さらば真選組篇の近→←妙妄想。原作寄りを目指しましたがいろいろ足りないので雰囲気で読んでやってくださいませ。

「粘り強さとしつこさは紙一重」(第二巻第八訓)
「酔ってなくても酔ったふりして上司のヅラとれ」(第三巻十七訓)
「ああ やっぱり我が家が一番だわ」(第四巻二十八訓)
「どうでもいいことに限ってなかなか忘れない」(第七巻五十訓)
「キャバクラ遊びは20歳になってから」(第九巻第七十四訓)
「一日局長に気を付けろッテンマイヤーさん」(第十二巻第百一訓)
「人は皆運命と戦う戦士」(第三十六巻第三百十三訓)
「恋はゴキブリポイポイ」(第五十二巻第四百六十訓)
「顔隠して心隠さず」(第五十二巻第四百六十一訓)
将軍暗殺篇(第五十六巻第五百二訓~第五十八巻第五百二十四訓)
さらば真選組篇(第五十九巻第五百二十五訓~第六十一巻第五百五十一訓)
上記前提です。

あなたの笑顔

 あの男が最後に店へ来たのはいつだっただろう。本当は覚えているが、妙は改めて勘定する気になれなかった。それも、万事屋として働く弟は依頼主も依頼内容も明かしはしなかったが、しばらく家を留守にした後、怪我を負って帰宅したからだ。新八の怪我の具合は軽傷であったが、重傷の銀時が大江戸病院に入院していた。
 なかなか顔を見せに来ないのは、おそらく近藤も負傷しているのだろう。彼は、体の傷が癒えると自分の所へやって来る。傷跡をひとつ、ひとつと増やしながら、大男には似つかわしくない間の抜けた声で自分の名を叫びながら自分の所へやって来る。激務によって健全な心を擦り減らされてできた傷を癒しに自分の所へやって来る。
 彼が自分の所に帰ってくる時は、街が平和である証だ。不穏な知らせを見聞きしても、彼が帰ってくれば、不安や心配も吹き飛び、日々楽しく暮らせる。いつもならこれほど気にかかることはないのだが、今回ばかりは何度も呪文のように唱える。自分が勤めるジャングルに彼はある日ひょっこり現れる。ゴリラの帰る所はジャングルでなければならないと。
 しかし、将軍は暗殺されたと報じられた。そして、警察庁長官松平片栗虎と真選組局長近藤勲の斬首刑、真選組解体についても報じられた。ニュース番組、新聞記事、週刊誌、ワイドショー番組――目にするものすべてが虚偽に見える。
 騒然とした世情を耳にする度、何とも言い知れぬ不安にかられていた。それが、真選組解体、松平と近藤の斬首刑の報により、ただの嫌な予感ではなくなってしまった。街の平和が失われようとしているのは、彼がこの世を去ろうとしているからなのだと。もう、腐れ縁である仲間たちと再び馬鹿をやれなくなってしまう。そんな確信など不要であるのに、腑に落ちてしまった。
 近藤は、敢えて自分の所へやって来なかったのだろうか。護らなければならない主君を護ることができず、罪の意識に苛まれているのだろうか。ならば、近藤に自分は必要なはずだ。時間が残っているうちに何故、会いにこない。僅かな時間であっても、何故、癒しも慰めもさせてくれない。自ら追い詰め、ひとりで死を受け入れ、腐れ縁を残して部下からも自分からも逃げることなど許しはしない。
 日々、あれほどの付き纏い行為をしておきながら、その制裁を受け止めておきながら何故、まだわからない。自分が近藤へ託した思いは、近藤が生きてこそのものなのに。
「おい、お妙。いい加減ついてくるのはやめろ。どこで何が目ェ光らせてるかわからねーんだぞ。て、なんでボートに乗ってんのおまえ!」
 近藤を救出するべく投獄島への向かう小型艇に乗り込もうとしたら銀時に突っ込まれた。
「うちで飼ってるゴリラが脱走しちゃったから、ちょっとそこまで捕獲しに……」
と、笑顔で櫂を掴む。銀時は呆れて溜息をついた。
「あのね、お嬢さん。君、捨てられたんだよ?それでも彼氏に縋りつきたいわけ?」
 痛い所を突かれ、言葉に詰まる。目元が熱くなり、妙は俯いた。ゴリラを捕獲しに行くのだと、平然を装っていただけなのが銀時にばれている。
「弟君もさァ、姉ちゃんにちゃんと言ってあげたの?ゴリラに弄ばれてただけだってさァ」
 現実を突きつけられ、妙は握った櫂を握りしめる。込み上がる苦さを勢いに顔を上げた。
「私は……!」
 銀時の生気のない目がこちらを見た。
 試されている。足手まといにしかならない自分を連れて行くか行かないか、この一言で見極められる。緊張で喉が渇くが、腹に溜まっていた思いを吐き出す。
「私は、あの人の笑顔をもう一度見たい……!」
 自分の口から出た言葉なのに胸が締めつけられた。目には涙がたまる。このまま口を開けば涙をこぼしてしまう。けれど、ここで泣きだせば銀時は自分を置いて行く。新八も神楽も説得したのに、置いて行かれる。それだけは回避したい。
「一目でもいい……!」
 妙は涙を落としながらも続ける。
「もう一度、あの人の笑顔を見れたら、それだけで生きていける……!」
 嘘だ。口から出まかせだ。たった一目だけなんて嫌だ。近藤と、みんなと、ずっと一緒にいたい。
 銀時は長い溜息をついた。あふれ出る涙にまかせて泣き出しそうになっていたが、我に返る。
「そんなに惚れてるならとっとと籍入れときゃよかったのによ。ったく、バカな女だな」
 銀時に涙を見られまいと、妙は視線を落とした。しゃくりそうになる嗚咽を飲み込み、なんとか堪える。
「銀さん……私がただの荷物でしかなくなったら、さっさと置いて行ってくださいね……」
 銀時は、櫂を握ったまま俯く妙を眺めた。細い肩は震えている。
 酒でしか癒せない傷があると近藤は言っていた。が、妙のこの様子では別れを告げなかったに違いない。こんな風に泣かれてしまうのなら果実の汁をすすりにジャングルへ行くのを躊躇う気持ちもわかるが、真選組部下への伝言ゲームばかりか、女のお守りまで押しつけられるとは。高い酒を飲まされたものだ。ぼったくりにもほどがある。
「やだよ。ゴリラの霊に祟られるなんざ御免だ」
***
 いくら同一の人物を救出しに行くといっても、腐れ縁の彼らはやはりいがみ合いながら先を進んだ。
 万事屋の縁を自分に繋いだのは弟の新八だ。そして、自分は近藤と出会い、もつれた痴情をどうにかしてもらおうと万事屋へ依頼した。姑息な手段で決闘に勝利した銀時と、彼を恨んだ近藤の部下とはそれ以降、顔を合わせればいがみ合う腐れ縁らしい。切っても切れない万事屋と真選組。こんな所まで来ているのに、もうあの日には帰れないと思っていたのに、彼らは所構わずいがみ合う。まるで近藤と自分だ。
 新八は、近藤もみんなも必ず連れて帰ると誓って彼らと一緒に前へ進んだ。泣きながら竹刀を握っていた幼い弟はもういないのだと実感し、頼もしく感じた。成長を嬉しく思った。だが、自分の足は真夜中の海に浸されている。自分から浸した覚えはない。今、彼らの心と共にあることに希望を抱いている。なのに、たった一滴の不安が妙の心の中をじわりじわりと闇の色に染めていく。近藤が自分の前に姿を見せなかったことが、やはり気になっていた。
 以前、誘拐した女性を人質とした寺院立て籠もり事件が起こった時、テレビ中継で彼を見たことがあった。
 どれだけ人に嫌われようが笑われようが構わない。護るべきものを護れない不甲斐ない男には決してなりたくない。たとえ何者の屍を越えようとも護らなければならないものがある。そのもののために剣を抜け――。
 護るべきもののためならば、振り返らずに行ってしまう。帰る所である街に、我が家に彼がいないこの現状が、それを物語っている。
 彼は、まだ迷っているだろうか。護らなければならない主君を護ることができず、罪の意識に苛まれ、敗北したことに打ちひしがれているのだろうか。それとも、仲間を、真選組を護ることのために散れるのならと、今生を振り返っているだろうか。そこに、自分はいるだろうか。
 求婚して断られ、花見をしたり、下着泥棒を捕まえたり、住居侵入して踏まれたり、足しげくキャバクラへ通ってはキャバ嬢に所持金を巻き上げられ、野球を観戦することなく隕石をさよならホームランされたり、浴衣をプレゼントしては血祭にあげられ、お面を被った夏祭りでは遊び心に上限のない露天商店主による露店遊び――思い出してくれているだろうか。
 やがて島のあちこちで火の手が上がり、負傷者が次から次へと小型艇に運ばれてくる。妙は、真選組隊士や攘夷浪士たちの傷の手当に勤しんでいた。仲間たちの安否が心配される。負傷者は敵対する見廻組でも大勢出ているのだろう。
 ふと妙は、自分の勤め先であるキャバクラで権威を奮った暴君とそのお付を思い出した。警察庁長官であった松平が失脚し、その座に就いた佐々木異三郎――。冷たい目と無の表情を持つ佐々木は、松平とも近藤とも違う侍だった。なのに、情けがあった。何も感じないように無を装っただけのメール侍だった。しかし、彼は松平や近藤に何かを抱えている。でなければ、かつての上司と同僚に剣先を向けはしないだろう。
 小型艇から戦火を見上げる妙は胸騒ぎを覚えた。
***
 迷いはなかった。己の命で責を果たせるのならば安いものだ。しかし、情に脆い同志たちが気がかりで万事を請け負う男に言付けを頼んだ。だが、その男の友にそそのかされた。迷うことなどないと思っていたのに迷ってしまった。そもそも、万事屋には剣に迷いがあると見抜かれてはいた。迷いのある今なら勝てるとぬかしていたがどの口が言ったものか。
 あの夏の夜、遊びが過ぎる万事屋に命懸けで金魚すくいをやらされた。金魚をすくおうと屋上から飛び降りる彼女の身を護ろうと手を掴んだ。が、彼女は邪魔をするな、ルール違反だとビルを駆け下りた。ルールを守って金魚をすくうことばかり考えていた彼女は自らを省みず必死だった。なのに、己の背中からこぼれ落ちた妻に先立たれたサングラス老人の身を護ろうと掴んだ足は決して離さなかった。ルール違反に憤怒していたはずなのに、そこにある護るべきものを救おうと、彼女は金魚をすくうポイを手放し、老人へ手を伸ばした。
 万事屋の友である仇敵が語った彼女は、彼女が見た真選組を護ろうと自らを省みず幕府に盾突いたらしい。
 何も言わずに去ったのに、あの夏の夜、彼女の与り知れぬところで誓ったはずなのに、彼女と己の士道(見ているもの)が重なったように錯覚した。
 毎夜のふざけた語らいに邪魔ばかりされた逢瀬――そんなくだらない日々を過ごせなくなる新時代。そこから国を救うと何度も繰り返す攘夷志士に洗脳されてしまった。テロリストの話術とは実に恐ろしいものだ。
***
 本当に正義の味方みたいな方なんですねと照れた彼女の笑顔を鮮明に覚えている。特撮ヒーローは変身していようがいまいが、ヒーローたるもの正義の味方でなければならない。真選組もそれに準じる。特別警察真選組は隊服を着用していようがいまいが、真選組たるもの馬鹿で物騒で街の平和を護らなくてはならない。
 むさ苦しい真選組の印象を払拭すべく立ち上がった万事屋が、酒と笑顔で癒してくれた彼女が、大勢の同志が、悪友らが、皆が言っていた侍こそが己が歩むべき士道。
 佐々木の剣先に道を訊ねられたが迷いはもうなかった。道を逸れた己を悪友の茨ガキに連れ戻されたのだから。
***
 自ら入った檻の中だったが、敵であったはずの桂、敵となった佐々木によって命を救われた。
 松平が指揮する船に乗り込み、負傷者の手当てをすべく真選組隊士、見廻組隊士らが船内を駆け回る。それが少し落ち着くと、見覚えのある女を遠目にした。何度も求婚した女だ。
「声をかけてやらなくていいのか」
 隊士の安否確認をしていた土方に声をかけられ、瞬きを忘れていた右目を伏せる。
 記憶の中の彼女を笑顔のままにしておきたかった。別れを告げて悲しい顔をさせたくなかった。彼女は、あの街で仲間たちと楽しく笑顔を絶やさない日々を過ごして欲しかった。
「うん、いい。……ていうか、なんでいんの?」
「真選組の……じゃねーな。アンタの名誉を護ろうとしたんだ。大目に見てやれよ。つーか、嬉しくないのか?」
「……嬉しいけど……」
と、呟き、無心に傷の処置を手伝う妙を見て心苦しくなる。
「けど、何?」
 煮え切らない態度に腹を立てたらしい土方の語尾が強まる。
「失敗したなァってさ。なんも言ってなかったんだよね……」
 土方に大きな溜息をつかれ、苦笑いする。
「もう一度聞く。声をかけてやらなくていいのか」
「うん、いい」
「なんで」
 即、答えると即、聞き返された。
「仕事やってるのかって見張りに来たんだろう。ちゃんと仕事しねーとな」
「……アンタが女に振られる理由がわかったよ」
「トシに言われたかねーし」
 彼女ならわかってくれている。
 近藤は口端を微かに上げ、隊士が持って寄こした隊服を羽織った。

あなたの笑顔
Text by mimiko.
2016/01/25

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