WJ2017年18号第六百二十九訓「推理はロジックが大切」前提の近妙です。小銭形さんのハードボイルド語りやってみました。難しいですね…!
ハードボイルドな一本
男でも女でも酔いたい時がある。忙しない仕事の合間、ほんの一息つける時、何もかも忘れたい時だ――。
小銭形は燗をつけた徳利を摘んで仲間の集まる部屋へと戻る。出入り口では大柄の男が部屋の中の様子を窺っていた。江戸を護るに心強いハードボイルドな警察のトップだ。
「局長、よく帰ったな。今そっちの部屋でデリバリーすまいるが営業してるんだが、局長も一本どうだ? 温まるぞ」
と、徳利を静かに上げて見せた。
「お、いいなァ。邪魔しようかな」
調子のよい近藤の声に小銭形は笑みをこぼす。
「さすが局長だな。アンタの部下にゃァ世話にもなったがこっちも世話してやったんだがな。一本誘っても、もう一本誘っても全然ノってこなかったんだ」
「愛想のねェ奴ですまなかったな。面倒をかけた」
と、頭を下げる近藤に小銭形は口角を上げる。
攘夷戦争後、ある日突然、表舞台に特殊武装組織が現れたが、こうして自分のような一同心にまで礼儀を尽くす頭が存在していたからなのだと納得せざるを得なかった。
「まァまァ、堅いこたァいいからデリバリーすまいるでしっぽりイッとけ、局長」
小銭形に誘われるまま連れられた近藤は部屋の中に足を踏み入れながら訊ねる。
「あの、デリバリーすまいるでしっぽりって、どういうサービス……」
「かわいい女が美味いお銚子一本注いでコッチの調子を上げてくれるサービスだよ、局長。アンタもキュッとイクの好きだろう?」
「そんなことは大好きだけれどもそんなッ、お妙さんがワカメ酒注いでくれるなんてッ」
近藤の早とちりに小銭形はぽかんとし、その部屋の中からとてつもなく禍々しい気配を感じた。
「誰がワカメですか。オカッパじゃなくてポニーテールなんですけど私」
妙は菩薩の笑みを浮かべた。
「調子が上がる一本なら私が何本でも刺してあげますから。近藤さん、服を脱いでそちらの壁際にお立ちになって」
見知った顔がいくつか視界に入った気はしたが、こちらの調子が上がる一本を何本でも妙にさすってもらえるとは。服を脱いだ上で壁ドンで立っていいとは。遂に彼女と進展する時が来ようとは。
気持ちの舞い上がった近藤は向かい合った妙の手に鋭く光る矢を見て目を見開いた。
違う。こちらのその一本をさすってくれるのではない、思っていたより近い距離でその短い矢を刺されるのだ。自分はその的である。
期待を粉砕された近藤は壁に縫いつけられた両腕はそのままに項垂れた。ダーツの矢を打たれている途中、部下の声を聞いたような気がしたが妙の過激な仕置きは止まらないので気のせいだったのだろう。
腹に備えつけられた的には一本も刺さらないので妙の怒りのほどは腹に立つほどではないのかも知れない。こちらを弄ぶかのようにダーツの矢は人をかたどる。
手持ちのダーツの矢が少なくなると妙は打ち損じを回収しに近藤のもとに寄った。俯いた顔の前に妙の肩口が接近する。
「……バカ……」
呟くように言われた近藤は顔を上げようとしたが留まり、鼻先を妙の首筋に寄せた。近藤の吐息がうなじにかかったことを意識した妙はまた小さくこぼす。
「……変態……」
胸の鼓動が速くなることを意識した妙は勢いをつけながら背伸びした。片手を上げてダーツの矢を壁から引き抜く。
「……もうッ、縛られててよかった……ッ」
照れを誤魔化すように早口になる妙は踵を下げて上げていた手をゆっくりとおろした。そして近藤の首元で告白する。
「じゃないと、私……あなたに襲われちゃう……ッ」
と、妙は小走りで所定の位置に戻った。
男は女の可愛らしさに身悶え、女は男の葛藤する様を愉しそうに微笑んだ。
――俺たちは常に様々な柵(しがらみ)に囚われている。故に自由に焦がれ、求め続ける。時に束の間の自由を勝ち取り、時に癒しにその身を委ねる。
酒、家族、友人、恋人。たとえその存在が焦がれ続けている自由を許さずとも、俺たちはそれを幸福と錯覚し、結果、自由を奪われることを望む。
国に囚われた近藤勲に自由をと奮闘した俺たちだったが、結局この男は幕府(オカミ)ではない女将(オカミ)の、オカミ違いの柵に入り直したハードボイルドなゴリラだったということか。
俺もそろそろテメェのカミさんところに帰ろうかな。
小銭形は燗をつけた徳利を摘んで仲間の集まる部屋へと戻る。出入り口では大柄の男が部屋の中の様子を窺っていた。江戸を護るに心強いハードボイルドな警察のトップだ。
「局長、よく帰ったな。今そっちの部屋でデリバリーすまいるが営業してるんだが、局長も一本どうだ? 温まるぞ」
と、徳利を静かに上げて見せた。
「お、いいなァ。邪魔しようかな」
調子のよい近藤の声に小銭形は笑みをこぼす。
「さすが局長だな。アンタの部下にゃァ世話にもなったがこっちも世話してやったんだがな。一本誘っても、もう一本誘っても全然ノってこなかったんだ」
「愛想のねェ奴ですまなかったな。面倒をかけた」
と、頭を下げる近藤に小銭形は口角を上げる。
攘夷戦争後、ある日突然、表舞台に特殊武装組織が現れたが、こうして自分のような一同心にまで礼儀を尽くす頭が存在していたからなのだと納得せざるを得なかった。
「まァまァ、堅いこたァいいからデリバリーすまいるでしっぽりイッとけ、局長」
小銭形に誘われるまま連れられた近藤は部屋の中に足を踏み入れながら訊ねる。
「あの、デリバリーすまいるでしっぽりって、どういうサービス……」
「かわいい女が美味いお銚子一本注いでコッチの調子を上げてくれるサービスだよ、局長。アンタもキュッとイクの好きだろう?」
「そんなことは大好きだけれどもそんなッ、お妙さんがワカメ酒注いでくれるなんてッ」
近藤の早とちりに小銭形はぽかんとし、その部屋の中からとてつもなく禍々しい気配を感じた。
「誰がワカメですか。オカッパじゃなくてポニーテールなんですけど私」
妙は菩薩の笑みを浮かべた。
「調子が上がる一本なら私が何本でも刺してあげますから。近藤さん、服を脱いでそちらの壁際にお立ちになって」
見知った顔がいくつか視界に入った気はしたが、こちらの調子が上がる一本を何本でも妙にさすってもらえるとは。服を脱いだ上で壁ドンで立っていいとは。遂に彼女と進展する時が来ようとは。
気持ちの舞い上がった近藤は向かい合った妙の手に鋭く光る矢を見て目を見開いた。
違う。こちらのその一本をさすってくれるのではない、思っていたより近い距離でその短い矢を刺されるのだ。自分はその的である。
期待を粉砕された近藤は壁に縫いつけられた両腕はそのままに項垂れた。ダーツの矢を打たれている途中、部下の声を聞いたような気がしたが妙の過激な仕置きは止まらないので気のせいだったのだろう。
腹に備えつけられた的には一本も刺さらないので妙の怒りのほどは腹に立つほどではないのかも知れない。こちらを弄ぶかのようにダーツの矢は人をかたどる。
手持ちのダーツの矢が少なくなると妙は打ち損じを回収しに近藤のもとに寄った。俯いた顔の前に妙の肩口が接近する。
「……バカ……」
呟くように言われた近藤は顔を上げようとしたが留まり、鼻先を妙の首筋に寄せた。近藤の吐息がうなじにかかったことを意識した妙はまた小さくこぼす。
「……変態……」
胸の鼓動が速くなることを意識した妙は勢いをつけながら背伸びした。片手を上げてダーツの矢を壁から引き抜く。
「……もうッ、縛られててよかった……ッ」
照れを誤魔化すように早口になる妙は踵を下げて上げていた手をゆっくりとおろした。そして近藤の首元で告白する。
「じゃないと、私……あなたに襲われちゃう……ッ」
と、妙は小走りで所定の位置に戻った。
男は女の可愛らしさに身悶え、女は男の葛藤する様を愉しそうに微笑んだ。
――俺たちは常に様々な柵(しがらみ)に囚われている。故に自由に焦がれ、求め続ける。時に束の間の自由を勝ち取り、時に癒しにその身を委ねる。
酒、家族、友人、恋人。たとえその存在が焦がれ続けている自由を許さずとも、俺たちはそれを幸福と錯覚し、結果、自由を奪われることを望む。
国に囚われた近藤勲に自由をと奮闘した俺たちだったが、結局この男は幕府(オカミ)ではない女将(オカミ)の、オカミ違いの柵に入り直したハードボイルドなゴリラだったということか。
俺もそろそろテメェのカミさんところに帰ろうかな。
ハードボイルドな一本
Text by mimiko.
2017/04/11