。
近藤さんはビシッと気合入れて仕事中に抜け出して恒道館道場付近へ。お妙さんはこれからお世話になってるみんなに義理チョコを渡しにいこうとしてます。
近藤さんはビシッと気合入れて仕事中に抜け出して恒道館道場付近へ。お妙さんはこれからお世話になってるみんなに義理チョコを渡しにいこうとしてます。
恋のおまじない
「あのォ、お妙さん、そのォ……」
その日、妙はもじもじとして煮え切らない大男に片眉と口元を引き攣らせていた。
なんなのよ、このゴリラ。ストーカーの分際で私からのチョコをくれって言うんじゃないでしょうね。ていうか、大の男が道端でずっとモジモジモジモジ……ああもうっ!
自分の頭の上でずっと「あの」だの「その」だのを繰り返す近藤の顔を見上げた。するとそれを合図にするかのように近藤は早口で言った。
「お妙さんッ!好きです!俺の気持ちを受け取って下さいッ!!」
と、手元に綺麗に包まれた贈り物らしきものを差し出される。
目を丸くした妙は瞬きを繰り返し、赤面して俯いたままの近藤を見た。
「これはなんのマネですか?」
妙の反応は至って冷静だ。
「イマドキの若者を見習って逆チョコというものに挑戦したんですッ!」
姿勢を崩さずに答える近藤を冷ややかな目で見て顔を逸らせる。
「チョコレートならちゃんと自分用に買いましたからいりません」
ぴしゃりと言われて折れそうになった心を奮い立たせて近藤は続ける。
「いやでもコレ、手作りなんで!どうか受け取って下さいッ!」
え?手作り?
妙は差し出されたままの包みを見直した。じっと見つめてみたが、男性の手作りとは思えない丁寧な包装がされている。
もしかしてラッピングから気合入れたの?
下げられたままの近藤の頭を見つめる。
「どうして逆チョコなんですか?」
先程の張りつめた冷たい声が少し和らぎ、近藤は安堵する。
「今日は女性がチョコレートと共に好きな男性に思いを告げる日ですけど、惚れた腫れたに男も女も関係ねェ。仮にお妙さんが男で俺が女だったとしても俺はお妙さ、っんぶゥゥゥ!!」
妙は近藤の下げられたままの頭に肘を打ち込み、その勢いのまま近藤は地に伏した。
「誰が男だって言うんですかコノヤロー」
と、顔を引き攣らせながら微笑み、近藤の後頭部を両足で踏みつける。
「ぐぬ、おたっ、ちょ、待っ、鼻折れっ」
近藤の悲痛な叫びなどお構いなしに地面に顔をめり込ませる。自分の気が済むと、近藤の頭から降りて言った。
「あなたの思いなら、大量返品したいくらいにいつも押しつけられてます」
これ以上、押しつけてきてどうしようというのよ。今まで無理矢理、受け取らされた沢山の思いをすべて返せる当ても手段も、私のような小娘は持ち合わせていないのに。
「だからもういりません。店にも来ないで下さい」
俯いていた妙は近藤の手から離れて落ちていた包みに気づくと、それを拾った。砂埃を掃い、崩れていた包装を開く。透明の袋に入れられている一口サイズの丸いチョコレートは、まるで市販されているような出来栄えで、とても手作りとは思えず、妙は義理チョコだと昨晩から数多く用意したチョコレートを恥ずかしく思った。
ゴリラのくせに、どうしてこんなに綺麗に作れるのよ。ていうか、ほんとにゴリラが作ったの?
妙は透明の包み紙を開け、近藤が作ったというトリュフチョコレートを口の中に転がした。口内の熱で自然と溶けだし、苦すぎることも甘すぎることもなく、とても美味しいと感じた。
「……美味しい……」
思わず出た妙の呟きに、地面にめり込んだ顔を上げた近藤の表情があっという間に明るくなる。
「ほんとですか!お妙さん!」
嬉しそうな声がし、チョコレートを味わっていた妙は我に返る。
「やっぱあのおまじないが効いたのかなァ。完成したチョコレートにこっそりキスしたりなんかしてッ!ダッハッハッ!」
と、照れを誤魔化すように豪快に笑う。膝に手を突きながら顔を上げると妙の右拳が目の前にあった。受け身をとる間もなく鼻を打たれ、近藤は先程よりも激しい衝撃で背中を電柱に打ちつける。
「ゴリラてめェなんて呪いかけてくれてるんだアアっ!?」
腹の底から力の入った声で言われ、胸倉を掴まれて睨まれる。
「あ、アハハ、いやだなお妙さん~!そんなの冗談に決まってるじゃないですかッ!」
思っていた以上の妙の怒りの形相に、近藤は両手を上げて弁明を続ける。
「そんなのしたらココアパウダーが変に少なくなって跡が残ってすぐにバレるじゃないですかッ!だから持ってきたのにはやってませんってッ!」
「持ってきたのにやってなかったってことは、作ってる時にはやってたってことですよね?」
図星を刺された近藤はあからさまに妙から視線を逸らせた。
「い、いや、そんなまさかッ!そ、そ、総悟がね!そんなことを言ってたからほんの出来心っていうか!ちょっと試しただけで!お妙さんにあげるものに、そんなまさかなことしませんってッ!」
視線を合わせてもすぐに逸らせる近藤を一瞥した妙は、チョコレートをもう一粒取り出した。全体を眺めてから、それに口づけて近藤の目の前に見せる。
「確かに不自然ね」
妙の低い声に、おどおどしながら目の前のチョコレートに視点を合わせる。妙の唇が触れた所はココアパウダーが薄くなっており、妙の唇には少量のココアパウダーが付着していた。そのココアパウダーを舐めとりたい衝動に駆られた近藤は、妙の唇をじっと見つめる。送られる視線といつもと違う近藤の雰囲気に、はっとし、妙はもう一方の手で近藤の鼻を摘まんだ。
「イッ?!」
妙に打たれた鼻を今度は摘ままれ、近藤は痛みに表情を歪める。開いた口にチョコレートを放り込まれ、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。
え、アレ?これって……。
我に返った近藤は行ってしまう妙の後姿を見上げた。妙の手に自分が贈ったチョコレートの包みはない。先ほど妙に開封されたそれは自分の傍に落ちていた。開かれたままになっていた包みの個数と食べた数を勘定した近藤は口内のチョコレートを味わう。
間違いねェ、今食ってるのってお妙さんのキスマーク付きのチョコレートだ。
「……美味いなァ……」
その日、妙はもじもじとして煮え切らない大男に片眉と口元を引き攣らせていた。
なんなのよ、このゴリラ。ストーカーの分際で私からのチョコをくれって言うんじゃないでしょうね。ていうか、大の男が道端でずっとモジモジモジモジ……ああもうっ!
自分の頭の上でずっと「あの」だの「その」だのを繰り返す近藤の顔を見上げた。するとそれを合図にするかのように近藤は早口で言った。
「お妙さんッ!好きです!俺の気持ちを受け取って下さいッ!!」
と、手元に綺麗に包まれた贈り物らしきものを差し出される。
目を丸くした妙は瞬きを繰り返し、赤面して俯いたままの近藤を見た。
「これはなんのマネですか?」
妙の反応は至って冷静だ。
「イマドキの若者を見習って逆チョコというものに挑戦したんですッ!」
姿勢を崩さずに答える近藤を冷ややかな目で見て顔を逸らせる。
「チョコレートならちゃんと自分用に買いましたからいりません」
ぴしゃりと言われて折れそうになった心を奮い立たせて近藤は続ける。
「いやでもコレ、手作りなんで!どうか受け取って下さいッ!」
え?手作り?
妙は差し出されたままの包みを見直した。じっと見つめてみたが、男性の手作りとは思えない丁寧な包装がされている。
もしかしてラッピングから気合入れたの?
下げられたままの近藤の頭を見つめる。
「どうして逆チョコなんですか?」
先程の張りつめた冷たい声が少し和らぎ、近藤は安堵する。
「今日は女性がチョコレートと共に好きな男性に思いを告げる日ですけど、惚れた腫れたに男も女も関係ねェ。仮にお妙さんが男で俺が女だったとしても俺はお妙さ、っんぶゥゥゥ!!」
妙は近藤の下げられたままの頭に肘を打ち込み、その勢いのまま近藤は地に伏した。
「誰が男だって言うんですかコノヤロー」
と、顔を引き攣らせながら微笑み、近藤の後頭部を両足で踏みつける。
「ぐぬ、おたっ、ちょ、待っ、鼻折れっ」
近藤の悲痛な叫びなどお構いなしに地面に顔をめり込ませる。自分の気が済むと、近藤の頭から降りて言った。
「あなたの思いなら、大量返品したいくらいにいつも押しつけられてます」
これ以上、押しつけてきてどうしようというのよ。今まで無理矢理、受け取らされた沢山の思いをすべて返せる当ても手段も、私のような小娘は持ち合わせていないのに。
「だからもういりません。店にも来ないで下さい」
俯いていた妙は近藤の手から離れて落ちていた包みに気づくと、それを拾った。砂埃を掃い、崩れていた包装を開く。透明の袋に入れられている一口サイズの丸いチョコレートは、まるで市販されているような出来栄えで、とても手作りとは思えず、妙は義理チョコだと昨晩から数多く用意したチョコレートを恥ずかしく思った。
ゴリラのくせに、どうしてこんなに綺麗に作れるのよ。ていうか、ほんとにゴリラが作ったの?
妙は透明の包み紙を開け、近藤が作ったというトリュフチョコレートを口の中に転がした。口内の熱で自然と溶けだし、苦すぎることも甘すぎることもなく、とても美味しいと感じた。
「……美味しい……」
思わず出た妙の呟きに、地面にめり込んだ顔を上げた近藤の表情があっという間に明るくなる。
「ほんとですか!お妙さん!」
嬉しそうな声がし、チョコレートを味わっていた妙は我に返る。
「やっぱあのおまじないが効いたのかなァ。完成したチョコレートにこっそりキスしたりなんかしてッ!ダッハッハッ!」
と、照れを誤魔化すように豪快に笑う。膝に手を突きながら顔を上げると妙の右拳が目の前にあった。受け身をとる間もなく鼻を打たれ、近藤は先程よりも激しい衝撃で背中を電柱に打ちつける。
「ゴリラてめェなんて呪いかけてくれてるんだアアっ!?」
腹の底から力の入った声で言われ、胸倉を掴まれて睨まれる。
「あ、アハハ、いやだなお妙さん~!そんなの冗談に決まってるじゃないですかッ!」
思っていた以上の妙の怒りの形相に、近藤は両手を上げて弁明を続ける。
「そんなのしたらココアパウダーが変に少なくなって跡が残ってすぐにバレるじゃないですかッ!だから持ってきたのにはやってませんってッ!」
「持ってきたのにやってなかったってことは、作ってる時にはやってたってことですよね?」
図星を刺された近藤はあからさまに妙から視線を逸らせた。
「い、いや、そんなまさかッ!そ、そ、総悟がね!そんなことを言ってたからほんの出来心っていうか!ちょっと試しただけで!お妙さんにあげるものに、そんなまさかなことしませんってッ!」
視線を合わせてもすぐに逸らせる近藤を一瞥した妙は、チョコレートをもう一粒取り出した。全体を眺めてから、それに口づけて近藤の目の前に見せる。
「確かに不自然ね」
妙の低い声に、おどおどしながら目の前のチョコレートに視点を合わせる。妙の唇が触れた所はココアパウダーが薄くなっており、妙の唇には少量のココアパウダーが付着していた。そのココアパウダーを舐めとりたい衝動に駆られた近藤は、妙の唇をじっと見つめる。送られる視線といつもと違う近藤の雰囲気に、はっとし、妙はもう一方の手で近藤の鼻を摘まんだ。
「イッ?!」
妙に打たれた鼻を今度は摘ままれ、近藤は痛みに表情を歪める。開いた口にチョコレートを放り込まれ、ほんのりとした甘さが口の中に広がった。
え、アレ?これって……。
我に返った近藤は行ってしまう妙の後姿を見上げた。妙の手に自分が贈ったチョコレートの包みはない。先ほど妙に開封されたそれは自分の傍に落ちていた。開かれたままになっていた包みの個数と食べた数を勘定した近藤は口内のチョコレートを味わう。
間違いねェ、今食ってるのってお妙さんのキスマーク付きのチョコレートだ。
「……美味いなァ……」
恋のおまじない
Text by mimiko.
2011/02/12