志村家にて。素直な勲と素直にならないお妙さん。

かわいげのない女

 家事を終えた妙は、ふと思い立って縁側に正座し、縁側下を覗き込んだ。
「近藤さん、ちょっとお聞きしたいんですけど」
と、暗闇に向かって声をかける。妙のほうからは頭頂部のみが見えたが、その人物が誰であるか認識していた。
「えっ、なんで俺がいるってわかったの?」
 陽の光が当たらない縁側下で近藤の黒髪に黒い隊服では、その影に同化するはずだ。その正体がよく自分だとわかったものだと近藤は感心した。
「最近、そこが気に入ってますよね」
 くすくすと笑う妙がかわいらしい。
「あっはは~、愛の力ですね。さすが俺のお妙さん」
「あなたのお妙さんじゃありませんけど」
 にこりと微笑んでいるが冷たい声音に突き放される。潜んでいたのにわざわざ呼んだのだからいい話かと思いきや、そうではなかったらしい。淡い期待さえも抱かせてくれない妙は相変わらず容赦がない。近藤は折れかかった心を完全に折られる前に話を切り替える。
「あの、俺に聞きたいことって?」
「ええ。立ち話もなんですから、どうぞおかけになってください。今、お茶を用意しますね」
と、妙は縁側へ座布団を敷いた。近藤は一礼し、それに腰掛けると妙が淹れたての茶を持ってよこした。
「あ、これはどうも」
 茶を一口、口内に注ぐと、ほどよい温度と苦味が美味い。妙の料理は大抵が焼きすぎて炭のようなものが出来上がるが、炊く、煮るといった調理は上手く、茶を淹れるのもまた上手かった。近藤は、ふうと一息ついてほっとしたところで我に返った。いい感じにもほどがある。こういう時は何か裏があるはずだ。誰かがどこかに潜んでいて、自分を罠にはめようとしているのだろうか。それとも妙にこれからえらい目に遭わされるのか。
「で、聞きたいっていうのはなんですか?」
 幸せ気分をいつまでも味わっていたいが、浮かれすぎたために対処できないのは心身ともに堪えるだろう。受け身をとれるようにと身を構え、心も構える。
「その……」
と、視線を落とした妙は黙ってしまう。
「聞きにくいことなんですか?」
「いえ、そんなことはないです。その……」
 否定したのだから質問するのかと思いきや、またも黙ってしまった。
「俺のこと?」
「……じゃないです」
「じゃあ、お妙さんのことだ」
 妙は頷いたが、やはり口は開かない。
「どう思ってるか系ですか?」
「はい……。その、あなたがっていうより、客観的な感想を聞きたくて」
「お茶のことですか?美味いですよ」
「そうじゃなくて……」
 近藤は呻りながら両腕を組んだ。首を傾げては閃いたことを確認する。が、外見についてを言っても違うと返ってくる。胸のことについては殴られはしたが、やはり違うと。こちらが挙げられることはすべて確認した。となると、あとは内面のことになる。
「道場復興?」
「……は、ちゃんと考えてます」
「じゃあ……好きな男ができた?え?どんな男?俺、知ってる?」
 捲し立てる近藤の目には涙が浮かぶ。こちらが訊きたいのに近藤のほうから訊ねられ、しかも質問内容に自ら被弾している。妙は笑みをこぼした。
「違いますよ。かわいげのない女性はいただけないっていう話をすまいるのお客さんとしてたんです」
 抱えていた腹の中のものを吐き出した妙は屈託なく笑う。年相応のあどけなさがそこにはあった。
「お妙さんは、かわいいですよ」
 近藤の笑顔に妙は困ったように笑う。
「だから、あなたが私のことをどう思ってるかとかじゃなくて、客観的な感想を聞きたかったんです。私って、つい拳に力が入るほうだから、男の人にとってかわいげがないって思われてるのかなって。銀さんや土方さんなんて、事あるごとに私を男キャラに仕立てようとするし……。しないのなんて、近藤さんくらいしか……」
と、まで言ってから妙は我に返った。自分を好きだとつきまとっている近藤なのだから、自分のことを悪く言ったりすることはないだろう。これでは安全に安心したかったと言っているようなものだ。
「そりゃあ、俺ァあなたに惚れてますからね。まあ、それがなかったとしても、そういうことを聞いてくる女性はかわいげがあると思いますよ。かわいげがないと自分で思っていても、それを気にしてる。他人への印象を良くしようと心がけることはいいことだと思います。もともと心がきれいなんでしょう。様々な柵で素直になれなくても素直であろうとする。難しいでしょうが、それを努力する様は美しいと思います」
 自分のことを褒めちぎられていると錯覚した妙は顔を真っ赤にしていた。
「お妙さん?」
「あ……、別に私のことを言ってるんじゃないってわかってるんですけど、さっきから近藤さんがすごいことを言うから、なんだか照れちゃって……」
「ん?お妙さんのこと言ってますけど?」
「え……」
 絶句した妙はますます顔を熱くした。茹った頬から湯気が上がりそうな勢いだ。信じられない。なんという男だ。本人を目の前にしてよくもそんなことを臆面もなくぬけぬけと言えたものだ。酷い褒め殺しである。妙は恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「ご、誤解ですッ!私、そんな大層な女じゃありませんッ!前々から思ってましたけど、近藤さんは私に夢を見過ぎですよッ?!」
「そうかなァ。俺はそんなに夢なんて見てないと思ってますよ。他人から見りゃ欠点だと挙げられることも美点だと思ってるからなァ」
 妙は両手を下ろした。自分の首の後ろへ手をやり笑う近藤の横顔を見やる。
「どうしてそんなふうに思えるんですか?」
「個性だと思ってます。いいところもあれば、あまりよくないところもある。それらがその人を形成する欠いてはならないものなら、省くことなくすべてを認めたい」
 庭を眺めていた近藤の目が妙を見た。
「初めてあなたに会った時、教えられた。正直、十も離れた娘さんに教わるとは思いもしなかったですよ」
と、笑う。妙は早鐘を打つ胸の前で利き手をやり、もう一方の手でその手を覆った。言い聞かせるように祈るように握る。
 まだダメ。まだほだされちゃダメ。ああ、もう、これだからこの人のことイヤなのよ。真っ直ぐすぎてほんとやんなっちゃう。
「お妙さん?」
 顔を覗き込まれ、妙はどきりとした。
「え?」
「オジさんもまだまだだと思った?」
 同意を促す笑みにつられて笑顔で頷く。
「ええ。泣く子も黙る真選組の局長さんもまだまだですね」
 含み笑いで言う妙の声が弾んでいる。己に課した妙の笑顔にする任務を完了させた近藤は、茶を飲み干して立ち上がる。
「んじゃ、また来ますね」
 近藤は、我ながらよくやったと内心、自分を褒めた。が、満面の笑みで言われる。
「もう来ないでください」
 え、なんで?今、すんごいいい感じだったよ?!それなのになんで?!あ!そっか、お妙さん照れてるんだな!きっとそうに違いない!俺、ぜってーめげないもんね!な、泣いてなんかないんだからねッ!
かわいげのない女
Text by mimiko.
2015/02/09

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