さらば真選組篇後の前向きお妙さん。
「書くものに悩む貴方へ」shindanmaker.com/601337の診断結果からのツイッターのアンケート機能利用でお題決定。

どんなに呼んでも届かない

 あの日と同じ夕焼けを自宅の庭から見上げた妙は、珍しく敬称を添えた姓を吐露した。普段は親しみを込めて愛称で呼んでいた彼の本当の名だ。自分の前ではなかなか真の姿を見せてくれない意地の悪さを備えているのだから、敢えての愛称などかわいらしいものである。そうは思うのに、大男には似つかわしくない間の抜けた声で、ここでゴリラはないよね、などと訴えてくる様が脳裏に浮かぶ。妙は、口元を綻ばせて再び夕焼けを見つめた。
 今、彼の名を呼ぶ自分の声は、彼の耳に届きはしない。けれど、この気持ちはあの日、彼の心に確かに届いていた。
 あの三白眼から声色、表情から仕草、発する言葉、すべてにおいて畏まっていた彼だったが、あの時、穏やかな笑顔で言ってくれた。
 行ってきますと言ったからには、お帰りなさいと言わせてくださいね、私のお巡りさん。
 夕陽の色に染まる空を見上げたまま、妙は右手を上げてその指先を額に寄せた。
 今日もそれなりに街は平和であったと、どこかでこの夕焼けを見上げている彼へ報告すると、妙は足早に戸締りをする。
 きっと、ある日突然ひょっこり帰ってくるんだから、ちゃんと戸締りしとかないと。変なタイミングで帰って来られると困るのよね。いつでもちゃんと綺麗にしていたいのに。
 妙は、こそばゆい気持ちに我に返って熱くなった頬に両手を当てた。恥ずかしいからこの気持ちまでは彼に届いてなくていい。けれど、彼のことだからきっとわかっているのだろう。妙は両頬に当てていた手を下ろす。赤面したまま気持ちを奮い立たせた。自分のこの気持ちを知った上での彼の言動を想像する。
 逃げても、向かってきても、どうしてやろうかしら、あのゴリラ。
 胸の前で握った拳を鳴らすと妙は戸締りを再開した。
どんなに呼んでも届かない
Text by mimiko.
2016/04/18

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