WJ2014年24号第四百九十二訓「恋のない所に煙は立たない」
WJ2014年25号第四百九十三訓「天はブスの上に美女を作らず」
WJ2014年26号第四百九十四訓「ケダモノだもの」
上記ネタバレしている近妙がちゅうしてたりする螢←近←妙です。
ギャグなメロメロ近←妙があったりしますが近→螢があるので近→妙しか受けつけない方は回れ右で!
螢ちゃんが偽者くさいですすみません。
近藤さんは真選組の仕事(愛染香に関するタレコミあったとか)で吉原に来てる捏造設定前提でやってます。
WJ2014年25号第四百九十三訓「天はブスの上に美女を作らず」
WJ2014年26号第四百九十四訓「ケダモノだもの」
上記ネタバレしている近妙がちゅうしてたりする螢←近←妙です。
ギャグなメロメロ近←妙があったりしますが近→螢があるので近→妙しか受けつけない方は回れ右で!
螢ちゃんが偽者くさいですすみません。
近藤さんは真選組の仕事(愛染香に関するタレコミあったとか)で吉原に来てる捏造設定前提でやってます。
ひとときの幻想
その煙を嗅いだ時、男どもは女たちへ群がった。男も女も関係なく発情し、秩序のなくなった花街は色魔の巣窟と化す。
なんてことだ、これが吉原桃源郷の実体なのか?いくら疑似恋愛体験できるからって、これじゃあまるで乱交パーティーじゃねェか。自警するはずの百華も混じってんじゃねーか。月詠さんは?混乱して百華が機能してないのか?
火の手が上がったと駆けつけてみればただのボヤ騒ぎ。しかし、異様な街の雰囲気はただことではないのだと物語っている。急に彼女たちのことが心配になった。
街に充満する煙を吸い込まないようにと口を覆い、大通りから三味線教室の狭い通りの見やった。お妙さんと九兵衛くんの所在を窺い、駆け出そうとすると声をかけられる。
「これはこれは、武装警察真選組局長近藤勲様ではございませんか。お初にお目にかかります。私は螢……、愛染明王螢と申します」
「愛染明王……」
その女は、山車の上から俺を見た。物腰は柔らかいが、見下しているかのようだ。
「お近づきの印に、あなたへ贈り物を差し上げます」
目をハートにし、全裸に褌いや、妙な貞操帯をつけている男がひとり、行列から出てきた。ハート型の伽羅を手渡される。
「これは……!」
「それが何かご存知なの?それなら、話は早いですね。それを嗅げばあなたも不毛な恋から解放されるのですよ」
花魁螢が妖艶に笑うと甘い香りが漂った。こちらの事情をいちいち知っているかのような口振りが気に入らないが、口を開いてはいけない。はっとして鼻と口を押えるが、すでに遅かった。無力な抵抗だった。咽かえるほどの甘さが鼻腔に押し入り、意識が朦朧とする。
「俺には心に決めた女がいる。君の思い通りにはならないさ」
「私もそうだった……」
寂しげに微笑んだ花魁螢を狭まった視界で見たら最後、重くなっていた瞼を閉じた。
ほんの僅か、目を瞬きさせただけだった。俺は明王を愛した。愛を捧げれば皆を平等に愛してくださる螢さまを色魔と化した男どもから護るべく、自らも貞操する。
お妙さんは大丈夫だろうか。不埒な色魔どもにくみしだかれてはいないだろうか。九兵衛くんが傍にいたからひょっとすると安全かもしれない。しかし、いくら剣に長けているとはいえども九兵衛くんは非力な女だ。色魔と化した男の力に勝てはしまい。
「螢さま、更なる信徒を獲得すべく、腕の立つ女たちを捕らえましょう」
俺が提案すると花魁螢は微笑んだ。
「まあ、それは百華の者より腕の立つ者ですか?」
「ええ、匹敵します。その気になれば凌駕もするでしょう」
それだけ信念が強い彼女たちだ。その辺のどの女たちよりいい女であるから心配になる。
「それは頼もしいですね」
俺の目の届くところにお妙さんと九兵衛くんがいれば彼女たちに起こるかもしれない最悪の事態は免れるだろう。それに男たちを確保すればするほど、吉原の女たちも護れる。機が訪れるその時まで大人しくさせてもらうさ。なァに、鉄玉が付いた貞操帯なんざ生温いもんだ。俺にとって彼女の拳に勝る愛はこの世のどこにもありゃしねェ。俺が愛するのは、すべての不浄を包み込む菩薩のような螢……アレ?もう一回だ勲。俺が愛するのは、皆を平等に愛してくださる愛染明王様だッ!……ん?アレ?
***
吉原随一の三味線教室から出で九ちゃんと話していたら街の遠くで煙が立ちこめた。煙はあちこちで上がり始め、やがて私と九ちゃんがいる通り近くで上がる。風に乗って届いた煙の匂いを嗅いだ男の人は目の色を変え、女の人を襲い始めた。私より先に甘い匂いに気づいた九ちゃんは、特殊なガスかもしれない、吸いこんじゃいけないと、目の色を変えた男の人から私を護ってくれる。
そんな時、不意に銀さんが現れた。ついさっきまで教わっていた三味線教室の先生を助けるためだろう。私より一足先に銀さんのあとを追った九ちゃんは先生の教室兼住居に入って行ったけど、私は掴まってしまった。よく見知っている男だった。
「近藤さんっ!」
「お妙さん、黙って俺の言う通りにしてください」
掴まれた腕の力は強く、振りほどけない。私を見ているようで見ていないその瞳が怖かった。よくよく見ると近藤さんは裸で妙な褌姿だった。
褌じゃないわ、これ、貞操帯……。
顔が熱くなって動けなくなった。
「なんなの、こんなところで言う通りにしろだなんてっ、放してっ!」
体が動かないかわりに力の限り叫ぶ。
「大丈夫です、今の俺は愛染明王に操を立ててる。あなたじゃない」
私を見た近藤さんが優しく笑ったような気がした。けれど、言われたことを咀嚼できなかった私は思ったままを口にする。
「え……?どういうこと……?愛染明王……?」
貞操帯をつけた別の男が焚いた香を近藤さんの目の前に持って行き、匂いを嗅いだ近藤さんはぼそりと言った。
「愛染明王様、万歳……」
目をハート型にした近藤さんは、そう言って大通りに顔を向ける。煌びやかな山車に上げられた椅子に腰かけるおかっぱの花魁は、にこりと笑って私を見下ろした。
「近藤様、その娘をこちらへ」
「御意」
その愛染明王様らしい花魁に素直に従うゴリラにイラッときた。
「お初にお目にかかります。私は愛染明王螢。どうぞお見知りおきを。さあ、あなたも香を」
さっきのゴリラのように焚かれた香が私の目の前に持ってこられた。が、口元を覆う。
「あら、あなたもご存知なの?愛染香―この香を嗅いで、最初に目にしたものを好きになる秘薬。地上でも使ってらしたの?だから稼ぎ頭だったのかしらね?泣く子も黙る真選組はその局長近藤勲様、上客を掴まえられたわね」
笑顔の仮面がこちらを向く。
私が誰で、このゴリラが誰であるかも知ってるっていうの、この女。
「そんなもの使ってないわ。怪しい薬なんて使わなくても、この人は私のことを好きで店に通ってくれたのよ」
「ふふっ、そうだったの。でも、この方のあなたへの愛なんて、私の愛よりも劣っていたということね。私は好き嫌いなどしないわ。愛されていることに胡坐をかいて愛することを怠けたりなどしなかった。どの殿方も平等に愛し、この地下で誰よりも上を目指した。地上にいるあなたにはわかるはずないわね。ふふ、そうでしょう、お嬢さん?」
おまえは男女のそれを無知なのだと馬鹿にされた。なめられている。そんなことはないと言い返したかった。けれど、信じるものが今はない。何度ぶちのめしても自分に立ち向かってきた超絶鬱陶しい愛を欠片も感じない。ハート型の目は、秘薬にほだされて明王を信仰することに専念している。
私を見なさいよ、近藤さん。あなたが好きなのは、私でしょう?ずっとずっと私のストーカーしてたじゃない。あんなにしつこく私のことをかわいいだの、美しいだの、乳首があればそれでいいだの、好きだのと言ってたじゃない。
「さあ、あなたも香を。覚めない夢の中へ一緒に行きましょう。永遠不変の愛をあなたに。父様や母様のようにあなたを愛してあげる」
寂しそうに、けれど慈愛に満ちた優しい微笑みに、張っていた気が弛んだ。彼女もそれを見逃さない。
「やっぱり、あなたもそうなのね。ふふ、そうよね。この手の商売のきっかけなんて、家の事情だと相場が決まってるものね」
スナックすまいるのライバルであり仲間たちの顔が浮かぶ。そして、そこへ通う常連客たちの顔も。
同情はするわ。でも、こんなこと馬鹿げてる。あなたが連れている多くの人は、あなた以外に愛する人がいて、帰る場所があるのよ。夢を見たいのなら、ひとりで見ればいい。愛されたいのなら、あなたもちゃんと人を愛すべきだわ。私は、みんなを愛してる。このゴリラも九ちゃんも、ついでに銀さんも必ず地上に連れて帰る。地下で覚めない愛に溺れたりしない。愛は、男女の情愛だけじゃないって螢さんに教えてあげる。
ひとこと言ってやろうと口を開いて思い切り愛染香を吸い込んでしまった。慌てて目を閉じたけれど、何も見えなければ何をどうしたらいいのか瞬く間にわからなくなる。
ど、どうしよう、このまま螢さんを見たら愛染明王様ラブになっちゃう。何か他に見ても逃げ出せそうなものってないかしら、えっと……。あ!そうよ、ゴリラ!ゴリラが私の背後にいるわ!九ちゃんはきっとまだ三味線教室に入ったままよね、近くで声がしないもの。仕方ないの、究極の一択なの、イケメンの彼氏を潔く諦めるしかないの、このムサくるしいゴリラで手を打つしかないの。いいじゃない、万が一、結婚することになったとしても幕臣だし、3Kだし、高物件!父上の遺言通りに玉の輿!お妙、やるのよッ!!
「近藤さん」
店でボトルキープをお願いする時のように甘い声で呼ぶ。
「はい、なんです?」
声がしたほうへ体を向け、その太い腕を確かめるように触れてゴリラの存在を確認する。目を閉じたままでゴリラの首の後ろに両手を回し、更に手を上げていって後頭部を引き下げる。ゴリラの顔が近づく気配がすると瞼を上げ、ゴリラの顎髭を確認した。踵を浮かせて目を閉じ、キスをする。
私がここまでしてるんだから目を覚まして、近藤さん……!
重ねていた唇を離してゆっくりと瞼を上げる。
「お、お妙さんッ!?!?」
両肩を掴まれ、引き剥がされた。改めて見た近藤さんの眉が男らしかった。鼻筋はすらりと伸び、頬も顎もすっきりとしている。三白眼の瞳は狙った獲物を逃さない鋭さがあり、たくわえられた顎鬚も、浅黒い肌も、ワイルドな魅力が溢れ出ている。
やだ、どうして。近藤さんの顔も、裸も見慣れてるのに、なんでこんなにカッコよく見えちゃうのッ。ああ、ステキッ!なんて素敵な筋肉ッ!この厚い胸に抱きしめられたいッ!アッ、ダメ、私の肩を掴む近藤さんの太い指が気持ちいぃ、体が火照っちゃうッ……!
「んッ、こんどぉさぁんッ♥」
ああ、もぉ、今すぐすごいのして欲しいよォ♥
「だッ、ダメだッ、お妙さんッ!俺は螢さまが好きなんだッ、こういうことはやめてくれッ!」
近藤さんは慌てて私の肩を離す。
いや、なんでそんなこと言うの?私、こんなに近藤さんのこと好きなのにィ。
近藤さんを感じたい私は、彼の手を自分の左胸に触れさせた。
「そんなこと言わないで、近藤さん。私、今まで散々、あなたのことを振り続けていたけど、本当は……」
高鳴る胸を好きな人の手の平に触れさせたまま気持ちを打ち明けようとしたが、辺り一面に濃く甘い香りが漂った。愛染香を嗅がされた近藤さんが瞳をハート型にしたのを見て、視界が遮られた。白く華奢な手を見たような気がする。間近で彼女の声がした。
「あなたが好きな近藤様は、私のことが好きなのよ。私の幸せを自分の幸せだと感じてる。あなたは彼と幸せを分かち合いたいわよね?」
瞼を下ろされた手が離れ、私は目を開く。
「それなら、あなたも彼と一緒に、私たちと一緒に幸せを分かち合いましょう?」
愛染明王様の微笑みは愛に満ちていた。
なんてことだ、これが吉原桃源郷の実体なのか?いくら疑似恋愛体験できるからって、これじゃあまるで乱交パーティーじゃねェか。自警するはずの百華も混じってんじゃねーか。月詠さんは?混乱して百華が機能してないのか?
火の手が上がったと駆けつけてみればただのボヤ騒ぎ。しかし、異様な街の雰囲気はただことではないのだと物語っている。急に彼女たちのことが心配になった。
街に充満する煙を吸い込まないようにと口を覆い、大通りから三味線教室の狭い通りの見やった。お妙さんと九兵衛くんの所在を窺い、駆け出そうとすると声をかけられる。
「これはこれは、武装警察真選組局長近藤勲様ではございませんか。お初にお目にかかります。私は螢……、愛染明王螢と申します」
「愛染明王……」
その女は、山車の上から俺を見た。物腰は柔らかいが、見下しているかのようだ。
「お近づきの印に、あなたへ贈り物を差し上げます」
目をハートにし、全裸に褌いや、妙な貞操帯をつけている男がひとり、行列から出てきた。ハート型の伽羅を手渡される。
「これは……!」
「それが何かご存知なの?それなら、話は早いですね。それを嗅げばあなたも不毛な恋から解放されるのですよ」
花魁螢が妖艶に笑うと甘い香りが漂った。こちらの事情をいちいち知っているかのような口振りが気に入らないが、口を開いてはいけない。はっとして鼻と口を押えるが、すでに遅かった。無力な抵抗だった。咽かえるほどの甘さが鼻腔に押し入り、意識が朦朧とする。
「俺には心に決めた女がいる。君の思い通りにはならないさ」
「私もそうだった……」
寂しげに微笑んだ花魁螢を狭まった視界で見たら最後、重くなっていた瞼を閉じた。
ほんの僅か、目を瞬きさせただけだった。俺は明王を愛した。愛を捧げれば皆を平等に愛してくださる螢さまを色魔と化した男どもから護るべく、自らも貞操する。
お妙さんは大丈夫だろうか。不埒な色魔どもにくみしだかれてはいないだろうか。九兵衛くんが傍にいたからひょっとすると安全かもしれない。しかし、いくら剣に長けているとはいえども九兵衛くんは非力な女だ。色魔と化した男の力に勝てはしまい。
「螢さま、更なる信徒を獲得すべく、腕の立つ女たちを捕らえましょう」
俺が提案すると花魁螢は微笑んだ。
「まあ、それは百華の者より腕の立つ者ですか?」
「ええ、匹敵します。その気になれば凌駕もするでしょう」
それだけ信念が強い彼女たちだ。その辺のどの女たちよりいい女であるから心配になる。
「それは頼もしいですね」
俺の目の届くところにお妙さんと九兵衛くんがいれば彼女たちに起こるかもしれない最悪の事態は免れるだろう。それに男たちを確保すればするほど、吉原の女たちも護れる。機が訪れるその時まで大人しくさせてもらうさ。なァに、鉄玉が付いた貞操帯なんざ生温いもんだ。俺にとって彼女の拳に勝る愛はこの世のどこにもありゃしねェ。俺が愛するのは、すべての不浄を包み込む菩薩のような螢……アレ?もう一回だ勲。俺が愛するのは、皆を平等に愛してくださる愛染明王様だッ!……ん?アレ?
***
吉原随一の三味線教室から出で九ちゃんと話していたら街の遠くで煙が立ちこめた。煙はあちこちで上がり始め、やがて私と九ちゃんがいる通り近くで上がる。風に乗って届いた煙の匂いを嗅いだ男の人は目の色を変え、女の人を襲い始めた。私より先に甘い匂いに気づいた九ちゃんは、特殊なガスかもしれない、吸いこんじゃいけないと、目の色を変えた男の人から私を護ってくれる。
そんな時、不意に銀さんが現れた。ついさっきまで教わっていた三味線教室の先生を助けるためだろう。私より一足先に銀さんのあとを追った九ちゃんは先生の教室兼住居に入って行ったけど、私は掴まってしまった。よく見知っている男だった。
「近藤さんっ!」
「お妙さん、黙って俺の言う通りにしてください」
掴まれた腕の力は強く、振りほどけない。私を見ているようで見ていないその瞳が怖かった。よくよく見ると近藤さんは裸で妙な褌姿だった。
褌じゃないわ、これ、貞操帯……。
顔が熱くなって動けなくなった。
「なんなの、こんなところで言う通りにしろだなんてっ、放してっ!」
体が動かないかわりに力の限り叫ぶ。
「大丈夫です、今の俺は愛染明王に操を立ててる。あなたじゃない」
私を見た近藤さんが優しく笑ったような気がした。けれど、言われたことを咀嚼できなかった私は思ったままを口にする。
「え……?どういうこと……?愛染明王……?」
貞操帯をつけた別の男が焚いた香を近藤さんの目の前に持って行き、匂いを嗅いだ近藤さんはぼそりと言った。
「愛染明王様、万歳……」
目をハート型にした近藤さんは、そう言って大通りに顔を向ける。煌びやかな山車に上げられた椅子に腰かけるおかっぱの花魁は、にこりと笑って私を見下ろした。
「近藤様、その娘をこちらへ」
「御意」
その愛染明王様らしい花魁に素直に従うゴリラにイラッときた。
「お初にお目にかかります。私は愛染明王螢。どうぞお見知りおきを。さあ、あなたも香を」
さっきのゴリラのように焚かれた香が私の目の前に持ってこられた。が、口元を覆う。
「あら、あなたもご存知なの?愛染香―この香を嗅いで、最初に目にしたものを好きになる秘薬。地上でも使ってらしたの?だから稼ぎ頭だったのかしらね?泣く子も黙る真選組はその局長近藤勲様、上客を掴まえられたわね」
笑顔の仮面がこちらを向く。
私が誰で、このゴリラが誰であるかも知ってるっていうの、この女。
「そんなもの使ってないわ。怪しい薬なんて使わなくても、この人は私のことを好きで店に通ってくれたのよ」
「ふふっ、そうだったの。でも、この方のあなたへの愛なんて、私の愛よりも劣っていたということね。私は好き嫌いなどしないわ。愛されていることに胡坐をかいて愛することを怠けたりなどしなかった。どの殿方も平等に愛し、この地下で誰よりも上を目指した。地上にいるあなたにはわかるはずないわね。ふふ、そうでしょう、お嬢さん?」
おまえは男女のそれを無知なのだと馬鹿にされた。なめられている。そんなことはないと言い返したかった。けれど、信じるものが今はない。何度ぶちのめしても自分に立ち向かってきた超絶鬱陶しい愛を欠片も感じない。ハート型の目は、秘薬にほだされて明王を信仰することに専念している。
私を見なさいよ、近藤さん。あなたが好きなのは、私でしょう?ずっとずっと私のストーカーしてたじゃない。あんなにしつこく私のことをかわいいだの、美しいだの、乳首があればそれでいいだの、好きだのと言ってたじゃない。
「さあ、あなたも香を。覚めない夢の中へ一緒に行きましょう。永遠不変の愛をあなたに。父様や母様のようにあなたを愛してあげる」
寂しそうに、けれど慈愛に満ちた優しい微笑みに、張っていた気が弛んだ。彼女もそれを見逃さない。
「やっぱり、あなたもそうなのね。ふふ、そうよね。この手の商売のきっかけなんて、家の事情だと相場が決まってるものね」
スナックすまいるのライバルであり仲間たちの顔が浮かぶ。そして、そこへ通う常連客たちの顔も。
同情はするわ。でも、こんなこと馬鹿げてる。あなたが連れている多くの人は、あなた以外に愛する人がいて、帰る場所があるのよ。夢を見たいのなら、ひとりで見ればいい。愛されたいのなら、あなたもちゃんと人を愛すべきだわ。私は、みんなを愛してる。このゴリラも九ちゃんも、ついでに銀さんも必ず地上に連れて帰る。地下で覚めない愛に溺れたりしない。愛は、男女の情愛だけじゃないって螢さんに教えてあげる。
ひとこと言ってやろうと口を開いて思い切り愛染香を吸い込んでしまった。慌てて目を閉じたけれど、何も見えなければ何をどうしたらいいのか瞬く間にわからなくなる。
ど、どうしよう、このまま螢さんを見たら愛染明王様ラブになっちゃう。何か他に見ても逃げ出せそうなものってないかしら、えっと……。あ!そうよ、ゴリラ!ゴリラが私の背後にいるわ!九ちゃんはきっとまだ三味線教室に入ったままよね、近くで声がしないもの。仕方ないの、究極の一択なの、イケメンの彼氏を潔く諦めるしかないの、このムサくるしいゴリラで手を打つしかないの。いいじゃない、万が一、結婚することになったとしても幕臣だし、3Kだし、高物件!父上の遺言通りに玉の輿!お妙、やるのよッ!!
「近藤さん」
店でボトルキープをお願いする時のように甘い声で呼ぶ。
「はい、なんです?」
声がしたほうへ体を向け、その太い腕を確かめるように触れてゴリラの存在を確認する。目を閉じたままでゴリラの首の後ろに両手を回し、更に手を上げていって後頭部を引き下げる。ゴリラの顔が近づく気配がすると瞼を上げ、ゴリラの顎髭を確認した。踵を浮かせて目を閉じ、キスをする。
私がここまでしてるんだから目を覚まして、近藤さん……!
重ねていた唇を離してゆっくりと瞼を上げる。
「お、お妙さんッ!?!?」
両肩を掴まれ、引き剥がされた。改めて見た近藤さんの眉が男らしかった。鼻筋はすらりと伸び、頬も顎もすっきりとしている。三白眼の瞳は狙った獲物を逃さない鋭さがあり、たくわえられた顎鬚も、浅黒い肌も、ワイルドな魅力が溢れ出ている。
やだ、どうして。近藤さんの顔も、裸も見慣れてるのに、なんでこんなにカッコよく見えちゃうのッ。ああ、ステキッ!なんて素敵な筋肉ッ!この厚い胸に抱きしめられたいッ!アッ、ダメ、私の肩を掴む近藤さんの太い指が気持ちいぃ、体が火照っちゃうッ……!
「んッ、こんどぉさぁんッ♥」
ああ、もぉ、今すぐすごいのして欲しいよォ♥
「だッ、ダメだッ、お妙さんッ!俺は螢さまが好きなんだッ、こういうことはやめてくれッ!」
近藤さんは慌てて私の肩を離す。
いや、なんでそんなこと言うの?私、こんなに近藤さんのこと好きなのにィ。
近藤さんを感じたい私は、彼の手を自分の左胸に触れさせた。
「そんなこと言わないで、近藤さん。私、今まで散々、あなたのことを振り続けていたけど、本当は……」
高鳴る胸を好きな人の手の平に触れさせたまま気持ちを打ち明けようとしたが、辺り一面に濃く甘い香りが漂った。愛染香を嗅がされた近藤さんが瞳をハート型にしたのを見て、視界が遮られた。白く華奢な手を見たような気がする。間近で彼女の声がした。
「あなたが好きな近藤様は、私のことが好きなのよ。私の幸せを自分の幸せだと感じてる。あなたは彼と幸せを分かち合いたいわよね?」
瞼を下ろされた手が離れ、私は目を開く。
「それなら、あなたも彼と一緒に、私たちと一緒に幸せを分かち合いましょう?」
愛染明王様の微笑みは愛に満ちていた。
ひとときの幻想
Text by mimiko.
2014/05/30