スナックすまいるで近藤さんと虫の居所が悪かったお妙さん。
ゴリラ扱い
ゴリラは薄い水割りが入ったグラスの中の氷を鳴らしてコースターの上に、それを置いた。
「お妙さんは今日も綺麗ですね」
「ありがとうございます、よく言われます」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれど、なんの打撃も受けていなさそうな、にこやかな表情に苛立ちが募り出す。
「お妙さんは今日も笑顔が素敵ですね」
「ありがとうございます、よく言われます」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれど、なんの打撃も受けていなさそうな、にこやかな表情に更に苛立ちが募る。
「お妙さんは今日も飲まないんですか?」
「ありがとうございます、お気持ちだけ頂戴します」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれどって、もう三回目よ。
虫の居所が悪いと言うのに、わざと逆撫でしているのかしら、このゴリラ。
「そっか~、お妙さん、あまり強くない方ですもんね」
少し不愉快に思って隣のゴリラを睨みつけた。
「子供扱いしないで下さい」
ふっと笑って私の目を見る。
しまった、営業モードを崩しちゃった。
「じゃあ大人扱いしましょうか」
と、ゴリラは私の手を握って、腰を抱き寄せた。
「これはなんのつもりです?」
微笑んでみたけど、こめかみに血管が浮き出ているのを自覚する。ついでに眉毛も引き攣っている。
「大人の女性扱いです。俺はあなたのことが好きだから、こういうことになります」
満面の笑みの内側は何を考えているのかわからない。
いつも散々というくらい痛い目に遭っているはずなのに、懲りるということはないのかしら。
それとも大人の女性であるのならば殴りはしないと高を括っているのかしら。
握られていない方の手でゴリラの頬に触れた。表情をひとつも変えないゴリラは私の目をじっと見つめる。
そうですか、これがあなたの大人の男性ヅラなのですね。
全力疾走でもしてきたかのように、急に鼓動が五月蝿くなる。誤魔化すように、その頬を抓った。
「いででっ」
ついでに捻ってもみた。
「ひぐぐぐっ」
無理に笑顔を作ろうとするゴリラの変な表情に思わず噴き出す。
おかしなゴリラね。
「なんですかその痛がり方、ちょっとおもしろいじゃない、うふふ」
ゴリラがあまりにおかしいものだからお腹を抱えて一頻り笑ってみたら、少しすっきりした。
「すっきりしましたか?」
いつもの澄んだ目に微笑まれた。
「なんかウップン溜まってるって顔してたから、少しは発散できればいいなって」
だからわざと私に殴られるようなことをした、と。
「お陰様で。ありがとうございます、お客さん」
仕返しにゴリラとも呼ばずに礼を言う。
ゴリラが孫悟空で、私が釈迦如来だと思っていたけれど、私が孫悟空で、この人が釈迦如来だったのね。
とんだ猿芝居だわ、大人扱いって何よ。
手の平の上で弄ばれる者の気持ちを、この人は考えたことがあるのかしら。
悔しいったらないわ、誰も、新ちゃんでさえも気づかなかったのに。
「はァ良かった。実はもっとボコられるんじゃねーかってちょっとヒヤヒヤしてたんです。けど、いつもと趣向を変えてみて良かった。お妙さんに密着もできブぅぅぅぅ!」
馬鹿正直なゴリラね。
利き手で作った拳でゴリラの頬を歪ませ、憤りを捻じ込む。
言わなくてもいいようなことまで言うんだもの。
けれど、少しは見習った方がいいかも知れない。
ほんの少しのことも見逃さずにいてくれたことがほんの少し嬉しかったのに、それを素直に伝えられない。
「調子に乗らないでもらえますか、ゴリラさん。うちはそういう店ではないんですよ」
ゴリラは左頬を擦りながら微笑む。
「お妙さん」
語尾にハートマークでもついていそうな声に、再び片眉が引き攣る。
「なんでしょう?」
ああ、駄目ね。口元も引き攣って、今とっても可愛くない顔をしているのに止められない。接客中だというのに、どうしてくれようかしら。
「今、お客さんじゃなくてゴリラさんって呼んでくれたよね?」
感激している顔に、苛立ちは募りに募って腹の底から口へと出る。
「ゴリラ言われて喜んでるんじゃねェェこのゴリラぁぁぁぁ!」
ゴリラの顎鬚を打ち上げ、ひと息ついて伸びているゴリラの隣に座る。空いたグラスに新しく薄い水割りを作りながらまた息をついた。
ゴリラのことを、なかなか近藤さんと呼べない私は、ゴリラにも及ばない子供なのね。
「お妙さんは今日も綺麗ですね」
「ありがとうございます、よく言われます」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれど、なんの打撃も受けていなさそうな、にこやかな表情に苛立ちが募り出す。
「お妙さんは今日も笑顔が素敵ですね」
「ありがとうございます、よく言われます」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれど、なんの打撃も受けていなさそうな、にこやかな表情に更に苛立ちが募る。
「お妙さんは今日も飲まないんですか?」
「ありがとうございます、お気持ちだけ頂戴します」
わざと営業用の笑顔に他人行儀で言ってみたけれどって、もう三回目よ。
虫の居所が悪いと言うのに、わざと逆撫でしているのかしら、このゴリラ。
「そっか~、お妙さん、あまり強くない方ですもんね」
少し不愉快に思って隣のゴリラを睨みつけた。
「子供扱いしないで下さい」
ふっと笑って私の目を見る。
しまった、営業モードを崩しちゃった。
「じゃあ大人扱いしましょうか」
と、ゴリラは私の手を握って、腰を抱き寄せた。
「これはなんのつもりです?」
微笑んでみたけど、こめかみに血管が浮き出ているのを自覚する。ついでに眉毛も引き攣っている。
「大人の女性扱いです。俺はあなたのことが好きだから、こういうことになります」
満面の笑みの内側は何を考えているのかわからない。
いつも散々というくらい痛い目に遭っているはずなのに、懲りるということはないのかしら。
それとも大人の女性であるのならば殴りはしないと高を括っているのかしら。
握られていない方の手でゴリラの頬に触れた。表情をひとつも変えないゴリラは私の目をじっと見つめる。
そうですか、これがあなたの大人の男性ヅラなのですね。
全力疾走でもしてきたかのように、急に鼓動が五月蝿くなる。誤魔化すように、その頬を抓った。
「いででっ」
ついでに捻ってもみた。
「ひぐぐぐっ」
無理に笑顔を作ろうとするゴリラの変な表情に思わず噴き出す。
おかしなゴリラね。
「なんですかその痛がり方、ちょっとおもしろいじゃない、うふふ」
ゴリラがあまりにおかしいものだからお腹を抱えて一頻り笑ってみたら、少しすっきりした。
「すっきりしましたか?」
いつもの澄んだ目に微笑まれた。
「なんかウップン溜まってるって顔してたから、少しは発散できればいいなって」
だからわざと私に殴られるようなことをした、と。
「お陰様で。ありがとうございます、お客さん」
仕返しにゴリラとも呼ばずに礼を言う。
ゴリラが孫悟空で、私が釈迦如来だと思っていたけれど、私が孫悟空で、この人が釈迦如来だったのね。
とんだ猿芝居だわ、大人扱いって何よ。
手の平の上で弄ばれる者の気持ちを、この人は考えたことがあるのかしら。
悔しいったらないわ、誰も、新ちゃんでさえも気づかなかったのに。
「はァ良かった。実はもっとボコられるんじゃねーかってちょっとヒヤヒヤしてたんです。けど、いつもと趣向を変えてみて良かった。お妙さんに密着もできブぅぅぅぅ!」
馬鹿正直なゴリラね。
利き手で作った拳でゴリラの頬を歪ませ、憤りを捻じ込む。
言わなくてもいいようなことまで言うんだもの。
けれど、少しは見習った方がいいかも知れない。
ほんの少しのことも見逃さずにいてくれたことがほんの少し嬉しかったのに、それを素直に伝えられない。
「調子に乗らないでもらえますか、ゴリラさん。うちはそういう店ではないんですよ」
ゴリラは左頬を擦りながら微笑む。
「お妙さん」
語尾にハートマークでもついていそうな声に、再び片眉が引き攣る。
「なんでしょう?」
ああ、駄目ね。口元も引き攣って、今とっても可愛くない顔をしているのに止められない。接客中だというのに、どうしてくれようかしら。
「今、お客さんじゃなくてゴリラさんって呼んでくれたよね?」
感激している顔に、苛立ちは募りに募って腹の底から口へと出る。
「ゴリラ言われて喜んでるんじゃねェェこのゴリラぁぁぁぁ!」
ゴリラの顎鬚を打ち上げ、ひと息ついて伸びているゴリラの隣に座る。空いたグラスに新しく薄い水割りを作りながらまた息をついた。
ゴリラのことを、なかなか近藤さんと呼べない私は、ゴリラにも及ばない子供なのね。
ゴリラ扱い
Text by mimiko.
2010/05/19