刑事課勤務の近藤さんが女子大生お妙さんと共同生活する現代パラレルものです。
勉強不足のためいろいろふわっとしてます。ふわっと読んでくださいませ。
診断メーカー「シチュお題でお話書くったー」診断結果「あなたは24時間以内に13RTされたら、大学生で一緒に暮らしてる設定で攻めが長い期間片想いしてきた近妙の、漫画または小説を書きます。」より。
ツイッターでお世話になっている柚木麻樹さんが素敵近妙を描いてくださいました。とても素晴らしいのでみなさん見てみて!
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KとJD
仕事帰り、たまにはいつもと違う店へ飲みに行ってみようと行った店で彼女は働いていた。女性従業員等の接客態度や店の雰囲気は悪くなかったものの、特定の客のみ案内される別室が気になった。が、ただの気のせいだと考え直す。何せ彼女の働く店だ。おかしな店でないだろうと思いたかった。
今どきのギャル系女子とは違った芯の強い清楚系女子。馴染みの店の新人キャバ嬢にあっさり振られたばかりの三十路手前の自分にとっては、ケツが毛だらでもそのケツ毛ごと愛すと言った彼女は女神であり菩薩である。モテない独身男にとって慈愛に満ちたその微笑みは命を救われたも同然だ。逃したくない一心でプロポーズした。前回はあっさり振られたのだから今回はしぶとく何度でも立ち上がってやると。突然のプロポーズに戸惑った彼女にやんわり断られ、それでも食い下がると鼻に右ストレートを食らわされた。自らの教訓を生かしたつもりが結局、振られてしまった。
だが、以降も彼女の務める店に幾度か訪れた。するとある晩、街で探偵業を営んでいる銀髪の男に忠告を受ける。事件の捜査中、たまに鉢合わせする腐れ縁だ。
「次にあの部屋で接待させられるのはおまえのお気に入り嬢らしいけど……。ゴリさん最近、生安課に異動した?」
「いや、俺ずっと刑事課だけど?」
「あーそう、じゃあマジでただの客なのね」
「って、生安課……?」
坂田銀時――通称、万事屋――が言った『あの部屋』が頭を過って嫌な予感がした。
「ノーパンの嬢と客が肉をしゃぶしゃぶするらしい」
「ノーパンの嬢と客が肉をしゃぶしゃぶ……?」
万事屋の胸倉掴んで卑猥な想像を駆け巡らせる。
「まァまァ、落ち着けよゴリさん。問題は性風俗許可取ってるかどうかだ」
たしなめられて万事屋から手を離した。
「俺ァてっきりゴリさんが潜入捜査してるんだと思ってたんだがなァ。こりァ見当違いだったな」
「……なんでそんなこと嗅ぎ回ってるんだ」
「姉がどこの店で働いてるか調べてくれって家族に依頼されたんだよ」
直感だった。依頼者の家族は彼女の弟で、その彼女は無許可営業店で客への性的サービスを強要されることだろう。それも近いうちに。
彼女は何故、そんな危ない店で働いているのだ。安易に考えるならば金銭問題。法に触れるような店は大抵、金払いが良い。従業員確保のためだ。美しく着飾らせて甘い汁を吸わせ、若い女性を泥沼へ引きずり込む。まったくもって悪質である。
個人的感情ですべき行動でないのはわかっていた。それでも何か事情を抱えながらも明るく振る舞う彼女を護りたかった。独自に生活安全課の動向を探り、突入捜査の時期を予想する。その頃、強引に彼女をデートに誘い続けて店から遠ざけようとするがアルバイトを掛け持ちしていた彼女に断り続けられた。こちらの事情を打ち明けることなく店を辞めろと言っても聞き入れてもらえない。やはり掛け持ちのアルバイトの中でも実入りがいいらしい。
そして手入れ時、特別室に客と女性従業員はいなかった。いたのはパー子と名乗る女装した万事屋と実質経営者である男で、男はノーパンでそのパー子と揉み合っていたとか。
店は常習的に行われていた時間外営業により営業停止処分となり、のちに閉店した。経営者らはのらりくらりと言い逃れ、営業内容と営業許可が一致していたのか今となっては謎である。当の彼女に訊ねても、あの部屋で客と肉をしゃぶしゃぶするサービスをしろと言われたことはないと返ってきた。彼女の身を案じるがために思い過しただけなのならばいいのだ。とりあえず若い女性たちが性犯罪に巻き込まれるかもしれない可能性がひとつ消えたのだから。
近藤は自宅マンションの鍵を開け、ドアノブを回した。玄関に入り下駄箱上のバナナ柄の皿に鍵を入れ、行儀よく揃えられたピンク色のパンプスの隣で黒い革靴を脱ぐ。すでに何かが焼け焦げた匂いがしている。
やはり今日も卵焼きか。今日こそはカレーライスが食べたい。
夕食のメニューを心の中でリクエストすると彼女は菩薩のような笑みを浮かべて言うのだろう。 卵は栄養があるんです。カレーライスばかり食べていたらいけませんよ――と。
「あら、近藤さん、おかえりなさい。今日は早いんですね。いつも遅いのにめずらしい」
出迎えてくれたピンク色のエプロン姿の彼女を見たら、つい気が緩む。
「ただいま、お妙さん」
「だから『お妙さん』って呼ぶのやめてくださいよ。って、何、やめて、近藤さんッ!」
近藤はふらりと正面の妙に抱きついた。寒気がして目の前の温かいものに縋る。
「ん、あったけェ……」
と、彼女の耳に頬擦りする。後ろで結わえた茶色がかった髪からいい匂いがする。
「はぁ……落ち着く……」
耳元で呟かれて妙の耳が熱くなる。というか、近藤の頬がいやに熱い。もしやと思って顔を上げようとするが背中と腰に回っている腕がびくりともしない。
「あの、近藤さん、離して……」
「いやです……」
と、腰の腕に力が入る。先ほどより密着してしまう。妙の心音が跳ねた。
こんなに接近したことは今までなかった。自分のことを好きだという割にいつも一線引いたところで見守ってくれている。それなのにこうしてこちらが言うのも聞かずにわがままを言う今日の近藤は変だ。いや、いつもの近藤もどこかしら変だけれど。
妙は首に近藤の吐息がかかって目をぎゅっと瞑った。頬が熱いと思ったら両腕も熱いように思える。やはり確かめたほうがいい。
妙は目を開いて近藤の腕の中で身じろぐ。
「待って、近藤さん。お腹空いてるでしょう?ご飯できてますからこんなところにいないで部屋行きましょう。ネクタイも緩めて、ね?」
背中の腕が緩まり、妙はネクタイを緩めてやってから近藤の顔を見上げた。顔色は悪く、真顔だ。
「……飯よりお妙さんを食べたいです……」 と、腰の腕に抱き寄せられる。真正面から口説かれ、妙の頬が熱くなった。
「な……ッ」
いつもと違う近藤の雰囲気に呑まれて言葉が出てこない。発熱によるうわ言なのに、真に受けてしまう自分もどうかしている。
「だ、ダメです……」
妙は恥ずかしさに耐えられなくなって近藤の瞳から視線を落とす。顎髭と太い首と鎖骨が近すぎる。
「だ、だって、首冷やさないとッ」
と、妙は冷蔵庫に入れようと手にしていたネギを近藤の尻へと挿し込んだ。
「お妙さんんんん?!」
驚いた近藤は妙に巻きつけていた両手を上げた。
「こ、近藤さん、熱あるでしょう? だから、そういうのはダメよッ」
更にネギを捻じ込むと近藤は妙に覆いかぶさった。
「ちょッ、お妙さんッ、これ以上は入らなッ、うあッ」
一気に全身の熱が上がった近藤は妙に寄りかかったまま気を失い、妙は動きを止めた近藤を背負って寝室へ運び込んだ。緩めていたネクタイを外して上着とシャツを脱がせる。意識のない大男の世話は一苦労だと思いながらズボンを脱がせて下着を見つめる。人道的支援とは言え、流石に下着まではと躊躇う。が、勢いのまま近藤のクローゼットで見繕った着替えの用意にはトランクスもある。覚悟の一息を入れて近藤の腰の脇に新しい下着を用意し、目を閉じたまま下着を新しいものに取り換えてやりパジャマを着せてやった。やはり着替えさせるだけで大仕事だ。一度掛けた布団を捲って脇の下へと体温計を挿し込む。汗を掻き始めたら体を拭いてやり新しいものに着替えさせ、高熱であるなら冷やしてやったほうがいいだろう。
眠っている近藤を見やって壁掛け時計で時刻を確認する。七時半過ぎだ。まずは自分の腹ごしらえだと寝室を出た。
ダイニングテーブルで目玉焼きならぬ黒い卵焼きをトッピングしたカレーライスをひとりつつく。弟が中学生の頃はよく一緒に食卓に着いていたが、高校に入学すると自分も家計を助けるのだとアルバイトを始め、一緒に食事をすることも減った。たまたま互いのアルバイトが休みとなり、久しぶりに弟と一緒に夕飯を食べようとしていたその日、住んでいたアパートに借金取りが押し入ってきた。
部屋は滅茶苦茶にされ、病気で亡くなった父についてのある事ない事を言いふらされた。娘も大学生で息子も高校生ならばそこそこ金を稼げるだろう、これ以上利子が嵩むと大変だろう、いい伝手がないのなら働ぎ口を紹介してやると。
紹介されたのはキャバクラ店だった。しかし、先の警察による家宅捜査で店は閉店せざるを得なかった。サービス内容に合った許可を取らずに営業していたらしい。店が悪かったわけだが、いい収入源を失くしてしまった。そしてそれは住む所も失くしたことと等しかった。以前、弟と住んでいたアパートは借金取りによる迷惑行為が酷く、他の住人や大家に申し訳なくなり、引き払っていた。故に弟も自分もそれぞれのアルバイト先で提供される所に居住していたのだ。大学の友達の所へ転がりこもうかと考えていたら声を掛けてくれたのが近藤だった。大江戸警察署の刑事だ。キャバクラ店に客として来店し、毎回指名してくれた。共同居住の提案はありがたかったが警戒した。いい大人の警察官が借金まみれの女子大生を本気で相手にするはずはないし、本気で言い寄ってくるならばロリコンである。いや、自分は幼い女の子ではないけれど、体格のいい三白眼の男性と女子大生が一つ屋根の下だなんて何か起こるに決まっているとやはり警戒した。言わば貞操の危機。本気で自分を相手にするはずはないと思っているのに、心のどこかで期待してしまっているのか、期待外れを食らわされて悔しがるのか残念がるのか、心の中のもうひとりの自分と支離滅裂なことを言い争ってしまうほど悩んだ。
とりあえずこんな時間だし今晩一泊だけでもうちに来なさいと警察官の顔で言われ、のこついて行ってしまった結果がこれだ。もう一日、もう一日、住むところが見つかるまでもう一日――。延びに延びて結局、居候をさせてもらっている。
誰も座らない向かいの席を眺めて溜息をつく。今日は彼の好きなカレーライスにしたのに。いくら好物でも高熱でカレーライスは食べられないだろう。
妙はカレーライスを平らげると近藤のいる寝室へ戻った。部屋の温度と湿度を確認し、エアコンを調節する。水の入った洗面器とタオル数枚をベッド脇へ置いて声を掛ける。
「近藤さん、お腹減ってます?減ってない?」
「んん……?」
声は聞こえるようだ。熱にうなされて眠れないのかもしれない。
「体、冷やしましょうか?」
と、妙は近藤の首に触れた。とても熱い。とりあえず持ってきていた洗面器の水で絞ったタオルを首に当てる。
「あ……お妙さん……?」
「はい」
返事すると近藤は目を細めた。母親が傍にいることを安心して笑顔になる子どものようだ。
「お水飲みます? スポーツドリンクにします?」
「水を少し……」
と、体を起こそうとするも思うように動けないらしく、妙は近藤の背中を支える。
「……ありがとうございます、着替え」
ペットボトルの水をグラスに注ぎ、それを近藤に手渡す。
「とっても重かったです」
と、妙はにこりと小首を傾げる。その口元はマスクで覆われていた。その笑顔は病気をうつしてくれるなと言っている。水を一口含んだ近藤はグラスを妙に返した。
「今度、破亜限堕津買ってきます」
「もちろんです」
と、笑顔で返事する声は明るい。元気な妙に近藤は安堵する。思わず笑おうとするが声が出るのと同時に咳込む。
「風邪なんですか?」
「多分……。疲れが溜まってたかな」
ははっと笑って妙に手伝ってもらいながらベッドに横たわる。
「お仕事大変だろうけど、体、大事にしてくださいね」
はいと返事した近藤は続けてへらへらと笑った。
「なんですか?」
「お妙さんが優しいなァって、嬉しくなっちまって……」
「はいはい、熱が高いんですからもう寝ましょうね」
と、妙は近藤の額を撫でる。小さな子どもにするようなそれに近藤は瞬きをして小さく照れ笑いをした。
「氷取ってきますから眠れそうなら寝ててください」
妙のその言葉を聞いた後からよく眠っていた。途中、汗で濡れていたパジャマが剥かれて華奢な手に全身を拭われて新しいパジャマに替わったり、首に冷たいものが当てられていたような気がした。熱もすっかり引いているように感じる。ぼんやりと明るい寝室の天井を見つめていた近藤は、上半身を起こしてベッド脇に突っ伏し居眠りする妙を見やった。かわいらしい寝顔だ。近藤は眠っている妙の手をそっとすくうように握った。
昨夜はこの華奢な手に手厚く看病された。優しく温かい手をじっと見つめて顔を近づける。と、もう一方の妙の手が視界の端でさっと動いた。拳骨が脳天直下だ。
「ひぐゥゥゥゥ!!」
病み上がりなのに妙は容赦がない。打たれた頭を抱えて痛みに耐える。
「何しようとした変態ゴリラぁぁぁ!?」
「すみませんんん! 昨夜ナデナデしてくれたのが嬉しかったんでそのナデナデをしてもらおうとしただけですすみませんんん!」
自分の予想がまんまと外れ、妙は顔を熱くした。両手に目一杯力を込めて拳を握りしめる。悔しさ全開だ。感謝の手の甲キスくらいしようとしてもいいだろう。本当にこの男は自分のことをちゃんとそういうふうに好きなのだろうか。
疑いと悔しさと恥ずかしさと怒りが混ぜこぜになった妙の胸中をさも知らないように近藤はそっと妙の手に自分の手を伸ばす。が、今度は利き手による鉄拳が鼻にめり込んだ。
「ぐふッ……だよね……」
「だよねじゃありませんッ!!」
と、妙は憤怒して寝室を出る。ドアを閉めた音がとても大きかった。廊下を歩く足音がこれまた大きい。下の階への迷惑が心配だ。妙が自分の部屋へ向かい、その部屋のドアを閉める音を聞くと近藤は口端を上げて笑みをこぼした。
彼女を思って逃げ道を作ったのに、あんなに怒られてしまうとは。
「……かわいいなァ……」
今どきのギャル系女子とは違った芯の強い清楚系女子。馴染みの店の新人キャバ嬢にあっさり振られたばかりの三十路手前の自分にとっては、ケツが毛だらでもそのケツ毛ごと愛すと言った彼女は女神であり菩薩である。モテない独身男にとって慈愛に満ちたその微笑みは命を救われたも同然だ。逃したくない一心でプロポーズした。前回はあっさり振られたのだから今回はしぶとく何度でも立ち上がってやると。突然のプロポーズに戸惑った彼女にやんわり断られ、それでも食い下がると鼻に右ストレートを食らわされた。自らの教訓を生かしたつもりが結局、振られてしまった。
だが、以降も彼女の務める店に幾度か訪れた。するとある晩、街で探偵業を営んでいる銀髪の男に忠告を受ける。事件の捜査中、たまに鉢合わせする腐れ縁だ。
「次にあの部屋で接待させられるのはおまえのお気に入り嬢らしいけど……。ゴリさん最近、生安課に異動した?」
「いや、俺ずっと刑事課だけど?」
「あーそう、じゃあマジでただの客なのね」
「って、生安課……?」
坂田銀時――通称、万事屋――が言った『あの部屋』が頭を過って嫌な予感がした。
「ノーパンの嬢と客が肉をしゃぶしゃぶするらしい」
「ノーパンの嬢と客が肉をしゃぶしゃぶ……?」
万事屋の胸倉掴んで卑猥な想像を駆け巡らせる。
「まァまァ、落ち着けよゴリさん。問題は性風俗許可取ってるかどうかだ」
たしなめられて万事屋から手を離した。
「俺ァてっきりゴリさんが潜入捜査してるんだと思ってたんだがなァ。こりァ見当違いだったな」
「……なんでそんなこと嗅ぎ回ってるんだ」
「姉がどこの店で働いてるか調べてくれって家族に依頼されたんだよ」
直感だった。依頼者の家族は彼女の弟で、その彼女は無許可営業店で客への性的サービスを強要されることだろう。それも近いうちに。
彼女は何故、そんな危ない店で働いているのだ。安易に考えるならば金銭問題。法に触れるような店は大抵、金払いが良い。従業員確保のためだ。美しく着飾らせて甘い汁を吸わせ、若い女性を泥沼へ引きずり込む。まったくもって悪質である。
個人的感情ですべき行動でないのはわかっていた。それでも何か事情を抱えながらも明るく振る舞う彼女を護りたかった。独自に生活安全課の動向を探り、突入捜査の時期を予想する。その頃、強引に彼女をデートに誘い続けて店から遠ざけようとするがアルバイトを掛け持ちしていた彼女に断り続けられた。こちらの事情を打ち明けることなく店を辞めろと言っても聞き入れてもらえない。やはり掛け持ちのアルバイトの中でも実入りがいいらしい。
そして手入れ時、特別室に客と女性従業員はいなかった。いたのはパー子と名乗る女装した万事屋と実質経営者である男で、男はノーパンでそのパー子と揉み合っていたとか。
店は常習的に行われていた時間外営業により営業停止処分となり、のちに閉店した。経営者らはのらりくらりと言い逃れ、営業内容と営業許可が一致していたのか今となっては謎である。当の彼女に訊ねても、あの部屋で客と肉をしゃぶしゃぶするサービスをしろと言われたことはないと返ってきた。彼女の身を案じるがために思い過しただけなのならばいいのだ。とりあえず若い女性たちが性犯罪に巻き込まれるかもしれない可能性がひとつ消えたのだから。
近藤は自宅マンションの鍵を開け、ドアノブを回した。玄関に入り下駄箱上のバナナ柄の皿に鍵を入れ、行儀よく揃えられたピンク色のパンプスの隣で黒い革靴を脱ぐ。すでに何かが焼け焦げた匂いがしている。
やはり今日も卵焼きか。今日こそはカレーライスが食べたい。
夕食のメニューを心の中でリクエストすると彼女は菩薩のような笑みを浮かべて言うのだろう。 卵は栄養があるんです。カレーライスばかり食べていたらいけませんよ――と。
「あら、近藤さん、おかえりなさい。今日は早いんですね。いつも遅いのにめずらしい」
出迎えてくれたピンク色のエプロン姿の彼女を見たら、つい気が緩む。
「ただいま、お妙さん」
「だから『お妙さん』って呼ぶのやめてくださいよ。って、何、やめて、近藤さんッ!」
近藤はふらりと正面の妙に抱きついた。寒気がして目の前の温かいものに縋る。
「ん、あったけェ……」
と、彼女の耳に頬擦りする。後ろで結わえた茶色がかった髪からいい匂いがする。
「はぁ……落ち着く……」
耳元で呟かれて妙の耳が熱くなる。というか、近藤の頬がいやに熱い。もしやと思って顔を上げようとするが背中と腰に回っている腕がびくりともしない。
「あの、近藤さん、離して……」
「いやです……」
と、腰の腕に力が入る。先ほどより密着してしまう。妙の心音が跳ねた。
こんなに接近したことは今までなかった。自分のことを好きだという割にいつも一線引いたところで見守ってくれている。それなのにこうしてこちらが言うのも聞かずにわがままを言う今日の近藤は変だ。いや、いつもの近藤もどこかしら変だけれど。
妙は首に近藤の吐息がかかって目をぎゅっと瞑った。頬が熱いと思ったら両腕も熱いように思える。やはり確かめたほうがいい。
妙は目を開いて近藤の腕の中で身じろぐ。
「待って、近藤さん。お腹空いてるでしょう?ご飯できてますからこんなところにいないで部屋行きましょう。ネクタイも緩めて、ね?」
背中の腕が緩まり、妙はネクタイを緩めてやってから近藤の顔を見上げた。顔色は悪く、真顔だ。
「……飯よりお妙さんを食べたいです……」 と、腰の腕に抱き寄せられる。真正面から口説かれ、妙の頬が熱くなった。
「な……ッ」
いつもと違う近藤の雰囲気に呑まれて言葉が出てこない。発熱によるうわ言なのに、真に受けてしまう自分もどうかしている。
「だ、ダメです……」
妙は恥ずかしさに耐えられなくなって近藤の瞳から視線を落とす。顎髭と太い首と鎖骨が近すぎる。
「だ、だって、首冷やさないとッ」
と、妙は冷蔵庫に入れようと手にしていたネギを近藤の尻へと挿し込んだ。
「お妙さんんんん?!」
驚いた近藤は妙に巻きつけていた両手を上げた。
「こ、近藤さん、熱あるでしょう? だから、そういうのはダメよッ」
更にネギを捻じ込むと近藤は妙に覆いかぶさった。
「ちょッ、お妙さんッ、これ以上は入らなッ、うあッ」
一気に全身の熱が上がった近藤は妙に寄りかかったまま気を失い、妙は動きを止めた近藤を背負って寝室へ運び込んだ。緩めていたネクタイを外して上着とシャツを脱がせる。意識のない大男の世話は一苦労だと思いながらズボンを脱がせて下着を見つめる。人道的支援とは言え、流石に下着まではと躊躇う。が、勢いのまま近藤のクローゼットで見繕った着替えの用意にはトランクスもある。覚悟の一息を入れて近藤の腰の脇に新しい下着を用意し、目を閉じたまま下着を新しいものに取り換えてやりパジャマを着せてやった。やはり着替えさせるだけで大仕事だ。一度掛けた布団を捲って脇の下へと体温計を挿し込む。汗を掻き始めたら体を拭いてやり新しいものに着替えさせ、高熱であるなら冷やしてやったほうがいいだろう。
眠っている近藤を見やって壁掛け時計で時刻を確認する。七時半過ぎだ。まずは自分の腹ごしらえだと寝室を出た。
ダイニングテーブルで目玉焼きならぬ黒い卵焼きをトッピングしたカレーライスをひとりつつく。弟が中学生の頃はよく一緒に食卓に着いていたが、高校に入学すると自分も家計を助けるのだとアルバイトを始め、一緒に食事をすることも減った。たまたま互いのアルバイトが休みとなり、久しぶりに弟と一緒に夕飯を食べようとしていたその日、住んでいたアパートに借金取りが押し入ってきた。
部屋は滅茶苦茶にされ、病気で亡くなった父についてのある事ない事を言いふらされた。娘も大学生で息子も高校生ならばそこそこ金を稼げるだろう、これ以上利子が嵩むと大変だろう、いい伝手がないのなら働ぎ口を紹介してやると。
紹介されたのはキャバクラ店だった。しかし、先の警察による家宅捜査で店は閉店せざるを得なかった。サービス内容に合った許可を取らずに営業していたらしい。店が悪かったわけだが、いい収入源を失くしてしまった。そしてそれは住む所も失くしたことと等しかった。以前、弟と住んでいたアパートは借金取りによる迷惑行為が酷く、他の住人や大家に申し訳なくなり、引き払っていた。故に弟も自分もそれぞれのアルバイト先で提供される所に居住していたのだ。大学の友達の所へ転がりこもうかと考えていたら声を掛けてくれたのが近藤だった。大江戸警察署の刑事だ。キャバクラ店に客として来店し、毎回指名してくれた。共同居住の提案はありがたかったが警戒した。いい大人の警察官が借金まみれの女子大生を本気で相手にするはずはないし、本気で言い寄ってくるならばロリコンである。いや、自分は幼い女の子ではないけれど、体格のいい三白眼の男性と女子大生が一つ屋根の下だなんて何か起こるに決まっているとやはり警戒した。言わば貞操の危機。本気で自分を相手にするはずはないと思っているのに、心のどこかで期待してしまっているのか、期待外れを食らわされて悔しがるのか残念がるのか、心の中のもうひとりの自分と支離滅裂なことを言い争ってしまうほど悩んだ。
とりあえずこんな時間だし今晩一泊だけでもうちに来なさいと警察官の顔で言われ、のこついて行ってしまった結果がこれだ。もう一日、もう一日、住むところが見つかるまでもう一日――。延びに延びて結局、居候をさせてもらっている。
誰も座らない向かいの席を眺めて溜息をつく。今日は彼の好きなカレーライスにしたのに。いくら好物でも高熱でカレーライスは食べられないだろう。
妙はカレーライスを平らげると近藤のいる寝室へ戻った。部屋の温度と湿度を確認し、エアコンを調節する。水の入った洗面器とタオル数枚をベッド脇へ置いて声を掛ける。
「近藤さん、お腹減ってます?減ってない?」
「んん……?」
声は聞こえるようだ。熱にうなされて眠れないのかもしれない。
「体、冷やしましょうか?」
と、妙は近藤の首に触れた。とても熱い。とりあえず持ってきていた洗面器の水で絞ったタオルを首に当てる。
「あ……お妙さん……?」
「はい」
返事すると近藤は目を細めた。母親が傍にいることを安心して笑顔になる子どものようだ。
「お水飲みます? スポーツドリンクにします?」
「水を少し……」
と、体を起こそうとするも思うように動けないらしく、妙は近藤の背中を支える。
「……ありがとうございます、着替え」
ペットボトルの水をグラスに注ぎ、それを近藤に手渡す。
「とっても重かったです」
と、妙はにこりと小首を傾げる。その口元はマスクで覆われていた。その笑顔は病気をうつしてくれるなと言っている。水を一口含んだ近藤はグラスを妙に返した。
「今度、破亜限堕津買ってきます」
「もちろんです」
と、笑顔で返事する声は明るい。元気な妙に近藤は安堵する。思わず笑おうとするが声が出るのと同時に咳込む。
「風邪なんですか?」
「多分……。疲れが溜まってたかな」
ははっと笑って妙に手伝ってもらいながらベッドに横たわる。
「お仕事大変だろうけど、体、大事にしてくださいね」
はいと返事した近藤は続けてへらへらと笑った。
「なんですか?」
「お妙さんが優しいなァって、嬉しくなっちまって……」
「はいはい、熱が高いんですからもう寝ましょうね」
と、妙は近藤の額を撫でる。小さな子どもにするようなそれに近藤は瞬きをして小さく照れ笑いをした。
「氷取ってきますから眠れそうなら寝ててください」
妙のその言葉を聞いた後からよく眠っていた。途中、汗で濡れていたパジャマが剥かれて華奢な手に全身を拭われて新しいパジャマに替わったり、首に冷たいものが当てられていたような気がした。熱もすっかり引いているように感じる。ぼんやりと明るい寝室の天井を見つめていた近藤は、上半身を起こしてベッド脇に突っ伏し居眠りする妙を見やった。かわいらしい寝顔だ。近藤は眠っている妙の手をそっとすくうように握った。
昨夜はこの華奢な手に手厚く看病された。優しく温かい手をじっと見つめて顔を近づける。と、もう一方の妙の手が視界の端でさっと動いた。拳骨が脳天直下だ。
「ひぐゥゥゥゥ!!」
病み上がりなのに妙は容赦がない。打たれた頭を抱えて痛みに耐える。
「何しようとした変態ゴリラぁぁぁ!?」
「すみませんんん! 昨夜ナデナデしてくれたのが嬉しかったんでそのナデナデをしてもらおうとしただけですすみませんんん!」
自分の予想がまんまと外れ、妙は顔を熱くした。両手に目一杯力を込めて拳を握りしめる。悔しさ全開だ。感謝の手の甲キスくらいしようとしてもいいだろう。本当にこの男は自分のことをちゃんとそういうふうに好きなのだろうか。
疑いと悔しさと恥ずかしさと怒りが混ぜこぜになった妙の胸中をさも知らないように近藤はそっと妙の手に自分の手を伸ばす。が、今度は利き手による鉄拳が鼻にめり込んだ。
「ぐふッ……だよね……」
「だよねじゃありませんッ!!」
と、妙は憤怒して寝室を出る。ドアを閉めた音がとても大きかった。廊下を歩く足音がこれまた大きい。下の階への迷惑が心配だ。妙が自分の部屋へ向かい、その部屋のドアを閉める音を聞くと近藤は口端を上げて笑みをこぼした。
彼女を思って逃げ道を作ったのに、あんなに怒られてしまうとは。
「……かわいいなァ……」
KとJD
Text by mimiko.
2016/09/12