近妙シリアスエロです。「曇天」の前時系列の話になる近藤さん視点。
男子本位でラブラブエッチでないのでご注意を。

雷雲

 田舎から出発した時、確かに目指していた。
 それまでは田や野しかないところで真の剣でもない竹の刀を握り、剣を教え、嫁を娶り、子を成す。そんな道を歩むのだろうとなんとなく自分の人生を想像していた。
「よろしいの?」
 黒髪を巻き上げ結わえた若い娘が胡坐をかく近藤の膝にそっと手を置いて後ろへ視線をやった。布団には枕がふたつ、寄り添っている。
 近藤は人差し指と親指で摘まんでいた猪口に口をつけてそれを傾けた。唇を酒で濡らすと眉を下げて笑う。
「今日はこいつだけで……」
 娘はぎこちなく描いていた紅い弧を自然としならせると安堵したように目を伏せた。年相応の表情にこちらの気もわずかばかり緩む。布団へ行かなくていいのかと訊ねてくるまで、娘は硬い笑みをずっと浮かべていたのだ。こちらもわずかばかり気を遣う。
 どこの店に行こうが大抵、慣れていない娘を通される。どうか情けを、どうか揚げてくださいと、娘たちに言われることもあった。だが、抱けるわけもない。どの娘も自分に惚れて請うたわけではなかった。愛してもいない男に抱かれることほど可哀想なことはない。それに、それぞれ事情があるだろうが、こちらにも事情があるというもの。
「勲様、どうぞ」
 かわいらしい声で名を呼ばれ、しとやかに両手を添えた銚子を向けられる。真選組の近藤だとすぐに知れるのもよろしくないと思い、悟罹羅勲と名乗っているが大抵怪しまれた。しかし得物を預けると途端に目の色が変わり、礼儀を尽くしてくれる。娘たちには怪しい苗字で呼ばれることはほぼなく、名で呼んでくれる。かえっていいのかもしれない。慣れていない娘たちばかりだ。楽しい酒にするためにも距離が近くなろう。近藤は猪口を銚子に寄せた。
「ありがとう」
 花街に来ておきながら特に女を抱かなくともよかった。女を抱かなくてもいいのであれば敢えて吉原に行かずとも最初からかぶき町のいつもの店に行けばいい。けれど昼間から酒が飲めるわけもない。夜まで待たなくてはいけない。慰めの酒を夜まで待つのはなかなか辛い。あわよくば体まで慰められればと吉原通いを始めたころは思っていたが、慣れた娘に出会うこともなく、寧ろ責められる。責められるといっても娘たちに非難されたわけではない。娘たちと同じ年頃のあの娘の顔がちらつくのだ。実際に言われたこともなければ言いそうにもない言葉を浴びせられる。
 私というものがありながらよその娘を愛すのですかと。
 こちらの求婚は断られ、交際も断られ続けているというのにだ。あの娘が自分に嫉妬することがあるだろうか。あるはずがない。あるというのならば、自分に惚れているということになろう。まあ、まずない。あの娘がそんなことを言うのは己の希望が混じった想像の中だけである。
「お待ちになって、勲様。お忘れ物です」
 茶屋を出たところで娘に呼び止められた。振り返って忘れていた懐紙を受け取る。娘が緊張で酒を少こぼしたのでその時に取り出した懐紙だった。
「別にいいのに」
と、微笑んで手を上げると娘は深と礼をした。帰ろうと踵を返して往来へと視線をやる。すると知った娘がいた。
 やらかしてしまったと顔がこわばる。妻でもなければ恋人でも愛人でもないのに、この罪悪感はなんだろう。ただ昼間から吉原の茶屋で酒を飲んでいただけなのに。やましいことはない。寧ろ褒められるべきだ。ここでちょっと遊んでいたその間、ムサ苦しい男からのつきまとい行為はなかったわけなのだから。
 肝心の妙は風呂敷包みを抱えたまま突っ立っている。最近習いだしたらしい三味線の稽古に吉原へ来ていたのだろう。
 近藤が歩み出すと妙は微かに怯んだ。視線を逸らし、気まずそうにしている。
「お妙さん、こんにちは。三味線の稽古は終わりましたか? お送りしますよ」
と、妙の横を通り過ぎる。てっきり後方についてきているかと思っていたがその気配がなく、近藤は振り返る。それと同時、腹に風呂敷が投げつけられ、それは地面へ落ちた。風呂敷から視線を上げて妙を見る。こちらを睨みつけていた。
「……うそつき……」
 真っ直ぐと射るような視線だった。どうやら妙は怒っているらしい。
 しかし、嘘つきとはどういうことか。ここへ出かけることを嘘で誤魔化したわけでもないし、このことについてわざわざ話したこともない。それに最近、妙との会話で嘘をついたこともないと断言できる。
 近藤は妙が投げつけてきた風呂敷を拾い、それを妙へと差し出した。
「どうしました?」
 言ったことが気に入らなかったのか、妙は下唇を噛みしめてから口を開いた。
「うそつきッ……!」
と、力いっぱいこちらの胸を拳で打ってきた。
「俺、嘘なんてつきましたっけ? 心当たりがないんですが……」
「私のこと好きって言ったくせに……!」
 こちらはいつも通りの調子で返しはしたが、妙は思い詰めたような表情で胸を打ってくる。
 これでは先ほど想像したままの妙ではないか。そんなことなどあるはずないのに。こんな白昼、吉原の往来で痴話喧嘩とは。どうかしている。
 近藤は風呂敷を片手で差し出したまま、もう一方の手で妙の拳を止めた。ぱんっと乾いた音がなる。それをきっかけに妙は近藤の目を見た。近藤が見つめ返すと顔を赤くした妙は目を逸らした。
 本当にどうかしている。
「どうしました?」
 近藤が繰り返すと妙は顔を逸らしたまま言った。
「いえ、何も……」
 小さな声だった。動揺しているのか。自分を好きだという男が女を買う店に出入りしていることが腹立たしかったのか。
 近藤は妙の風呂敷を抱え、歩み出した。それに妙がついてき出す。
 どうかしたのかと念を押すとまた何事もなかったようになびかないキャバ嬢とストーカー男の関係を繰り返したいと云われたことになる。いかがわしい、嫌いだ、何とでも罵ってくれて良かった。己は何をしているのだと飛び蹴りされても良かった。それでもまた何事もなかったように今までの関係を繰り返すことは出来た。なのに、何故嘘つきだとこぼしたのだ。そんなに自分の妙への想いは迷いのない綺麗なものだと信用されていたのか。
 近藤は渦巻く苦いものを腹に留めようと奥歯を噛み締めた。片手に風呂敷を抱えたまま妙の背にそれを回す。空いた手で妙の手を引いて小道へ連れた。
 手荷物ごと妙を抱き寄せる。
「君を護るためだった」
 細い顎の下に曲げた人差し指を軽く差し込んだ。
「不浄から君を護りたかった」
 唇を重ね合わせ、妙の粘膜を舌で嬲る。
 田舎から出発した時、確かに目指していた。
 輝きに満ちた道を歩むことを。輝きの先にある確固たる信念を会得し、一生を以って侍道を貫けたらと。なのに、実際には悪しき強者は生き残り弱者は命を落としていった。幾人かの隊士たちは強くあれと掲げた鉄の掟から出奔し、絆を求めてきた隊士にはそれと気づかず謀反を起こさせる始末。先日も真の侍になると志を同じくした隊士に今後、真剣を握れぬほどの重傷を負わせてしまった。
 不甲斐ない将がために夢を託してくれた者の道を鎖してしまってばかりだ。
 こんな不甲斐ない男には、か弱き護るべき女からの叱咤が一番効く。どうか殴ってくれ。おまえはどうしようもなく駄目な男だと罵倒してくれ。
 一息つこうと唇を離した。つもりはなかったのに妙の桃色の紅が乱れていた。乱したくなかったのに。妙が咲かせる花をそのまま可憐に咲かせてやりたかったのに。
 妙の手は脱力したまま両手とも下がっていた。
「殴ってください」
 近藤が言うと乱れる息を整えながら妙は利き手を広げて近藤の頬を打った。衝撃で熱を持ち、浅黒い肌に季節外れの紅葉が浮かび上がる。妙は風呂敷包みと近藤を置いて小道から通りへと出た。
 まるでついて来いと云っているようではないか。手荷物は奪い返さない、憤怒もしないとはどういうことだ。
 近藤は妙の後を追った。
 これでも惚れた女にするには適さない行いであることを自覚している。敢えて最低な男を演出していることに我ながら終わっているとさえ思うが、何故、妙は怒らない。この度が自分たちの初めての口づけであるというのに。若い娘ならば初めての口づけは甘いものであって欲しいのではないのか。同意を得ることなく勝手に抱き寄せて唇を犯したのに、体格も力も差のある男が後ろを歩いていても怖くないのか。妙の中では平手打ちで相殺されたというのか。これでも自分の妙への想いは迷いのない綺麗なものだと信用しているのか。
 妙の心が清らかであればあるほど、こちらは穢れていることを思い知らされる。
 それ故、今日みたいな心持ちの日は妙から遠ざかっていたのだ。清らかな中にも複雑な事情を抱える吉原の女が相手なら均衡がとれるというもの。万一、吉原に到着するまでに街中で妙と遭遇しても今日の行く先は吉原の茶屋だ。妙とは挨拶を交わすのみである。そうして腹にたまった苦虫が這い出て妙が毒されないようにと護っているつもりだったのだ。
 なのに他の女と会っていることに対して嫉妬していると露わにした。これでは欲望という名の淫猥な虫がすぐに這い出てきてしまう。
 確かに、男を愛すなら不浄まで包み込もうとする慈悲のある女に惚れた。そして、年上の男であろうが、権力や財力を持つ男であろうが、毅然と跳ね退け、自分の道を見据える娘に惹かれた。
 恒道館の門前まで来て近藤は足を止める。妙は門をくぐり、その顔は自宅玄関へと真っ直ぐに向いていた。
 性は女でも立派な侍であると頼もしく思っていたのだ。自分のような不埒な男のものになってしまわず、ずっと変わらず自分の道を見据え、強い娘であって欲しい。そう願っていた。
 門前に佇んだまま妙が自宅に入って行くのを見届けると、近藤は庭の塀へと回り、塀をよじ登って志村家へ侵入した。妙の風呂敷包みを縁側に置いて退散しようとすると着物の衿が後ろへ引っ張られる。衿元に首前方を圧迫され、首が締まって息が詰まる。
「ぐ、お、お妙さんッ、首しまッ……!」
「後ろにいないと思ったら! なんでわざわざ庭から入ってくるんですかッ!」
 何度したかわからないやり取りに、やはり、いつものなびかないキャバ嬢とストーカー男の復縁を望まれていることに安堵する。近藤は締まる首を解放しようと衿元を掴んだ。こういう時の妙の怪力は自分より腕力があるのではと錯覚するほどだ。戯れとはいえ実際、苦しいし目に涙も浮かぶ。
 妙は近藤の衿を力いっぱい引っ張り切り、縁側へ腰を落とさせた。どんと鈍い音が鳴る。腰を打った近藤はその衝撃と呼吸が困難なことに悶えるが、妙は構わず衿を鷲掴みして部屋へ近藤を引きずり込んだ。伸びている近藤を尻目に障子を閉める。視界をかすめた空には分厚い雲が現れていた。
 芳しくない空気に近藤は後ろに肘をついて背を起こすと、むっとした表情の妙に睨みつけられた。
「あなたのそういうところが非常にムカつきます」
「え」
「痛そうにしてる割に、全然ダメージ受けていないところです。どうせ小娘のすることだと見下しているんでしょう」
 図星ではないものの、半分当たっているだけに言葉に詰まる。確かに妙は格好だけの侍よりも腕の立つ薙刀の使い手だが、こちらは常日頃、地球の平和を脅かす天人や江戸に在わす天下の将軍の命を狙う物騒な浪士を相手にする。流石に格好だけの侍より強くあらねばならない。
「や、やだなァ……。俺がお妙さんを見下すなんてことあるはずないですよ、ハハハ」
 睨みつけられているとはいえ、真っ直ぐに妙に見られて目を逸らす。
 視線が合ってしまった。そういえば先ほど自分はこの娘の唇を奪ったはずだ。
 これは雲行きが悪い。確か恒道館へ戻ってきた時、視界に入った雲行きが怪しかった。分厚く黒い雲が空を覆っていた。あれは雨雲か、雷雲か。実際の雲行きも悪いが、自分たちの雲行きもすこぶる悪い。誰もいない部屋にふたりきりのこの状況はよろしくない。何が一番よろしくないといえば、半分寝転がっている自分の上に妙が乗ってくることだ。どうすれば解放されるのだ。敢えて障子を閉めたということは話があるということか。話といえば間違いなく口づけのことだろう。やはりまずい。非常にまずい。
「あ! そ、そうだったッ! 俺、この後予定あったんですよね! ということで今日はそろそろ……」
 幼少期に習得した忍ぶ技で素早く起き上がり、障子枠に指をかける。
 妙は無言で障子枠を摘まむ近藤の指を握った。握った片手で近藤の着物の袖を掴み直し、もう一方の手で着物の衿を掴む。妙は重心を下げようとさっと膝を曲げて掴んだ着物の袖を引き近藤を背負い投げる。受け身を取った近藤は畳を打った。
「だからあなたのそういうところがすごくムカつくのよ」
と、背負って投げて釣っていた手を離し、畳に転がったままの近藤の頭上に回る。片足を桃色の着物から抜き出し、足袋越しに頬を踏まれる。
「なんでキスなんかしたんですか、殺されたいんですか」
「すみません、返す言葉もありません」
「いつもいつも……なんでそうなるのよッ」
 顎の骨が外れるのではないかというほどの強い踏み込みの後、頬が妙の足裏から解放された。顔を横に向けていた近藤は妙の様子を窺おうと真上に顔を向ける。近藤はその光景に我が視界を疑った。
 左足を自分の右の耳元に直立させ、着物の中の白い足袋からふくらはぎ、膝裏、太腿、下着まで見せられていたのだ。妙の右足は足袋をはいたまま近藤の衿元へ入り、胸の中央まで潜り込むと左胸の鼓動を打つところで止まった。
 妙に心臓を踏まれるのか。それもいいかもしれないな。惚れているのに、ものにする気もなく持て余しているんだ。恨みくらいいつでも買い取ろう。いいものも見れたしなと、近藤は目を閉じた。
 心臓の上に当てられた足裏に力がこめられる気配がしたが一向に踏み抜かれなかった。
「こんなに気を許してるくせに、どうしてあなたはそうなんです?」
「……お妙さん?」
「どんなことでもいつも私のやることをすべて受け入れる……。でも、いつも受け身だけはしっかりとって自分を護る……。いつもあなたが後を追ってくる度、私のここが苦しいんです」
と、右足先で近藤の胸を撫でる。
「だからこんなことまでしてるのに……。あなたにどんなことをしても結局、私があなたのすべてを奪えるはずなんてない……」
 妙は視線を落として項垂れた。
 やらかしてしまった。妙を追い詰めてしまった。どんなに謝っても謝り切れない。
「俺が憎いですか」
「……わかりません……」
「じゃあ、お妙さんが俺を憎みきれるようにしてみましょうか」
「え……?」
 近藤は耳脇で突かれている妙の左の足袋の留具を外した。左足首を左の手の平で包んでその手をふくらはぎへと移動させる。
「ちょっ」
 慌てた妙は真下の近藤を見る。が、自分の着物の裾で近藤の顔が見れない。妙はようやく自分の体勢に我に返った。
「や、めっ」
 着物の上から膝を押さえて前かがみになるが左足を掴まれていて身動きが取れず均衡を崩した。両膝を揃えて近藤の鎖骨下に両膝を突いた。妙の体重と軽く暴れた力により結構な衝撃だ。
「あ、近藤さん、だいじょ……」
 今のは痛かったはずだと気遣う妙をよそに近藤は自分の脇に妙の両膝を畳に突かせ、跨らせた。留具を外した左の足袋を脱がせ、足の甲に口づける。乱れた桃色の着物の裾を腰から撫でおろして顔の真上に妙の腰を下ろさせ座らせた。
「ぃやんっ」
 高い声で嫌がり、妙はすぐに腰を上げようとしたが近藤の両腕が腰脇から絡みついた。黒い着物の袖から出てきた太く筋肉質な腕に絡めとられて身動きが取れなくなる。
「やだ、近藤さん、やめて、こんな格好いや」
 突っ込むところはそこじゃないだろうと近藤は着物越しの妙の太腿の付け根から顔を離さずに開いた目を細めた。妙の腰に回していた両手を妙の臍へと移動させ、真っ直ぐ下へとやる。探りながら桃色の裾を割り開き、後ろ側の着物まで捲ると一度妙の腰を浮かせた。嫌な予感がしたらしい妙は慌てる。
「そ、それはだめですッ、近藤さんッ」
 察しのいい妙に口元だけで笑った近藤は浮かせた妙の腰をもう一度下ろさせた。今度は薄い下着越しに近藤の顔が触れている。妙は羞恥からもがくが近藤の太い腕は何も許さなかった。抱き直されて先ほどより身動きがとれなくなっている。何も動いていなかった近藤の顔が動き、勝手に腰が揺れてしまう。
「……んっ……」
 近藤の息がかかるとただでさえ火照っている顔が更に熱を持ってしまう。
「や、あつい……っ」
 不意に近藤の顔が離れて熱さから解放されたかと思いきや、冷やりとして近藤を見下ろした。乱された自分の着物の裾から通常なら人などいないはずのそこに近藤の顔がある。恥ずかしくて堪らず、目を逸らしたいのにそこにいる近藤の顎髭がどう動くのか気になってしまう。口が開くような動き方に妙は目を見開いた。次の瞬間冷やりとしていた大事なところに熱いものが触れる。
「いやぁんっ、んんっ」
 下着の布をずらされ、近藤の愛撫を直接受けた妙は声を上げて口を噤む。吉原の街で自分の舌を撫でていた近藤の舌が自分の大事なところを舐めていることを意識し、目元を熱くする。敏感なところに舌が触れると悲鳴のような高い声が上がった。
「ひぁぁん……!」
 次には優しく唇で包まれて腰が疼く。
「ぅんん……」
 それからしばらく唇で撫でられ、少しずつ舌で撫でられはじめる。少しずつ妙の声に柔らかさが含まれていくごとに遠慮がなくなってくる。ついには水音が鳴るようになり、その泉に舌先が浅く出し入するまでになっていた。
 妙の大事なところから顔を離した近藤は舌先に引いた粘着のある液を絡め舐める。妙の初しい蜜がうまい。
 近藤は跨る妙から顔を外し、体を起こした。両膝を突いたままの妙の正面に両膝を向かい合わせる。これから何をされるのか不安に駆られている妙へ右手を伸ばす。結った髪から落ちている左の髪を梳くように人差し指と中指を入れ、耳朶に触れる。その指を後ろへやり、うなじに触れて首を支えた。妙の右横の落ちている髪に口づけ、髪の間から覗く耳の縁に口づける。
 妙の髪の香りが甘い。誘われて顔を後ろへやり、首へ口づけると妙の肩が震えた。次に左の指でうなじを撫でながら左の首にも口づけると小さく声が上がった。
「あ……」
 恥ずかしかったのか妙は口元を手で覆う。
 うなじに触れていた手を下げて背を撫でてから妙の二の腕に触れる。着物の上からでもその細さがわかる。妙のもう一方の二の腕にも空いた手で触れる。
 こんな華奢な腕でよく自分のような体格の男を背負い投げれたものだなと感心する。是非とも隊士に欲しいくらいだが、妙は女であり、親の遺した道場を復興せんと日努めている。
 まだ不安の残る妙の目を見つめる。茶色の大きな瞳が自分に助けを求めている。そんな目で見つめないでくれ。
 近藤は目を伏せ、背を屈めて妙の唇に自分の唇を重ねた。吉原の往来で口づけた野蛮なものではなく、出来るだけ優しく、甘くなるように気を遣う。
 妙の心が清らかであればあるほど、こちらは穢れきっていることを思い知らされるのに、その妙に感化されてしまった。
 愛を囁くことなくこんなことをしているのに、何故、受け入れようとするのだ。これは愛しているのではない。憎まれるためにしているというのに。何故、そんなにも信用してくれるのだ。
 舌を優しく吸い放してやると妙は中腰でいた腰を畳にへたらせた。とろりとした眼差しに見上げられる。唇は薄く開き、へたった腰を支えるためなのか乱れた裾から覗く膝の間に突かれた両手は着物の中の胸を寄せている。
 軽く欲情した娘が自分の手の届くところにいる。しかも、両手の奥は先ほど自分が舐め濡らした。準備は整っている。
 やめるなら今しかない。妙の肌を見たらもう引き返せない。
「……近藤さん……」
 気の緩んだ妙の声に目を硬く瞑る。
 自分に惚れているくせに何もせずにのらりくらりの態度に腹が立つと言われた。二回もだ。殺してやりたいと心臓を踏もうとさえした。それだけ妙を追い詰めた。今更やめてどうする。ここで躊躇うということは怖いのか。相手は十も年下の娘だぞ。いや、年など関係ない。ああ、怖い。一度、好きな女を知ったらもう二度と自制なぞ出来ぬことは考えるまでもない。
 頬をほんのり赤くしたまま待っている妙を見る。
 前を行く妙の後ろを歩く距離を保っていたのに、嘘つきだと近づいてきたのは妙だ。報いに口腔を犯したのにこちらが言うまま頬を打っただけで突き飛ばさなかったのは妙だ。その花、手折っていいということだな。
 近藤は妙の帯を外した。右の足袋も脱がし、着物と襦袢を脱がせて白い下着の留具を外す。肩紐を外して下着を取り除くと妙の胸に細い腕が回った。
「……あの……はずかしいです……」
 小さな声で呟いた。年相応の可愛らしい娘だ。愛おしくなって抱き寄せる。当たった妙の頬に軽く自分の頬を擦り合わせて耳元で口を開く。
 かわいいですと、言おうとして思い留まり、代わりに耳に口づけた。一つにまとめられている髪を解いてゆっくりと妙を畳に寝転がせ、近藤は妙の後ろで横になる。まだ胸を隠している妙の腕を掴んで引き剥がした指に口づけた。次に首へ口づけ、肩へと唇を移動させる。入っていた腕の力は抜けるが、近藤はしばらく妙の肌を撫でる。腕、肩、脇腹、下がっては上がるが胸にも触れず、先ほど直接愛撫したところにも触れない。
「……あの……?」
 痺れを切らせた妙は後ろの近藤へと振り返る。近藤は口づけ、妙の唾液を吸い取った。息の上がった妙はいつの間にか口元にあった近藤の指に気づく。近藤は髪に口づけてから耳の傍で囁いた。
「咥えて舌、使ってください」
と、妙の目の前に人差し指と中指をやってから手を口の傍へおろす。
 脇をくぐって顔の前に来た近藤の中指と人差し指を咥えた妙は舌を動かした。もう一方の近藤の手が肯定するように妙の頭を撫でると、妙は徐に舌を動かすようになる。そのうち妙は無意識に近藤の腕に両胸を押しつけ出す。近藤はそっと二本の指を妙の唇から抜き去った。
「あ……」
 微かに息を乱した妙は声をこぼす。近藤は妙の髪に口づけ、頭を撫でながら引き抜いた二本の指で妙の肌を撫でる。緩やかな胸の谷間、締まった腹、臍、下腹部へと撫でおろし、下着の中へと潜り込ませた。指を揃えたまま短い毛を分け、割れ目に沿うように二本の指を曲げる。指先の触れたところは充分に濡れていた。
「や、近藤さん、だめ」
 助けを求める妙は恥ずかしそうに肩を震わせ、後ろの近藤へ振り返った。甘い口づけの合間にもう一方の脇から前に回った近藤の手に片胸を覆われる。
「んっ」
 舌は甘く押しつぶされ、大事なところに近藤の指がそえられ、胸の先を三本の指に捕らえられ、妙の体は跳ねた。
「ぅんっ」
 くぐもった声が舌を伝ってくる。やはり愛しさが近藤の胸を占める。あの妙が、大人しく自分の腕の中に納まっているのだ。口づけながらありとあらゆる愛の言葉を返したい。
 だが、それはほんの束の間だ。どうせ自分は女のことなど捨て置き剣を握る。生きていようが屍になろうが何より先に剣を握り、何よりも後まで剣を握りしめている。女の手なぞ握ったところですぐに放す。
 近藤は妙の手を握り、手の甲に唇を押しつけ、指を絡ませて握り直した。
 しかし、ほんの束の間、女に甘えたい。男なら誰しも思うだろう。自分も例外ではない。
「指、入れますね……」
 耳元で断って返事を聞く前にゆっくりと中指を侵入させた。
「あっ……あっ……」
 侵入が深くなる度、妙は戦慄いた。ぬめった粘膜がうねっている。久しぶりの女の熱に息を飲む。興奮している。袴の中のものは背後から妙を突こうと反っている。妙を抱き締め、指に力を入れた。
「んんぅぅ、そこ、ぁん」
 甘い声で言われて埋まったままの中指の腹で粘膜を探る。手の平に当たる胸の頂は硬くなっていた。感じている。妙は自分に感じている。
「や、だめ、こんどぉさ、あぁ、だめっ、ぁんんっ」
 妙の下腹部が波打つように反応するところを指の腹で円を描くように撫でた。
「だめ……近藤さん……だめ……」
 ゆっくりと呼吸を整えようとする妙に近藤は指を足す。
「や、二本も入らな、ぁあっや、入っちゃ、あっ、またそこ、だめぇ」
 緩やかに二本の指を交差させてはぬるついた壁を探りながら敏感な芽に親指の腹を載せる。先ほど反応があったところを人差し指と中指の腹で交互に撫でると、妙は肩を揺らしながら後ろの近藤の着物にしがみつく。
「だ……め……、っあ、だめぇっ……」
 動かした指が妙の粘膜に吸いつかれるようになると揃えた指で微かに膨らんだ壁一点を刺激する。もう一方の手はかわるがわる胸を撫で、硬くなった胸の先も交互に指で弾く。
「や、こんどうさんっ、あっ、やぁ、うぅっあっ」
 妙の目には涙が滲んでいた。初めてなのに強い刺激を与えられて可哀相だと思うのにやめられない。もっと泣かせたい。
「っめ、きちゃ、ぅっ……、ひぁっ」
 右の乳首を強めに摘まんで放すとそれは立ち上がった。もう片方の乳首も弄って欲しそうに肩が揺れる。真っ直ぐにした人差し指で刺激を待つ乳首を上へ下へと弾くと甘い息と声がこぼれる。いつしか近藤の親指の腹の真ん中で硬く育った妙の芽も刺激を待っているかのように腰が揺れた。
 妙はもう上り詰めている。近藤は蜜を充分に絡めた熱い妙に吸いつかれている指を硬くし、袴の中の自分を波打たせる。喉を鳴らして親指の腹を押し上げる妙を撫でる。
「やあぁぁんんっ……!!
 甘い声を上げて潮を吹く妙がいやらしかった。男を知らないはずの妙が、こうも淫らに自分の愛撫で感じるとは思ってもいなかった。そうも妙は自分のことを好きだったのか。夢のようだ。そうだ、これはきっと夢だ。
 近藤は懐に忍ばせていた避妊具を取り出し、雑に着ていたもの全てを脱ぎ捨てた。取り出した避妊具を装着する。
 こちらを背にして畳に横たわる妙の肩に触れる。敏感になっている妙は、肌に触れただけでも声をもらす。
「あ……」
 まだ目が虚ろだ。快感が引いていないのか。初めてだから少しは休ませてやったほうがいいとは思うものの近藤は止まろうとしなかった。
 これは愛しているのではない。憎まれるためにやっているのだ。穢れている自分が妙に似つかわしくないのはわかっている。わかっているから踏み込まずにいたのに、近寄ってきたのは妙だ。思い知らせてやらなくてはいけない。自分のような男に捕まったら最後、下落するしかないのだと。
 障子の外で音もなく光った後、遠くで低い音が鳴った。恒道館に到着したころに見たのは雷雲か。ならば多少、声を上げても雷で掻き消されるはずだ。
 近藤は口の片端を上げて笑みを浮かべると畳に転がった妙を仰向けに寝かせ、曲げさせた膝を割った。短く生え揃った毛まで濡れ、芽は初めて見た時より膨らんでいた。蜜にまみれた桃色の花はいやらしくひくついている。
 堪らなくなって近藤は妙のそこへ反った自分のものをあてがった。蜜を塗り広げ、反った裏側で妙の芽を上へ下へと撫でる。
「あぁっ」
 芽から花びらへと往復すると、妙の甘く悦ぶ声がとまらなくなる。
「んっ、んっ、はぁっ、あっ、ぁんっ」
 切なくなった近藤は妙のそこを擦りながら背を屈め、妙の左首に吸いついた。跡を付けてしまう直前で我に返って唇を離し、耳の襞を舌で撫でる。腰は止めることができず、自分のものと妙のそこが擦れて粘着質な水音が鳴る。汗ばんだ首元はより一層、妙の香りを放つ。
 名を呼びたくなって口を開くが、やめた。代わりに耳朶を甘く噛む。
「んんっ」
 腰を揺らすと切なげに鼻を鳴らす妙の額には汗が浮かんでいた。張りついた前髪を梳いてやる。
「……入れます……そのまま力、抜いててください……」
 近藤は背を起こし、芽の下の襞に止まった分身を見下ろした。卑猥な光景に、今にも妙を串刺そうと硬さを増す。はやる気を落ち着かせようと静かに一息ついた。分身に手を添え、妙の充血した粘膜をゆっくりと突き撫でてから先を膣口にあてがう。意識した妙は体をこわばらせた。唇を横へ引き、目をつぶる妙に罪の意識を抱く。が、次の瞬間、自身はすでに妙の中にいた。近くで雷鳴が轟いたのを合図に、障子戸が雷光に二度照らされるまでの間、根元までしっかり埋めてしまっていた。
 一気に貫かれた妙はのけぞり、分身を締めつける。
 これが妙か。これが愛しい女の中か。快感と感激で気をどこかへやってしまいそうになる。あまりの快感に射精欲が湧き起るが息をついて快感を逃し、なんとか堪え切る。しかし、腰が蕩けそうだ。
 妙はのけぞったまま体を硬くしている。気を失っていないかと心配になって細い腰に触れた。優しく撫でて妙の反応を見る。
「やぁ……はぁ、奥まで……近藤さんが、いっぱい……んんっ」
 眉は下がり、潤んだ茶色の瞳は細くなる。目尻に流れる涙は今にもこぼれ落ちそうだ。いつもなら眉をつり上げ、刺すような視線を向けてくる妙なのに、今は自分に貫かれて涙を浮かべ縋ってきている。背中にぞくりと快感が奔る。初めて男を受け入れた膣はきつく締めつけてくる。近藤は妙の緊張を和らげようと右手を伸ばして背を屈めた。髪と頬を撫で、唇を幾度か啄んでから甘く口づける。優しく撫で押し、唾液を啜って舌を絡ませる。
「……んっ……ぁふっ……んぅん……ぁんっ……」
 口づけの合間にこぼれる妙の声が甘くなると近藤はゆっくり腰を引き、またゆっくり熱い粘膜の中に分身を埋めた。
「ぁああっ!」
 驚いて声を上げた妙の頭を優しい手つきで撫でると、妙は近藤の口づけに応え出す。
 ただ挿入しているだけなのに口づけに反応して分身が硬さを増す。妙の弱い舌先を自分の舌や唇で愛撫すると分身を包む粘膜が熱を増す。
 近藤は息をつく。
「はぁ……っ……」
 水音を鳴らせて妙の口を吸っていると堪えられなくなったが、既(すんで)のことで妙の名を飲みこんだ。これで何度目だ。妙が愛しくて堪らない。
 自分の想いが届いているならば、きっとわかっていてくれるはずだ。でなければ妙はこんなふうに受け入れて応えてくれない。わかってくれることを前提に卑劣な手段で妙を己のものとしようとする自分は、やはりどこまでも浅ましい。
 舌先を丁寧に吸って放すと最上に蕩けた妙がいた。
 濡れた瞳に上気した頬。半分開いた唇は合わさった唾液に濡れ光り、ずっと吐息をこぼしている。
 今すぐにでも妙の膣で擦りたいのを堪え、一言断る。
「……動きます……」
 蕩けた妙は静かに頷き、近藤はまた腰をゆっくり引いてからゆっくりと戻した。それから徐に動きを速める。動きに反応して喘ぐ妙を近藤は抱き締めた。
 錯覚してしまう。愛し愛されていると。勝手を働き、強引に抱いているのに。
 近藤は妙を揺さぶりながら耳に口づけた。ちゅと音を鳴らせ、吐息を耳にかける。
「ふぁ、あっ、こんどぉさんっ、また、あ、さっき、はぁ、みたいなの……ぁあん、きちゃぁ、……んんん!!
「ん、はぁ……出します……、ぅうぐ、ああ……!」
 妙に放った近藤は、分身を抜き去った。避妊具の後始末をし、畳に転がったまま呆けている妙の膝を割り開く。ふんだんに濡れている女の肉襞がまだひくついていた。卑猥な花を目の前にし、近藤は奥歯を噛み締めた。これが美しい桃の花に自ら出た淫猥な虫をのさばらせてしまったがための罪の意識か。後悔はないが謝罪の念しかない。
「……あっ、えっ……?!
「……」
 しかし、謝りたくても謝れない。言い訳の言葉も出てこない。
 近藤は汗ばんだ白い肌を撫で、両腿を左右へ押し開いた。舌で小さな茂みを分け、芽を撫でる。さらに下がって赤い花びらを親指で開いて蜜を舐めとる。
「ん、もう、だ、めぇ、近藤さんっ」
 それでも新たにあふれてくる蜜を、音を立てて吸い取ると妙の両手が頭に触れた。力なく抵抗している。
 最低なことをしているのは自覚している。愛の言葉を囁かず、羞恥に身もだえる妙にまた欲情しているのだ。やはり自分はどこまでも穢れきっている。妙のそこを隅まで舐めると近藤は妙の襦袢を体に掛けてやり、身支度を整えて言った。
「憎んでください。恨んでもいい」
 妙は掛けられた襦袢を握り締め、言葉なく近藤の頬を打った。妙の小さな手形の紅葉がまた近藤の頬に浮かぶ。
 やはり自分は妙に似つかわしくない。本当は笑わせたいのに、いつも怒らせてばかりだ。男としても不甲斐ないことこの上ない。妙よりも十も年上なのに、完全に甘え切っているのだ。どうか殴ってくれ。おまえはどうしようもなく駄目な男だと。
雷雲
Text by mimiko.
2018/07/08

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