近妙です。近視点です。柳生篇以降、バベルの塔合コン回以前のイメージで「秘めた恋心」の続きです。

秘めた下心

 その日もいつものように志村家に潜伏していた。案の定、うら若き美しい家主に見つかって衿元を掴まれた。断りもなしに家に忍び込んでいた罪だ。償おう。白く小さな女の拳を受け止めようと目をつむる。が、左右に引いていた口に柔らかいものが触れて離れた。二度目は少し位置がずれる。三度目は一度目と同じところにまた触れた。己の読みが間違っていなければ、この柔らかく温かいものはあれだ。つむっていた目蓋を開くと、四度目のそれが近づいていた。かなり近い。
 あ、マジでお妙さんの唇だった。え、なんで俺、お妙さんにキスされてんの。
 驚いて呆けていると開いたままの口に、しっとりとした女の唇が触れた。
 はァ?!なんでやっぱりお妙さんにキスされてんのォ?!俺、口開きっ放しなんですけどォ!何コレ舌入れていいんですかッ!?
「あの、お妙……」
 口づけの意味がわからず訊ねようとすると名を呼び切る前に華奢な人差し指が口に当てられた。
 指舐めてもいいんですかッ!ほんとなんなのこの娘ッ!
「内緒ですよ」
 え、内緒?意味ワカラン。
「近藤さんと私がキスしたこと、みんなには内緒ですからね」
と、微笑む女の瞳に魅入る。いつものドンペリおねだり営業スマイルでも、ストーカー撃退スマイルでもない。初めて見た女の顔だった。
 この娘、俺を挑発してやがる。意気地のないおまえにはできないことだろうとナメられているのか。だがしかし!いくらお妙さんの誘いであっても乗らねェ。ここは大人の余裕というやつで事なきを得てやろう。
 薄く笑って小さな手をやんわりと包んで下ろさせる。
「わかりました。内緒ですね」
 一度下げた視線を戻すと、彼女は瞬きをひとつした。
 ヤバイ。なんか待たれてる。俺の出方次第で応じるわよって感じだったりするのコレ。いやいやいやいやヤバイだろソレ。弟の居ぬ間に部屋上がり込んだってか、連れ込まれたってか、昼下がりの御宅訪問でお嬢さん、コレ欲しかったんでしょう?みたいなアダルトビデオしてもいいってんなら滅茶苦茶やりてェけど、多分きっとそんな感じじゃないよコレ。俺どうしたらいいのどうするべきなの俺何すればいいの何もしなくていいの?!やべェよ!完全に手詰まりだよ!誰か助けてお願いィィ!!
「あの……内緒ですからね……」
 正座する彼女は膝の上の重ねた手を見ながら呟くように言った。
「はい、誰にも言いません」
 表情が強張りそうになり、平静を装って笑って見せる。
「本当に内緒……ですからね……」
 俯いていた彼女だったが、そう言って念を押すと顔を上げた。目が合い、思わず視線を逸らしてしまう。やましいことはないが、やはり何をどうすべきなのかわからずに気まずい面持ちでいると己の浅黒い手に白い手が触れた。
「内緒、ですから……」
 かち合った目の先に、戸惑って目線を落とす彼女がいた。
「内緒ですから……」
と、繰り返す。内緒だからと言い訳をしているのだろうか。その先を言い辛そうにしている彼女の手の甲を親指で撫でる。びくりとした彼女の背が後ろへ揺れた。自然と伸びたもう一方の手を回して引き止めると、あっと、声を小さくこぼして眉を寄せた。指で撫でていた手の甲を引き上げると、緊張している彼女の唇が横に引かれる。
「……いいですか?」
「えっ……」
「俺からも、していいですか?」
 返事はなかったが、彼女が無意識に唇に力を込めたのをいつものように前向きに思案した。口元まで持ってきていた彼女の手の甲に口を軽く押し当て、伏していた目蓋を上げる。頬を赤くした彼女は視線を下げていた。
 やったよ勲。やればできる子だと思ってたよ俺。あのお妙さんに何回もキスされて、俺から手にキスしたら恥ずかしそうにするんだもんな。てか、コレが正解ってことはだよ、あんなこととかこんなこととかそんなこととかもしてもいいってことだよね!ああ、やったァ!遂に念願のお妙さんのあんなこんなそんな姿を拝める日がこようとはッ!!
 左右に揺れていた瞳がこちらを見上たのを合図に口を寄せる。触れるだけの口づけを繰り返し、やがて硬くなっていた彼女の唇の力が抜けると上唇や下唇を己の唇で挟む。挟んで微かに引き伸ばすと胸を軽く叩かれた。嫌がり方がかわいらしい。合わせていた唇を離して赤みがかった頬に口づける。肩を竦ませた彼女がまたかわいかった。背中を抱いて畳に寝かせ、膝と肘を畳に突く。
「お妙さん、入れますね……」
 嬉しさのあまりにやけてしまう。
「えっ、そんなの、だっ……!」
 顔を赤くして慌てる彼女の唇に開いた唇を重ねる。かすった彼女の舌を探り、己のそれで撫でる。
「ふぅっ……んんっ……」
 合わさった口内で彼女の声が籠り、舌と共に味わいたくなる。唇で彼女の舌の先を啄み、震えるかわいらしい舌を濡らす唾液を啜るとくぐもった声がこぼれ出た。我慢できずに目を開けると伏せた睫毛も震わせ、涙で目元を濡らしていた。吐露する声はどれも艶を含んでいた。口づけだけで感じている。本当に入れたくなってしまい、心内で苦笑する。いくら寛容な彼女でも、流石に今日のうちにそこまで許してくれはしないだろう。ゆっくりと唇を離すと名残惜しそうな瞳が口元を見ていた。半開きの女の唇がいやらしい。駄目だと思うのについ手が伸びてしまう。衽(おくみ)に右手を差し込み、薄い襦袢の上から柔らかな太腿に触れた時が正に顔面へ彼女の右拳がめり込む五秒前だった。
 お妙さん、調子に乗った俺が悪かったです。すみませんでした。

秘めた下心
Text by mimiko.
2016/02/13

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