近妙です。すでに一線越えてる設定です。

曇天

 日、侵入してくる者があり、必要に迫られたので我が家の平穏を何者にも侵されないようにと自宅を日、改装した。要塞と化した志村家はゴキブリも野ゴリラも侵入を許さない。
 手元のリモートコントローラーのスイッチを押し、要塞モードを起動した妙は安堵の息をついた。
 が、すぐさま息を飲む。
 野生のゴリラ級の大きさはあるゴキブリの気配を感じたのだ。
 要塞モードにする前、雨戸を閉めたがその時見上げた曇り空の日暮れを思い返す。
 朝からずっと曇っていた。雨が降るでもなく、晴れ間が見えることなくだ。なんとなく嫌な天気だなと思っていたし、そう言えば今朝のテレビで流れた占いもあまり良いことは言われなかった。
 なんとも言い難い嫌な予感はこれのことだったのかと妙はそっと客間の押入れの戸を引いた。
 押入れの下段に短い黒髪が転がっているのを確認すると静かに戸を開き切る。
「何してらっしゃるんです? 警察呼びますよ」
 皆がいるいつもの時のように声を張る元気もない。
 この押入れに隠れていた男のせいで職場の売上成績は伸び悩み、成績優秀者に贈られる美容家電は同僚に獲得されてしまった。折角、壊れていたヘアードライヤーが新調できると思ったのに。
「数週間もこの中に入ってらっしゃったんですか?」
 何も言わずに顔を見せなくなる癖をどうにかしてもらいたい。当てにしていたのにがっかりだ。この男に期待してしまった自分にもがっかりだが。
 押入れの中で大きな体を窮屈そうに縮こまらせてこちらに背を向けたまま寝たふりを続ける近藤の後頭部を睨みつけた妙は唇を引き延ばした。
 何度、こうやって忍び込まれただろう。いつものふざける近藤を相手にするほうが余程楽なのに。自分はいつ、隙を見せただろう。今日一日を振り返ってみても気を緩めた覚えはない。
「そんなところで転がっていると寝違えますよ。お布団敷きますからそこで寝てください」
 妙は瞬きをひとつし、ふうと息を吐いた。
 ふざけていようがいまいが、この男の意が掴めようが掴めまいが、根を上げるのはいつもこちらだ。馬鹿な男を演じても十も年上の、それも侍を束ねる侍にはどうしても勝てないのだ。所詮、自分は思春期そこそこの娘である。
 近藤の前から去り、客用布団が仕舞われている押入れから布団を取り出したところで敷布団を手にした両手を掴まれた。
「ちょっ……!」
 振り返った妙の唇を上から男の唇が塞いだ。
 何も返答しない近藤であったので予測はできていたが、これは違う。期待していた感じではない。妙はいよいよ腹が立ち、敷布団から手を離して近藤の手からも逃れようとした。が、一方の手は妙の顎に添えられ、もう一方の手は着物の上から胸元を覆われた。逃げていた口内の舌はあっと言う間もなく近藤の舌に絡め取られてしまう。
「ぅんっ……!」
 尚も近藤の手中から逃れようとするが体は包囲され、丁寧に吸う唇に舌を捕らえられていて叶わない。口内から脳天へと響く水音がいやらしくて腹の奥がきゅっと締まる。
 たったこれしきのことで簡単な女だなと、近藤の口から言われたことなど一度もないのに、今こちらを見下ろす男の目はそう言ってるように見える。
 妙の緩んだ唇から息が漏れ出た。
 もう既に降参したい。どうせこの後、近藤に抱かれてしまうのはわかっている。こちらの気がおかしくなってしまわないよう、せめて達した回数を数えられるくらいに留めてほしい。
 しかしそれも叶わないのだろう。こんな曇天の日の近藤は、皆がいるいつもの時のように愛を叫んだりしない。何も語らず、名さえ呼びもしない。唯一発するのは自分の熱につられた吐息混じりの声のみだ。いつもなら鬱陶しいほど口うるさいのに。こんな日に繰り返し名を呼ぶのは自分のほうである。
「ん、近藤……さん……」
 首を熱く濡れた舌に撫でられ、先程締まった腹の奥がじんわり熱くなる。呼ばれない代わりにこちらが名を呼んでみたが紡ぐ舌が寂しくなり、妙は口づけをせがむ。合わされた唇が濡れ始め、角度が変えられると近藤の微かな声が舌から伝い、同時に合わさる唾液の音がいやらしく耳に響いた。
 既に感じ始めているが極力感じないようにしなくてはと我に返った妙の肩が揺れた。閉じていた瞳を開くと近藤の小さな瞳に見つめられていた。視線が合い、緊張が走る。
 いつものような穏やかな声で、お妙さんと呼んでくれないのだろうか。やはり会いに来なかった間に何かやり切れないことがあったのだろうか。女を抱きたくなっただけで、自分を抱きに来たというわけではないのだろうか。いや、近藤に限ってそんなことはきっとない。きっと自分に会いたくなって、自分を抱きに来たのだと信じている。信じているけれど、名を呼んで優しい声で愛を囁いて欲しい。
 切なくなった妙の眉が下がると近藤は妙の顔の脇の髪を優しく梳いてやった。妙の緊張が解け、切ない胸のつかえが治まる。
 前髪、額、鼻、目元へと近藤の唇が触れて行くと、不意に帯が外れて落ちる音がした。
 やはりこんな曇天の日は何も語らない近藤に何度も抱かれてしまう定めなのだろうか。成すがままになってしまう自分にがっかりだが、所詮、自分は思春期そこそこの娘である。覚えさせられた快感はすぐに再び味わいたくなる。
「近藤さん……、久しぶりだから、うんと優しくしてくださいね……んっ」
曇天
Text by mimiko.
2017/08/14

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