2015年志村妙生誕記念とハロウィンを兼ねた近妙です。ファンタジーなパラレルです。1の続きでまた続きます。
カボチャの魔法使い2
オタエ・シムーラ、十九歳。五日後には二十歳になる。タイムリミットは五日後の二十二時三十一分。
――あなたが楽しそうだと俺も楽しいですから――
「私もです」
昨夜のカボチャ男が言っていたことに返事する。唐突に同意された男は不思議そうにオタエを見た。男は昨夜と同じようにハロウィンランタンのカボチャを頭に被り、黒のスーツ姿だ。オタエは結わえた髪と白いワンピースの裾、羽織る白いボレロの胸元のリボンを揺らした。
「なんでもありません。ひとりごとです」
と、微笑んだ。
実際、楽しかった。今日、二つ目になる町の豊穣の鍋を食べ終え、器を返しに行くと炊き出し担当の者に感謝された。昨晩と同様、今日、先に行った町でも今いる町でも、対立する魔族の足の引っ張り合いがあったのだ。大きな鍋をひっくり返されるのを防ぎ、妙な難癖で喧嘩をけしかけるのを宥めたりと、カボチャ男の機転が利いて大事には至らなかった。落し物、迷子、痴話喧嘩などを解決に導くなど、ただ町を歩いていただけなのに人の好さが滲み出ていた。そして、女性をさりげなく護る。素直に素敵な人なのだと思った。
器を返却してオタエの町へ帰ろうと、人気のない路地裏に入った。
「オタエさん、背中のってください」
男は気さくに笑って背を向けてしゃがむが、オタエはカボチャ男の正面に回った。黒のパンプスを見たカボチャ男は顔を上げる。
「どうしました?忘れ物ですか」
俯くオタエの表情は髪に隠れていたために男は、じっと見つめた。オタエはカボチャ男に一歩近づく。背を屈めて大きなカボチャを支えて引き上げる。覆面を奪われてしまうと男は慌てた。
「あ、ちょっ」
被っていたカボチャを盗られ、男は咄嗟にカボチャを両手で挟んだ。しかし、オタエに軽々と奪われてしまう。
「カボチャ返してくださいよ、オタエさん」
思っていた以上に重かったカボチャを傍らに置き、再び男の正面に立つ。姿勢を正して目を閉じた。
「あなたのことを、もっと教えてください……」
言ってから恥ずかしくなったオタエは顔を熱くする。緊張のあまり、眉間には皺が寄った。
「ダメですよ、オタエさん。そんなこと言って俺を試してるんでしょう?ズルいですよ」
男はしゃがんだままオタエの左手を取った。小さく驚いたオタエは目を開く。片膝を突いた男の顔へと左手を持っていかれ、そのまま手の甲に口づけられた。温かく柔らかい唇の感触が左手に残る。何故、こんな口づけをしたのだろうと考えながら視線を泳がせた先には男の白目勝ちの瞳があった。視線が合ったオタエの鼓動は跳ねる。
「美しいあなたと出会えて、私は幸せです。だが、もう夜は更けている。私の中の狼が目覚める前にお送りします、姫」
と、気取った台詞の後に笑顔を向けられた。どこの国の王子と姫なのだろう。可笑しくなってオタエは笑みをこぼした。王子の申し出にオタエは素直に送られ、送り狼の「それじゃ、また」と気さくな挨拶で別れた。誰もいない自宅に入ったオタエは玄関の鍵をかけてドアに背をもたれさせた。男が口づけた左手の甲を眺める。
あの男は本当に自分のことが好きなのだろうか。昨日は出会って間もないのに生まれ持っている魔力で無意識に誘惑した。今日はただの友人のように一緒に食べ歩き、こちらが勇気を出したというのにはぐらかされた。その素顔を見たのはほんの少しの時間だが、少年という程は若くなく、立派な青年だった。歳はいくつなのだろう。彼のことはジャックと呼んでいるが、本当の名はなんというのだろう。魔族王家のどの人物を警護する親衛隊に所属しているのだろう。あの男について知っていることと言えば、オオカミ血族とゴリラ血族の混血であることしか知らない。魔族にとってそれが最大の秘密であるとしても、知らないことが多すぎる。なのに、彼について興味を持ってしまっている。好きになってはいけない人だとわかっているのにだ。
オタエは眺めていた左手の甲に自分の唇を押し当てた。脳裏には彼がそこに唇を押し当てているのをよみがえらせて。
――あなたが楽しそうだと俺も楽しいですから――
「私もです」
昨夜のカボチャ男が言っていたことに返事する。唐突に同意された男は不思議そうにオタエを見た。男は昨夜と同じようにハロウィンランタンのカボチャを頭に被り、黒のスーツ姿だ。オタエは結わえた髪と白いワンピースの裾、羽織る白いボレロの胸元のリボンを揺らした。
「なんでもありません。ひとりごとです」
と、微笑んだ。
実際、楽しかった。今日、二つ目になる町の豊穣の鍋を食べ終え、器を返しに行くと炊き出し担当の者に感謝された。昨晩と同様、今日、先に行った町でも今いる町でも、対立する魔族の足の引っ張り合いがあったのだ。大きな鍋をひっくり返されるのを防ぎ、妙な難癖で喧嘩をけしかけるのを宥めたりと、カボチャ男の機転が利いて大事には至らなかった。落し物、迷子、痴話喧嘩などを解決に導くなど、ただ町を歩いていただけなのに人の好さが滲み出ていた。そして、女性をさりげなく護る。素直に素敵な人なのだと思った。
器を返却してオタエの町へ帰ろうと、人気のない路地裏に入った。
「オタエさん、背中のってください」
男は気さくに笑って背を向けてしゃがむが、オタエはカボチャ男の正面に回った。黒のパンプスを見たカボチャ男は顔を上げる。
「どうしました?忘れ物ですか」
俯くオタエの表情は髪に隠れていたために男は、じっと見つめた。オタエはカボチャ男に一歩近づく。背を屈めて大きなカボチャを支えて引き上げる。覆面を奪われてしまうと男は慌てた。
「あ、ちょっ」
被っていたカボチャを盗られ、男は咄嗟にカボチャを両手で挟んだ。しかし、オタエに軽々と奪われてしまう。
「カボチャ返してくださいよ、オタエさん」
思っていた以上に重かったカボチャを傍らに置き、再び男の正面に立つ。姿勢を正して目を閉じた。
「あなたのことを、もっと教えてください……」
言ってから恥ずかしくなったオタエは顔を熱くする。緊張のあまり、眉間には皺が寄った。
「ダメですよ、オタエさん。そんなこと言って俺を試してるんでしょう?ズルいですよ」
男はしゃがんだままオタエの左手を取った。小さく驚いたオタエは目を開く。片膝を突いた男の顔へと左手を持っていかれ、そのまま手の甲に口づけられた。温かく柔らかい唇の感触が左手に残る。何故、こんな口づけをしたのだろうと考えながら視線を泳がせた先には男の白目勝ちの瞳があった。視線が合ったオタエの鼓動は跳ねる。
「美しいあなたと出会えて、私は幸せです。だが、もう夜は更けている。私の中の狼が目覚める前にお送りします、姫」
と、気取った台詞の後に笑顔を向けられた。どこの国の王子と姫なのだろう。可笑しくなってオタエは笑みをこぼした。王子の申し出にオタエは素直に送られ、送り狼の「それじゃ、また」と気さくな挨拶で別れた。誰もいない自宅に入ったオタエは玄関の鍵をかけてドアに背をもたれさせた。男が口づけた左手の甲を眺める。
あの男は本当に自分のことが好きなのだろうか。昨日は出会って間もないのに生まれ持っている魔力で無意識に誘惑した。今日はただの友人のように一緒に食べ歩き、こちらが勇気を出したというのにはぐらかされた。その素顔を見たのはほんの少しの時間だが、少年という程は若くなく、立派な青年だった。歳はいくつなのだろう。彼のことはジャックと呼んでいるが、本当の名はなんというのだろう。魔族王家のどの人物を警護する親衛隊に所属しているのだろう。あの男について知っていることと言えば、オオカミ血族とゴリラ血族の混血であることしか知らない。魔族にとってそれが最大の秘密であるとしても、知らないことが多すぎる。なのに、彼について興味を持ってしまっている。好きになってはいけない人だとわかっているのにだ。
オタエは眺めていた左手の甲に自分の唇を押し当てた。脳裏には彼がそこに唇を押し当てているのをよみがえらせて。
カボチャの魔法使い2
Text by mimiko.
2015/10/26