WJ2017年16号第六百二十七訓「平和と破滅は表裏一体」とWJ2017年17号第六百二十八訓「ジャムの蓋が開かなくなった時にはゴム手袋でぎゅっと掴もう」前提の近妙。「帰ってきた」のつづき。
近藤さんに乗ってたパンデモニウムをコマの隙間でムカムカしながら引き剥がしていたつもりです。
近藤さんに乗ってたパンデモニウムをコマの隙間でムカムカしながら引き剥がしていたつもりです。
あの人が帰ってきた
「みんなおつかれさま」
と言うと、神楽ちゃんのツッコミがあった。
「アネゴ、それ違う」
そうよね、せっかく私のあの人が帰ってきたんだもの。みんなにおつかれさまなのは勿論だけど、キャバ嬢である私の仕事もしっかりしなくちゃ。
「あの、近藤さん……おつかれさまでした。おかえりなさい……」
踵を上げて背伸びをし、目の前にいた近藤さんの頬にそっとキスをした。
温かくて意外に柔らかい頬だった。あのお別れの前に見た痛々しい傷跡も、あの時より緩やかになって三白眼の瞳は、じっと私を捉えて離さない。
もう私を離さないで、近藤さん。ずっと私の傍にいて。
熱っぽい彼の視線に胸が熱くなる。久しぶりに見るその目を見つめ返していると私の鼓動は速くなる。
ああもう、近藤さんったら。そんな目で見ないで。じゃないと私、すごいキスでもしてもらえるんじゃないかしらって期待しちゃうんだから……。ああもう、そんな真剣な顔で……!
「ダ……ダメよ、こっ……近藤さん!そんなふうに見つめないで!!」
「だからアネゴ、それ違う」
落ち着いた神楽ちゃんの声がしていつになくかっこいい近藤さんの背後に、よく似たゴリラがぼんやり見える。
「お妙さん、そんなそっぽ向いてないでこっち向いてくださいよ。お妙さんの激しい愛はこの俺がしっかりと受け止めますんで」
彼の声が何故か近藤さんによく似たゴリラから聞こえた。かっこいい近藤さんの体の向きを変え、よく似たゴリラに奪われる。
「ちょっとゴリラの分際で何するのよッ」
「君こそなんだ俺のお妙さんとえらく仲がいいじゃないかッ」
よく似たゴリラに奪われたかっこいい近藤さんの体を掴んでこちらに向ける。
「ちょッ、待てよォ!俺のパンデモニウムさんんんん!」
新ちゃんまで乱入してくるとみんなは突っ込むことなく向こうへ行ってしまった。
三人でパンデモニウムを掲げたまま沈黙が流れ、私はその沈黙を破る。
「どうするんですか、近藤さん。あなたがボケ始めるから変なことになっちゃったじゃないですか」
「……面目ない……」
「いや、姉上も相当でしたよ」
「そうかしら。新ちゃんのほうが中毒末期みたいでヤバかったわよ」
「し、仕方ないじゃないですか。パンデモニウムさんがかわいすぎるんですから」
「新八くん、照れるところじゃないよ。こりゃ末期だな」
近藤さんと私は新ちゃんにパンデモニウムを託し、どちらからともなく笑みをこぼす。ひとしきり笑うと近藤さんは新ちゃんと私を見て微笑んだ。
「新八くんもお妙さんもよく頑張ってくれましたね」
にかっと歯を見せて笑う近藤さんの温かな笑顔に思わず新ちゃんも私も安心して涙ぐみそうになった。けれど、長めの瞬きで誤魔化す。
「まだですよ、近藤さん」
両手にしたパンデモニウムに語りかけた新ちゃんはみんなの所へ行こうとする。
「僕ら三人のただいまとおかえりはまだ先です。明日も頑張りましょう」
新ちゃんは気を利かせてくれたのか私を置いて行ってしまった。
「いいんですか、みんなの所へ戻らなくて」
通りの道端に敷いていた筵(むしろ)で体を休めていたはずの怪我人たちもいつの間にか眠っており、辺りは静まり返っている。こんな時にいけないと思っても期待してしまう自分が恥ずかしい。
「私のことは放っておいて構いませんから近藤さんは早くみんなの所へ戻ってください」
私の心の中にいい意味でも悪い意味でも居座り続けるその人は空いていた筵に腰を下ろす。
「ここへようやく帰ってこれたんです。お妙さんを放って戻りはしません。こここそが俺の帰る所です」
今はみんなといることより私といることを選んでくれて嬉しかった。けれど私の口はひねくれている。
「よく言いますね。みんなも、私も、行けないような所へひとりで行こうとしたくせに」
筵の前で草履を脱いで正座する。隣からは苦笑いがこぼれた。
「だから、私は……」
と、まで言って我に返る。
蒸し返したいわけじゃないのにどうしてこの口は勝手に動いてしまうの。
「傷跡、痛みますか?」
言ってしまったことの後悔を飲み込む。これ以上、余計なことを言ってしまわないよう唇を横へ引き延ばして首を左右に振った。なのに、優しい太い指が私の首に掛かった髪の毛をすくう。
ダメ……!
慌ててまた首を左右に振ったため、髪にだけ触れていた指が肌に触れた。その目を見てはいけないと思うのに反射的に彼の顔を見てしまった。
あ……!まだ、ダメなのに……!今、慰められたら、きっともうこの人の温もりから離れられなくなってしまう……!
切ない眼差しに身動きが取れなくなる。
ダメよ、近藤さん。お願い、慰めたりしないで。そんな資格、私にはないんだから。ひとりよがりを働いた私を許さないで、お願い……!
「俺たちのために怒ってくれてありがとう」
免罪ではなく感謝の言葉に驚いて涙がひとつこぼれてしまった。
どうしてそんなふうに言えるの、近藤さん。さっきも新ちゃんと私によく頑張ったなって……。
私は近藤さんの心の温かさにいよいよ根負けして泣きじゃくってしまった。そんな私の頭を近藤さんは父のように、兄のように、優しく撫でてくれる。
「もう、何度もダメだと思ったんです……でも、みんな……みんなが、きてくれて……」
涙交じりで聞き取りにくいはずなのに、近藤さんは相槌を打ってちゃんと聞いてくれる。
こんなにこの人に甘えたいって思って、こんなに甘えるの、私、初めてね。ね、近藤さん……。
「真選組のみんなもきてくれて……」
視線が合った近藤さんの顔が近くなって唇に温かいものが触れて離れた。
え……? 今のは……何?
「続きはまた今度にしましょう。呼ばれてるんで先行きますね、すみません」
近藤さんは遠くでする各グループの招集の声に筵から立ち上がった。行ってしまう背中目がけて足袋の足跡を付ける。新制服がなんだというのよ。
「お妙を放って戻らないって言ったのどの口じゃいィィィ!!」
格好だけ変わっても中身何も変わらないじゃない。結局私から逃げようとするんだから。何よもう、新しい制服ちょっとかっこいいと思った気持ちを返しなさいよ。ああもうムカムカするぅ。
と言うと、神楽ちゃんのツッコミがあった。
「アネゴ、それ違う」
そうよね、せっかく私のあの人が帰ってきたんだもの。みんなにおつかれさまなのは勿論だけど、キャバ嬢である私の仕事もしっかりしなくちゃ。
「あの、近藤さん……おつかれさまでした。おかえりなさい……」
踵を上げて背伸びをし、目の前にいた近藤さんの頬にそっとキスをした。
温かくて意外に柔らかい頬だった。あのお別れの前に見た痛々しい傷跡も、あの時より緩やかになって三白眼の瞳は、じっと私を捉えて離さない。
もう私を離さないで、近藤さん。ずっと私の傍にいて。
熱っぽい彼の視線に胸が熱くなる。久しぶりに見るその目を見つめ返していると私の鼓動は速くなる。
ああもう、近藤さんったら。そんな目で見ないで。じゃないと私、すごいキスでもしてもらえるんじゃないかしらって期待しちゃうんだから……。ああもう、そんな真剣な顔で……!
「ダ……ダメよ、こっ……近藤さん!そんなふうに見つめないで!!」
「だからアネゴ、それ違う」
落ち着いた神楽ちゃんの声がしていつになくかっこいい近藤さんの背後に、よく似たゴリラがぼんやり見える。
「お妙さん、そんなそっぽ向いてないでこっち向いてくださいよ。お妙さんの激しい愛はこの俺がしっかりと受け止めますんで」
彼の声が何故か近藤さんによく似たゴリラから聞こえた。かっこいい近藤さんの体の向きを変え、よく似たゴリラに奪われる。
「ちょっとゴリラの分際で何するのよッ」
「君こそなんだ俺のお妙さんとえらく仲がいいじゃないかッ」
よく似たゴリラに奪われたかっこいい近藤さんの体を掴んでこちらに向ける。
「ちょッ、待てよォ!俺のパンデモニウムさんんんん!」
新ちゃんまで乱入してくるとみんなは突っ込むことなく向こうへ行ってしまった。
三人でパンデモニウムを掲げたまま沈黙が流れ、私はその沈黙を破る。
「どうするんですか、近藤さん。あなたがボケ始めるから変なことになっちゃったじゃないですか」
「……面目ない……」
「いや、姉上も相当でしたよ」
「そうかしら。新ちゃんのほうが中毒末期みたいでヤバかったわよ」
「し、仕方ないじゃないですか。パンデモニウムさんがかわいすぎるんですから」
「新八くん、照れるところじゃないよ。こりゃ末期だな」
近藤さんと私は新ちゃんにパンデモニウムを託し、どちらからともなく笑みをこぼす。ひとしきり笑うと近藤さんは新ちゃんと私を見て微笑んだ。
「新八くんもお妙さんもよく頑張ってくれましたね」
にかっと歯を見せて笑う近藤さんの温かな笑顔に思わず新ちゃんも私も安心して涙ぐみそうになった。けれど、長めの瞬きで誤魔化す。
「まだですよ、近藤さん」
両手にしたパンデモニウムに語りかけた新ちゃんはみんなの所へ行こうとする。
「僕ら三人のただいまとおかえりはまだ先です。明日も頑張りましょう」
新ちゃんは気を利かせてくれたのか私を置いて行ってしまった。
「いいんですか、みんなの所へ戻らなくて」
通りの道端に敷いていた筵(むしろ)で体を休めていたはずの怪我人たちもいつの間にか眠っており、辺りは静まり返っている。こんな時にいけないと思っても期待してしまう自分が恥ずかしい。
「私のことは放っておいて構いませんから近藤さんは早くみんなの所へ戻ってください」
私の心の中にいい意味でも悪い意味でも居座り続けるその人は空いていた筵に腰を下ろす。
「ここへようやく帰ってこれたんです。お妙さんを放って戻りはしません。こここそが俺の帰る所です」
今はみんなといることより私といることを選んでくれて嬉しかった。けれど私の口はひねくれている。
「よく言いますね。みんなも、私も、行けないような所へひとりで行こうとしたくせに」
筵の前で草履を脱いで正座する。隣からは苦笑いがこぼれた。
「だから、私は……」
と、まで言って我に返る。
蒸し返したいわけじゃないのにどうしてこの口は勝手に動いてしまうの。
「傷跡、痛みますか?」
言ってしまったことの後悔を飲み込む。これ以上、余計なことを言ってしまわないよう唇を横へ引き延ばして首を左右に振った。なのに、優しい太い指が私の首に掛かった髪の毛をすくう。
ダメ……!
慌ててまた首を左右に振ったため、髪にだけ触れていた指が肌に触れた。その目を見てはいけないと思うのに反射的に彼の顔を見てしまった。
あ……!まだ、ダメなのに……!今、慰められたら、きっともうこの人の温もりから離れられなくなってしまう……!
切ない眼差しに身動きが取れなくなる。
ダメよ、近藤さん。お願い、慰めたりしないで。そんな資格、私にはないんだから。ひとりよがりを働いた私を許さないで、お願い……!
「俺たちのために怒ってくれてありがとう」
免罪ではなく感謝の言葉に驚いて涙がひとつこぼれてしまった。
どうしてそんなふうに言えるの、近藤さん。さっきも新ちゃんと私によく頑張ったなって……。
私は近藤さんの心の温かさにいよいよ根負けして泣きじゃくってしまった。そんな私の頭を近藤さんは父のように、兄のように、優しく撫でてくれる。
「もう、何度もダメだと思ったんです……でも、みんな……みんなが、きてくれて……」
涙交じりで聞き取りにくいはずなのに、近藤さんは相槌を打ってちゃんと聞いてくれる。
こんなにこの人に甘えたいって思って、こんなに甘えるの、私、初めてね。ね、近藤さん……。
「真選組のみんなもきてくれて……」
視線が合った近藤さんの顔が近くなって唇に温かいものが触れて離れた。
え……? 今のは……何?
「続きはまた今度にしましょう。呼ばれてるんで先行きますね、すみません」
近藤さんは遠くでする各グループの招集の声に筵から立ち上がった。行ってしまう背中目がけて足袋の足跡を付ける。新制服がなんだというのよ。
「お妙を放って戻らないって言ったのどの口じゃいィィィ!!」
格好だけ変わっても中身何も変わらないじゃない。結局私から逃げようとするんだから。何よもう、新しい制服ちょっとかっこいいと思った気持ちを返しなさいよ。ああもうムカムカするぅ。
あの人が帰ってきた
Text by mimiko.
2017/03/27