クリスマス・イブの仕事帰り。

ゴリラはサンタクロース

 街ではクリスマスにちなんだ曲がどこからともなく聴こえ、行き交う人々もどこどなく浮足立っている。今晩はクリスマス・イブで、妙は新八と九兵衛の三人で過ごす予定であったが、他のアルバイトの娘の都合で急遽、妙が代わりに店に出ることとなった。スナックすまいるではクリスマス週間中で最終日となる明日まで客にクリスマスケーキがサービスされる。そのケーキは大抵ホステスがに客に食べさせてやるのだが恋人同士の気分を味わえると好評でホステスは贈り物や注文目当てにいつもより可愛らしく振舞う。クリスマス本番とも謂える今日は特に常連客が贔屓のホステスに贈り物を渡すのが目についた。妙も期待しなかった訳ではなかったが今日の収穫物は何もなく、いつもうっとおしい程つきまとっている男は今日も店に姿を現さなかった。最後に来たのはクリスマス週間が始まる前だった。
 別にいいわよ。こんな日くらいあのゴリラの顔を見ないで済むんだから……それがきっとクリスマスプレゼントってことなのよ。
 いつもより高い声音であれこれと常連客からの贈り物を自慢しているおりょうを横目で見やりながら店を出た。
「んげ。」
 奇妙な妙の声におりょうの口が止まった。妙の視線の先を見るといつものあの男がいる。おりょうはにたりと笑い、妙の腕を肘で突いた。
「良かったじゃない、お妙~」
「何がよ、ちっとも良くないじゃない」
 今日は心を荒げることなくこのまま家に帰れると思ったのにどうしているのよ。仕事で忙しいなら無理して来なければいいのに。
「プレゼントが来たわよ」
 そう言われ、ころりと考えを改めた。
「あ、そうね」
 あまりの変わり身の速さにおりょうはくすくすと笑う。
「お妙はほんっと現金ねェ。お返しにチュウでもしてあげなさいよ~」
 妙に耳打ちするとおりょうは近藤に会釈し、さっさと行ってしまった。
 誰がそんなことするんじゃいィィ!―とでも言いたくなったがそれを飲み込み、近藤の前を通り過ぎた。置いて行かれそうになり、近藤は慌てて妙の後を追う。
「お妙さん、怒ってますか?」
「……」
「お妙さんが店に出てるって今日知りまして、その、時間がどうにも都合つかなくって、だから」
しどろもどろになりながら真後ろをついて来る近藤に苛立ち、妙は歩みを止めて振り返る。
「何か約束なんてしてましたっけ?」
「あ……いえ……」
 いつも約束などしていない。自分が勝手に近づいているだけだ。わかってはいてもぴしゃりと言ってのけられ近藤は肩を落とす。黙り込んでしまった様子に妙は深く溜め息をついた。
「サンタクロースって本当にいないのね」
「え?」
「今日くらいはゴリラに遭いませんようにってお願いしたのにこれなんだもの」
 妙が諦めたように笑い、近藤は嬉しそうに笑う。
「はは、じゃあ、俺がお妙さんのサンタクロースになりますよ、ほらユー、ごぐェェ!」
 妙は近藤の顎を右の拳で打ち上げた。
「いろいろ問題があるからそういうことを言うのはやめて下さい」
 菩薩の笑顔で言われ、近藤は顎を摩る。
「いやでもお妙さん、トシにレッツパーリしたくないのかって言……」
「近藤さん、あなた自然が大好きな天然隊長をよくご存知ですよねェ?」
 菩薩の笑顔が微妙に引き攣っている。近藤は声だけで笑う。
「は、はははァ、お妙さんよく知ってますねェ、実はお妙さんもゾニー派?奇遇だなァ、俺もゾニー派なんですよォ」
 微笑んでいた妙の目がほんの一瞬光り、近藤は殺気を感じた。
「あらいやだ、私はオヴェェ贔屓の弁天堂派ですよ?なんの因果か持ってませんけど」
 にこりと笑った妙に近藤は言葉を失くした。
 ま、まだオヴェェ買えなかったこと根に持ってるゥ。やっぱこんなんより換金率高いオヴェェの方が良かったかなァ。
 近藤はぶら下げていた紙袋から淡い桜色のショールを取り出し、それを妙の肩に掛けた。
「オヴェェじゃなくてすみません」
 妙はショールを押さえる近藤の手に気づき、ショールを眺めると近藤の顔を見上げる。
「こういうの持ってると思ったんですけど何枚あってもいいかと思って……」
 妙がショールを胸元で押さえ、近藤はにこりと笑うと手を放した。
 とてもいい肌触り。
 改めてショールを眺め、温かさを実感する。確かにショールは数枚持っているが、これは上質の物だ。所持している物は安価で質もさほどよくない。
 どうしよう、ちょっと嬉しいかもしれないじゃない。
―お返しにチュウでもしてあげなさいよ~―
 おりょうに言われたことを思い出し、妙は目を細めた。
 ちょっと嬉しくても頬にキスなんてできるもんですか。そんなことしたら最後、このゴリラどこまで図に乗るかわかったもんじゃないわ。
 妙は浮かない顔の近藤を見て首を捻った。
「どうかしました?」
 あ、まさかキスしろって言うんじゃないでしょうね。
 おりょうが言っていたのは頬へのものではないが妙の解釈では完全にそうなっている。それは恋愛経験における未熟さ故のことだったが、そんなことを知る由もない近藤は、贈り物をやはり別の物にすれば良かったのではないかと後悔していた。
「え、あ、その……気に入ってくれたらいいなァって思ったりなんかして」
 はははと笑う近藤に礼を言ってないことに気づく。
「あ……」
 て、なんでかしら、言い辛い。
 いつも全身全霊をもってぶちのめしてる人物に礼を言うことなど考えられず、有り難いと思うことすら奇妙に感じる。しかし、いくらそんな相手であろうと不義理な振舞いはしたくない。
 妙は結んでいた口を一度開き、言おうとしたが声が出てこず、再度閉じた口を開いた。近藤と視線が合い、ええいと心の中で勢いをつけて発する。
「ど、どうもありがとうございましたっ!」
 捨て台詞のように言いながら背を向け歩き出す。近藤は妙の頬が少々赤いのを見逃さず、顔を綻ばせ後を追った。
ゴリラはサンタクロース
Text by mimiko.
2009/12/21

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