「君は誰、あなたはどこ」の後日。
第五十三訓「煩悩が鐘で消えるかァァ己で制御しろ己で」(7巻)を近妙的に補完の妙視点。
第五十三訓「煩悩が鐘で消えるかァァ己で制御しろ己で」(7巻)を近妙的に補完の妙視点。
変な人
帰ってきた新ちゃんから聞いた。銀さんと近藤さんは、それぞれの帰るべき場所へと無事に帰れたと。復帰祝いを兼ねた忘年新年会を開こうと大晦日年越しおでんパーティーに神楽ちゃん、定春くん、銀さんを招いた。けれど、復帰祝いの当人であった銀さんは、紅白の進行も終盤にかかっても戻ってこない。
「それにしても遅いな、銀さん。ジャンプ合併号買に行ったきりですよ。また事故って記憶喪失になってるんじゃないだろうな」
銀さんの身を案じる新ちゃんに諭す。
「どこぞの娘と合併でもしてるんでしょ。ほうっておきなさい」
ああいう根無し草を気取っている男は、きっと所帯じみたら人生が終わるのだとでも思っているのよ。適当に働いて適当に遊んで、ダメな大人を謳歌している。こちらが歩み寄ったところで知らぬ顔なんだから、ほうっておけばいいのよ。
お行儀を吹っ飛ばす神楽ちゃんのノリの良さに注意しながらおでんに舌鼓を打つ。冬まっただ中のおでんはとても美味しい。ふと、何者のくしゃみをする声が聞こえた。みんなはおでんを食べているし、誰もくしゃみはしていない。なのに、またくしゃみをする声が聞こえた。どうも男性の声みたい。銀さんではない気がする。もっと太い男性の声に感じる。みんなに静かにするように促し、私は静かに立ち上がった。薙刀を握り、畳に向かって一突きする。小さな悲鳴が聞こえた。いる。間違いない。勢いよく障子を引いて縁側から下をのぞいた。かろうじて人ひとり潜り込める穴が空いている先の暗闇で黒いものが蠢いている。迷うことなく薙刀でそれを突いた。けれど、獲物はかからない。
「ちょっ、お妙さんッ!俺です俺ッ!」
「オレオレ詐欺なら間に合ってます」
問答の合間にも薙刀を引いたり突いたりしているけれど、獲物はやはり素直には狩られてはくれなかった。本当にすばしっこいゴリラだこと。
「詐欺でもなんでもなく、あなたの近藤です、お妙さんッ!正真正銘、あなたの勲ですッ!だから刺すのやめてッ危ないからホントっ!」
「私の近藤さんという人も、私の勲さんという人も、私にはいませんけど?なんなの、新手のオレオレ詐欺なの?いやだわ、警察に相談しなくっちゃ」
「だから俺がその警察ですってばッ!ひィっ」
「まァ、警察の名を語ったオレオレ詐欺?悪質だわァ」
「姉上、それくらいにしてあげましょうよ。もう紅白の集計始まってますよ」
と、新ちゃんはテレビを指差した。
「あら、もうそんな時間?今年ももう終わっちゃうのね」
一向に仕留められないゴリラを放置して部屋に戻る。コタツに入ろうとすると、そのゴリラまでちゃっかり上がってきた。
「ここはゴリラの飼育檻ではありませんよ。お帰りはあちらです。さようなら、ゴリラさん」
にこりと笑って障子戸を差すが、ゴリラは言うことを聞かずに定春くんの隣へ座った。
「申し訳ない、お邪魔します。いやァ、おでんの匂いが堪らなく美味しそうだったんで」
と、頭を掻きながら笑う。新ちゃんは近藤さんの分のお皿とお箸を用意している。ゴリラは人の話を聞いていないし、弟は私の肩を持ってくれないし、どういうことなの。面白くなくて溜息をついた。
「まあまあ、姉上。間もなく集計結果も出ることですし、いいじゃないですか。大勢のほうが楽しいですよ。はい、近藤さん、どうぞ」
「これはこれは忝(かたじけな)い。美味そうだなァ。いただきます」
近藤さんは、新ちゃんお手製のおでんを食べてはその美味しさに感動している。
「屯所で一杯ひっかけて裸踊りした空きっ腹に沁みるなァ。これは、お妙さんが?」
「ああ、僕です」
「そうか、新八くんが!」
感心した近藤さんは続けてこぼした。
「嫁に欲しい腕前だなァ……」
なんですって?私がダメなら、今度は新ちゃん?どういうことなの?比べられているのかしら?そもそも、新ちゃんは女じゃないんですけど。
「……あ、あの、真選組で忘年会とかですか?裸踊りって……」
新ちゃんは、近藤さんのひとり言の内容を気にして私を窺いながら話を逸らす。
「大晦日だしな。みんなハメはずしたいだろうけど、そうは言ってられない。いつお呼びがかかるかわからねーしな。ところで、新八くん、今日、万事屋は?」
「ああ、ジャンプ合併号買に行ったきり戻ってこないんですよ。どこで何やってんだか」
「だから、あのちゃらんぽらんならどこぞの娘と合併中ですよ、きっと。神楽ちゃん、ちゃんとふーふーするのよ」
「わかってるアル。ふーッふーッ」
「何ィィィ!この忙しい年の暮れにどこぞの娘と合併中ゥゥゥ?!お妙さんを置いてけぼりにして?!けしからん奴めッ!俺ならそんな心配いりませんよ、保証しますッ!俺にしときましょう、お妙さんッ!!そして俺のおでんにふーふーしてくださいッ」
目を爛々と輝かせる近藤さんに疑いの眼差しを送る。お嫁さん候補はそのお眼鏡に叶えばすぐに挙がるくせに。まァ、真面目な仕事で安定した収入があるのはいいことだけど。確かに、浮気はしなさそうな印象はあるけど、正直、下手な鉄砲も数撃てば当たるみたいなところで偶然、私にプロポーズしてきた印象はやっぱり拭い去れない。
「遠慮します」
にこりと笑って言うと、近藤さんは両肩をがっくり落とした。ふふ、わかりやすくがっかりする人ね。少し前まで私のことを忘れていたなんて嘘の様。私はお鍋から掬い上げたばかりの大根を近藤さんの口元へと運んだ。
「はい、近藤さん。あーん」
新ちゃんは愁傷的な目で近藤さんを見ているけれど、私は構わずにまたにこりと笑って首を傾げた。だって、近藤さんならどんなこともきっと喜んでくれるもの。
「えッ!いいんですかッ!?」
ほらね。
「はい、あーん♡」
近藤さんが口を開けると同時に私は告白する。
「ふーっもしてない掬いたての大根です♡アツーイお出汁いっぱいですよ♡」
「あぢィィィィ!!」
私のことを忘れてしまった私の知らない近藤さんを思い返す。あんな出会い方しなければ、どんな出会い方したのかしら。というか、あんな出会い方でなければ、知り合ってもいなかったのかもしれない。あなたみたいな大人の男の人が本気出したら私なんて一溜まりもないでしょうに、それをしない。なのに、一体何がやりたいのかわからないストーキングだけはしてくるんだから、ほんと変な人。陰湿な根性は本気で鬱陶しいけど、家に潜り込んだり、後をつけたりしないで普通に遊びにくればいいのに。近藤さんがそうしない理由なんて私にはわからないけど、お疲れ様でした。大規模な爆発事故があったのにもかかわらず、死者は出なかったそうじゃない。お帰りなさい、近藤さん。
「あ、ゆく年くる年始まっちゃう。新ちゃん、神楽ちゃん、そろそろお参り行きましょうか」
腰を上げると、新ちゃんと神楽ちゃんも支度する。人混みに定春くんは連れて行けないと、ゴリラをお供にお留守番をお願いした。初詣から帰宅すると鍋が片付けられたコタツで居眠りする定春くんと机上に突っ伏して涎を垂らして寝言を言っている近藤さんが迎えてくれた。特に頼んでいなくても気を利かせて食事の後片付けなんかはしてくれる人なのね。へぇ、使えるじゃない。
「それにしても遅いな、銀さん。ジャンプ合併号買に行ったきりですよ。また事故って記憶喪失になってるんじゃないだろうな」
銀さんの身を案じる新ちゃんに諭す。
「どこぞの娘と合併でもしてるんでしょ。ほうっておきなさい」
ああいう根無し草を気取っている男は、きっと所帯じみたら人生が終わるのだとでも思っているのよ。適当に働いて適当に遊んで、ダメな大人を謳歌している。こちらが歩み寄ったところで知らぬ顔なんだから、ほうっておけばいいのよ。
お行儀を吹っ飛ばす神楽ちゃんのノリの良さに注意しながらおでんに舌鼓を打つ。冬まっただ中のおでんはとても美味しい。ふと、何者のくしゃみをする声が聞こえた。みんなはおでんを食べているし、誰もくしゃみはしていない。なのに、またくしゃみをする声が聞こえた。どうも男性の声みたい。銀さんではない気がする。もっと太い男性の声に感じる。みんなに静かにするように促し、私は静かに立ち上がった。薙刀を握り、畳に向かって一突きする。小さな悲鳴が聞こえた。いる。間違いない。勢いよく障子を引いて縁側から下をのぞいた。かろうじて人ひとり潜り込める穴が空いている先の暗闇で黒いものが蠢いている。迷うことなく薙刀でそれを突いた。けれど、獲物はかからない。
「ちょっ、お妙さんッ!俺です俺ッ!」
「オレオレ詐欺なら間に合ってます」
問答の合間にも薙刀を引いたり突いたりしているけれど、獲物はやはり素直には狩られてはくれなかった。本当にすばしっこいゴリラだこと。
「詐欺でもなんでもなく、あなたの近藤です、お妙さんッ!正真正銘、あなたの勲ですッ!だから刺すのやめてッ危ないからホントっ!」
「私の近藤さんという人も、私の勲さんという人も、私にはいませんけど?なんなの、新手のオレオレ詐欺なの?いやだわ、警察に相談しなくっちゃ」
「だから俺がその警察ですってばッ!ひィっ」
「まァ、警察の名を語ったオレオレ詐欺?悪質だわァ」
「姉上、それくらいにしてあげましょうよ。もう紅白の集計始まってますよ」
と、新ちゃんはテレビを指差した。
「あら、もうそんな時間?今年ももう終わっちゃうのね」
一向に仕留められないゴリラを放置して部屋に戻る。コタツに入ろうとすると、そのゴリラまでちゃっかり上がってきた。
「ここはゴリラの飼育檻ではありませんよ。お帰りはあちらです。さようなら、ゴリラさん」
にこりと笑って障子戸を差すが、ゴリラは言うことを聞かずに定春くんの隣へ座った。
「申し訳ない、お邪魔します。いやァ、おでんの匂いが堪らなく美味しそうだったんで」
と、頭を掻きながら笑う。新ちゃんは近藤さんの分のお皿とお箸を用意している。ゴリラは人の話を聞いていないし、弟は私の肩を持ってくれないし、どういうことなの。面白くなくて溜息をついた。
「まあまあ、姉上。間もなく集計結果も出ることですし、いいじゃないですか。大勢のほうが楽しいですよ。はい、近藤さん、どうぞ」
「これはこれは忝(かたじけな)い。美味そうだなァ。いただきます」
近藤さんは、新ちゃんお手製のおでんを食べてはその美味しさに感動している。
「屯所で一杯ひっかけて裸踊りした空きっ腹に沁みるなァ。これは、お妙さんが?」
「ああ、僕です」
「そうか、新八くんが!」
感心した近藤さんは続けてこぼした。
「嫁に欲しい腕前だなァ……」
なんですって?私がダメなら、今度は新ちゃん?どういうことなの?比べられているのかしら?そもそも、新ちゃんは女じゃないんですけど。
「……あ、あの、真選組で忘年会とかですか?裸踊りって……」
新ちゃんは、近藤さんのひとり言の内容を気にして私を窺いながら話を逸らす。
「大晦日だしな。みんなハメはずしたいだろうけど、そうは言ってられない。いつお呼びがかかるかわからねーしな。ところで、新八くん、今日、万事屋は?」
「ああ、ジャンプ合併号買に行ったきり戻ってこないんですよ。どこで何やってんだか」
「だから、あのちゃらんぽらんならどこぞの娘と合併中ですよ、きっと。神楽ちゃん、ちゃんとふーふーするのよ」
「わかってるアル。ふーッふーッ」
「何ィィィ!この忙しい年の暮れにどこぞの娘と合併中ゥゥゥ?!お妙さんを置いてけぼりにして?!けしからん奴めッ!俺ならそんな心配いりませんよ、保証しますッ!俺にしときましょう、お妙さんッ!!そして俺のおでんにふーふーしてくださいッ」
目を爛々と輝かせる近藤さんに疑いの眼差しを送る。お嫁さん候補はそのお眼鏡に叶えばすぐに挙がるくせに。まァ、真面目な仕事で安定した収入があるのはいいことだけど。確かに、浮気はしなさそうな印象はあるけど、正直、下手な鉄砲も数撃てば当たるみたいなところで偶然、私にプロポーズしてきた印象はやっぱり拭い去れない。
「遠慮します」
にこりと笑って言うと、近藤さんは両肩をがっくり落とした。ふふ、わかりやすくがっかりする人ね。少し前まで私のことを忘れていたなんて嘘の様。私はお鍋から掬い上げたばかりの大根を近藤さんの口元へと運んだ。
「はい、近藤さん。あーん」
新ちゃんは愁傷的な目で近藤さんを見ているけれど、私は構わずにまたにこりと笑って首を傾げた。だって、近藤さんならどんなこともきっと喜んでくれるもの。
「えッ!いいんですかッ!?」
ほらね。
「はい、あーん♡」
近藤さんが口を開けると同時に私は告白する。
「ふーっもしてない掬いたての大根です♡アツーイお出汁いっぱいですよ♡」
「あぢィィィィ!!」
私のことを忘れてしまった私の知らない近藤さんを思い返す。あんな出会い方しなければ、どんな出会い方したのかしら。というか、あんな出会い方でなければ、知り合ってもいなかったのかもしれない。あなたみたいな大人の男の人が本気出したら私なんて一溜まりもないでしょうに、それをしない。なのに、一体何がやりたいのかわからないストーキングだけはしてくるんだから、ほんと変な人。陰湿な根性は本気で鬱陶しいけど、家に潜り込んだり、後をつけたりしないで普通に遊びにくればいいのに。近藤さんがそうしない理由なんて私にはわからないけど、お疲れ様でした。大規模な爆発事故があったのにもかかわらず、死者は出なかったそうじゃない。お帰りなさい、近藤さん。
「あ、ゆく年くる年始まっちゃう。新ちゃん、神楽ちゃん、そろそろお参り行きましょうか」
腰を上げると、新ちゃんと神楽ちゃんも支度する。人混みに定春くんは連れて行けないと、ゴリラをお供にお留守番をお願いした。初詣から帰宅すると鍋が片付けられたコタツで居眠りする定春くんと机上に突っ伏して涎を垂らして寝言を言っている近藤さんが迎えてくれた。特に頼んでいなくても気を利かせて食事の後片付けなんかはしてくれる人なのね。へぇ、使えるじゃない。
変な人
Text by mimiko.
2015/09/12