2015年志村妙生誕記念とハロウィンを兼ねた近妙です。ファンタジーなパラレルです。3の続きでまた続きます。
カボチャの魔法使い4(1)
オタエ・シムーラ、十九歳。三日後には二十歳になる。タイムリミットは三日後の二十二時三十一分。
今日は彼と約束をしている。ハロウィン初日に出かけた町とは反対方面の町を回る予定だ。昨日は会うこともできないのだろうと思っていたが、彼を見かけた。約束がなくても彼は会いに来てくれたのだ。嬉しかった。
彼を庇うつもりでついた嘘をつきとおせず、彼を知る人に忠告を受けた。それも昨日のことだった。彼に初めて会ったのも三日前のことだったが、もう随分前の出来事のように思える。
日々、同じような出来事を繰り返していた。なのに、ハロウィンが始まった途端、日常が変わった。非日常である祝祭期間だからかもしれない。だとすれば、ハロウィンが終われば元の日常に戻るのだろう。そして、祭が終われば魔族である自分も終わる。
人間になることの怖さはなかった。魔族であることの実感がいまだにないからかもしれない。カボチャの彼のように、意識して魔力を使おうとしたことがないのだ。きっと誕生時刻を過ぎても目立った変化はないだろう。
「こんにちは、オタエさん!」
明るい男の声が聞こえた。自宅のリビングにいたオタエの窓越しにカボチャ男が黒のスーツ姿で手を振っている。
「初めまして、ジャックさん。弟のシンパチーノです。そんなところにいないでどうぞ上がって行ってください。募る話もありますし」
と、オタエの後方にいたシンパチーノは笑顔であるはずの眉をかすかに引き攣らせていた。
招かれたカボチャ男は肩身狭そうに体を縮こまらせ、ソファに腰掛けている。向かい合って座るシンパチーノは姉が紅茶と茶菓子を運んでくるのを待ちながら、正面の男を笑顔で見定める。
身内の誘いで呼ばれているのに室内でもハロウィンランタンを被ったままの男だ。きっとろくな男ではない。素顔を晒せない後ろめたいことがあるのだ。すでに姉といい関係になっているとでもいうのか。考えたくはないがあれこれ想像してしまう。
シンパチーノはカボチャのくり抜かれている目元をじっと見つめた。視線が合った男は何か言いたげだったが、ちょうどオタエがやってきた。紅茶とアップルパイをテーブルへと置く。オタエに勧められたカボチャ男は焦げた林檎煮が挟まれているパイを食べた。その斬新な味に驚きながらも食べ終え、器用に紅茶を飲む。
カボチャを被ったままでよく飲食できるものだと感心していたシンパチーノだったが我に返って切り出した。
「実の弟に素顔も晒せないような男に姉はやれません。姉と別れてください」
オタエとカボチャ男は目を丸くした。
「いやぁね、シンちゃん。ジャックさんはそんなんじゃないのよ」
「そうだよ、シンパチーノくん。まだそんな感じにはなってないから安心してくれ」
「まだ?まだってどういうことですか。これからそんな感じになるってことですかコノヤロー!!」
シンパチーノは目に涙を溜めながら叫んだ。
「だいたい『ジャック』ってなんだよ、なんで偽名なんだよ!ハロウィン限定の彼女探しにきたんなら他当たってください!そんなチャラついた気持ちで姉に近寄らないでください!姉はっ……!!」
シンパチーノは悔し涙しながらも言葉を飲み込んだ。
ハロウィン最終日が誕生日である姉の生まれた時刻は、二十二時三十一分。それを過ぎれば両親が遺した魔力は完全に消え失せ、ただの人――人間として生きることになる。姉が自分で決めたことならば、その道を行く姉を応援する。けれど、迷う時間も悩む時間も充分ないままにその時を迎えることだけは許せなかった。
姉が本当にこの偽名ジャックを好きで、偽名ジャックに添い遂げようと決めたのならば、トシーニョに言われるまでもなく姉を応援する。しかし、仮に偽名ジャックが魔族だったとして、考える時間もなく急いで契りを交わしてしまうのはよくないことだ。姉に、後悔するようなことはしてほしくない。だいたい契りを交わせるほどに深い仲なのかわからないのだ。自分が余計なことを言うべきではない。
「大丈夫、ちゃんとジャックさんと話すから。シンちゃん、ありがとう」
「でも、姉上、どこで何してる人かちゃんと知ってるんですか?本当の名前は?」
「君は姉上のことをとても大事に思っているんだな」
と、偽名ジャックはカボチャを脱いでそれをソファに置いた。
「まだ本名は明かせない。すまない」
と、頭を下げる。
拍子抜けだ。若すぎず老けすぎず男らしい好漢だった。美形好きの姉だけに、どんなイケメンが現れるのかと思いきや、まるでゴリラだ。姉の初恋の男も美形かと聞かれれば首を傾げたくなったが、それと同じタイプだ。弟の勘が言っている。きっと姉はこの男に魅かれている。それも内面にだ。そうなると自分が何を言おうと、姉は男について行くだろう。
シンパチーノはひと息をついた。
「まだって、これから明かすつもりがあるんですか?」
「もちろんだ」
「遊びじゃないってことですか?」
「ああ、それはない。彼女は俺のすべてを、ケツ毛までをも愛してくれた。そんな素晴らしい女性にいだだだだッ!ちょッ、オタエさん痛いですよッ!」
「誤解を招くようなことを言うのはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか」
と、オタエは微笑みながら男の耳を引っ張りあげる。シンパチーノは瞬きをひとつした。出会って間もないはずなのに、まるで夫婦漫才だ。すでにそんなにも心を通わせているのか。
姉に一番、近いのは弟の自分だと思っていた。だが、それももう変わってきているのだと感じる。寂しくはあるがいい傾向だ。とはいえ、寂しいことに変わりない。
シンパチーノはカボチャを再び被ろうとする男を睨んだ。男の顔が急に青ざめる。自分にはそんな能力があったのだろうかと驚いて目を丸くした。男は苦しそうに胸元のシャツとネクタイを掴み、テーブルに突っ伏した。行き場を失くしたハロウィンランタンは、ごろんと床に転がる。
「ジャックさんッ、どうしたんですかッ?!」
と、オタエは変な姿勢でうずくまってしまった男の肩を揺する。シンパチーノは、はっとした。姉お手製のアップルパイを食べていたことを心の底から気の毒に思う。
姉は料理と称して暗黒物質を生成する。豊穣の鍋の炊き出し当番の時のように、誰かと一緒に料理する場合には生成することはない。が、ひとりきりで料理するとなると必ず暗黒物質が生成される。
シンパチーノは、テーブルの皿の一人分欠けたアップルパイを眺めた。今日出されたアップルパイは途中まで自分も一緒に作っていた。見かけは美味しそうに焼けているが、林檎煮は姉がひとりで煮ていた。中身が見事に黒い。食べきった男はきっと記憶障害でも起こしていることだろう。男の身を案じるオタエの呼びかけに応じて男は顔を上げた。
「君ハ誰ダ?」
片言である。
「僕モ誰ダ?」
「まあ、どうしましょう。頭の打ち所が悪かったのね……」
と、オタエは心配するが、シンパチーノは姉の頭も心配になっていた。
何かないかと見回す姉と一緒になって何かないかと見回す男。似た者夫婦ですかコノヤローと心の中で突っ込んだシンパチーノは、男の視線がバナナで止まっていることに気づく。
「姉上、バナナです!」
失った記憶がバナナを気にしているというのか。男はゴリラ血族なのか。見た目も血もゴリラだというのか。シンパチーノは手にしたバナナを男へ向かって投げた。少し外して投げてみたが難なく掴む。バナナを剥いて食べると目の色が変わった。
「この味は……!!」
何かの衝撃が走ったらしい。
「姉上、バナナをもっとです!」
「わかったわ!」
と、オタエは何本も剥いたバナナを男の口へと押し込んだ。咀嚼できなくなった男は呼吸までできなくなり、白目をむいて仰向けに倒れる。
「姉上、いくらなんでもいっきに押し込みすぎですよ」
「だって、シンちゃんがもっとって言うから……」
オタエが困ったように言うと男の目に黒目が戻った。口をもがもがと動かす。何とかバナナを食べきりると、むくりと起き上った。
「これはこれは、美味いバナナをたくさんご馳走になりました」
何事もなかったかのように普通に話し出す。見かけ通りに頑丈な体らしい。
「じゃあ、行きましょうか」
と、男はオタエに笑顔を向けた。笑顔で返事するオタエはシンパチーノを見る。
「それじゃあ、シンちゃん。豊穣の鍋の食べ歩き、行ってくるわね」
「食べ歩き?」
どの町でも同じ時間帯に鍋は炊き出される。町から町へ行くには大抵、馬車を利用する。距離があるのだ。同日中に食べ歩きなど気軽にできるものではない。
「ジャックさんに連れて行ってもらうの」
「シンパチーノくんも一緒に行くか?」
と、男はカボチャを被った。左腕でオタエを横に抱き上げ、シンパチーノに背を向けた。きょとんとするシンパチーノを浮かせて右腕で彼を背負う。
この歳になってまで誰かに背負われることになろうとは思ってもいなかったシンパチーノは、顔を熱くして男の肩を両手で押した。
「お、下ろしてくださいッ!僕は行きませんからッ!」
言われて男はシンパチーノとオタエを下ろした。
「みんなで行けば更に楽しいと思ったんだが……」
と、肩を落とす。カボチャを被っているのに、その表情の想像がつく。父に似ていると感じた。幼い頃の姉と自分を遊びに誘って断られた時のとても残念そうな父の表情と重なる。
「……僕は遠慮します。ふたりで楽しんできてください」
男に勝てる気がしない。汗ひとつ掻かずに人を浮かせることが可能なのだ。そして、自分を背負って姉を抱えられる。更に長距離を移動できるというのだから、その辺の魔族とは桁違いに優れている。
「そうか。んじゃ、オタエさん、行きましょうか」
「はい」
と、笑顔で返事した姉はシンパチーノの目を真っ直ぐに見て頷いた。
きっと姉は先ほど言ったように男と向き合うのだろう。庭先でカボチャ男に背負われる姉をシンパチーノは見送る。
カボチャ男に姉を奪われた寂しさから、ふたりの仲が拗れて駄目になればいいと思っていたシンパチーノだったが、久しぶりに味わえた楽しい時間と、姉の笑顔が今後も続いて行けばいいと思い直した。
今日は彼と約束をしている。ハロウィン初日に出かけた町とは反対方面の町を回る予定だ。昨日は会うこともできないのだろうと思っていたが、彼を見かけた。約束がなくても彼は会いに来てくれたのだ。嬉しかった。
彼を庇うつもりでついた嘘をつきとおせず、彼を知る人に忠告を受けた。それも昨日のことだった。彼に初めて会ったのも三日前のことだったが、もう随分前の出来事のように思える。
日々、同じような出来事を繰り返していた。なのに、ハロウィンが始まった途端、日常が変わった。非日常である祝祭期間だからかもしれない。だとすれば、ハロウィンが終われば元の日常に戻るのだろう。そして、祭が終われば魔族である自分も終わる。
人間になることの怖さはなかった。魔族であることの実感がいまだにないからかもしれない。カボチャの彼のように、意識して魔力を使おうとしたことがないのだ。きっと誕生時刻を過ぎても目立った変化はないだろう。
「こんにちは、オタエさん!」
明るい男の声が聞こえた。自宅のリビングにいたオタエの窓越しにカボチャ男が黒のスーツ姿で手を振っている。
「初めまして、ジャックさん。弟のシンパチーノです。そんなところにいないでどうぞ上がって行ってください。募る話もありますし」
と、オタエの後方にいたシンパチーノは笑顔であるはずの眉をかすかに引き攣らせていた。
招かれたカボチャ男は肩身狭そうに体を縮こまらせ、ソファに腰掛けている。向かい合って座るシンパチーノは姉が紅茶と茶菓子を運んでくるのを待ちながら、正面の男を笑顔で見定める。
身内の誘いで呼ばれているのに室内でもハロウィンランタンを被ったままの男だ。きっとろくな男ではない。素顔を晒せない後ろめたいことがあるのだ。すでに姉といい関係になっているとでもいうのか。考えたくはないがあれこれ想像してしまう。
シンパチーノはカボチャのくり抜かれている目元をじっと見つめた。視線が合った男は何か言いたげだったが、ちょうどオタエがやってきた。紅茶とアップルパイをテーブルへと置く。オタエに勧められたカボチャ男は焦げた林檎煮が挟まれているパイを食べた。その斬新な味に驚きながらも食べ終え、器用に紅茶を飲む。
カボチャを被ったままでよく飲食できるものだと感心していたシンパチーノだったが我に返って切り出した。
「実の弟に素顔も晒せないような男に姉はやれません。姉と別れてください」
オタエとカボチャ男は目を丸くした。
「いやぁね、シンちゃん。ジャックさんはそんなんじゃないのよ」
「そうだよ、シンパチーノくん。まだそんな感じにはなってないから安心してくれ」
「まだ?まだってどういうことですか。これからそんな感じになるってことですかコノヤロー!!」
シンパチーノは目に涙を溜めながら叫んだ。
「だいたい『ジャック』ってなんだよ、なんで偽名なんだよ!ハロウィン限定の彼女探しにきたんなら他当たってください!そんなチャラついた気持ちで姉に近寄らないでください!姉はっ……!!」
シンパチーノは悔し涙しながらも言葉を飲み込んだ。
ハロウィン最終日が誕生日である姉の生まれた時刻は、二十二時三十一分。それを過ぎれば両親が遺した魔力は完全に消え失せ、ただの人――人間として生きることになる。姉が自分で決めたことならば、その道を行く姉を応援する。けれど、迷う時間も悩む時間も充分ないままにその時を迎えることだけは許せなかった。
姉が本当にこの偽名ジャックを好きで、偽名ジャックに添い遂げようと決めたのならば、トシーニョに言われるまでもなく姉を応援する。しかし、仮に偽名ジャックが魔族だったとして、考える時間もなく急いで契りを交わしてしまうのはよくないことだ。姉に、後悔するようなことはしてほしくない。だいたい契りを交わせるほどに深い仲なのかわからないのだ。自分が余計なことを言うべきではない。
「大丈夫、ちゃんとジャックさんと話すから。シンちゃん、ありがとう」
「でも、姉上、どこで何してる人かちゃんと知ってるんですか?本当の名前は?」
「君は姉上のことをとても大事に思っているんだな」
と、偽名ジャックはカボチャを脱いでそれをソファに置いた。
「まだ本名は明かせない。すまない」
と、頭を下げる。
拍子抜けだ。若すぎず老けすぎず男らしい好漢だった。美形好きの姉だけに、どんなイケメンが現れるのかと思いきや、まるでゴリラだ。姉の初恋の男も美形かと聞かれれば首を傾げたくなったが、それと同じタイプだ。弟の勘が言っている。きっと姉はこの男に魅かれている。それも内面にだ。そうなると自分が何を言おうと、姉は男について行くだろう。
シンパチーノはひと息をついた。
「まだって、これから明かすつもりがあるんですか?」
「もちろんだ」
「遊びじゃないってことですか?」
「ああ、それはない。彼女は俺のすべてを、ケツ毛までをも愛してくれた。そんな素晴らしい女性にいだだだだッ!ちょッ、オタエさん痛いですよッ!」
「誤解を招くようなことを言うのはやめてくださいって何度も言ってるじゃないですか」
と、オタエは微笑みながら男の耳を引っ張りあげる。シンパチーノは瞬きをひとつした。出会って間もないはずなのに、まるで夫婦漫才だ。すでにそんなにも心を通わせているのか。
姉に一番、近いのは弟の自分だと思っていた。だが、それももう変わってきているのだと感じる。寂しくはあるがいい傾向だ。とはいえ、寂しいことに変わりない。
シンパチーノはカボチャを再び被ろうとする男を睨んだ。男の顔が急に青ざめる。自分にはそんな能力があったのだろうかと驚いて目を丸くした。男は苦しそうに胸元のシャツとネクタイを掴み、テーブルに突っ伏した。行き場を失くしたハロウィンランタンは、ごろんと床に転がる。
「ジャックさんッ、どうしたんですかッ?!」
と、オタエは変な姿勢でうずくまってしまった男の肩を揺する。シンパチーノは、はっとした。姉お手製のアップルパイを食べていたことを心の底から気の毒に思う。
姉は料理と称して暗黒物質を生成する。豊穣の鍋の炊き出し当番の時のように、誰かと一緒に料理する場合には生成することはない。が、ひとりきりで料理するとなると必ず暗黒物質が生成される。
シンパチーノは、テーブルの皿の一人分欠けたアップルパイを眺めた。今日出されたアップルパイは途中まで自分も一緒に作っていた。見かけは美味しそうに焼けているが、林檎煮は姉がひとりで煮ていた。中身が見事に黒い。食べきった男はきっと記憶障害でも起こしていることだろう。男の身を案じるオタエの呼びかけに応じて男は顔を上げた。
「君ハ誰ダ?」
片言である。
「僕モ誰ダ?」
「まあ、どうしましょう。頭の打ち所が悪かったのね……」
と、オタエは心配するが、シンパチーノは姉の頭も心配になっていた。
何かないかと見回す姉と一緒になって何かないかと見回す男。似た者夫婦ですかコノヤローと心の中で突っ込んだシンパチーノは、男の視線がバナナで止まっていることに気づく。
「姉上、バナナです!」
失った記憶がバナナを気にしているというのか。男はゴリラ血族なのか。見た目も血もゴリラだというのか。シンパチーノは手にしたバナナを男へ向かって投げた。少し外して投げてみたが難なく掴む。バナナを剥いて食べると目の色が変わった。
「この味は……!!」
何かの衝撃が走ったらしい。
「姉上、バナナをもっとです!」
「わかったわ!」
と、オタエは何本も剥いたバナナを男の口へと押し込んだ。咀嚼できなくなった男は呼吸までできなくなり、白目をむいて仰向けに倒れる。
「姉上、いくらなんでもいっきに押し込みすぎですよ」
「だって、シンちゃんがもっとって言うから……」
オタエが困ったように言うと男の目に黒目が戻った。口をもがもがと動かす。何とかバナナを食べきりると、むくりと起き上った。
「これはこれは、美味いバナナをたくさんご馳走になりました」
何事もなかったかのように普通に話し出す。見かけ通りに頑丈な体らしい。
「じゃあ、行きましょうか」
と、男はオタエに笑顔を向けた。笑顔で返事するオタエはシンパチーノを見る。
「それじゃあ、シンちゃん。豊穣の鍋の食べ歩き、行ってくるわね」
「食べ歩き?」
どの町でも同じ時間帯に鍋は炊き出される。町から町へ行くには大抵、馬車を利用する。距離があるのだ。同日中に食べ歩きなど気軽にできるものではない。
「ジャックさんに連れて行ってもらうの」
「シンパチーノくんも一緒に行くか?」
と、男はカボチャを被った。左腕でオタエを横に抱き上げ、シンパチーノに背を向けた。きょとんとするシンパチーノを浮かせて右腕で彼を背負う。
この歳になってまで誰かに背負われることになろうとは思ってもいなかったシンパチーノは、顔を熱くして男の肩を両手で押した。
「お、下ろしてくださいッ!僕は行きませんからッ!」
言われて男はシンパチーノとオタエを下ろした。
「みんなで行けば更に楽しいと思ったんだが……」
と、肩を落とす。カボチャを被っているのに、その表情の想像がつく。父に似ていると感じた。幼い頃の姉と自分を遊びに誘って断られた時のとても残念そうな父の表情と重なる。
「……僕は遠慮します。ふたりで楽しんできてください」
男に勝てる気がしない。汗ひとつ掻かずに人を浮かせることが可能なのだ。そして、自分を背負って姉を抱えられる。更に長距離を移動できるというのだから、その辺の魔族とは桁違いに優れている。
「そうか。んじゃ、オタエさん、行きましょうか」
「はい」
と、笑顔で返事した姉はシンパチーノの目を真っ直ぐに見て頷いた。
きっと姉は先ほど言ったように男と向き合うのだろう。庭先でカボチャ男に背負われる姉をシンパチーノは見送る。
カボチャ男に姉を奪われた寂しさから、ふたりの仲が拗れて駄目になればいいと思っていたシンパチーノだったが、久しぶりに味わえた楽しい時間と、姉の笑顔が今後も続いて行けばいいと思い直した。
カボチャの魔法使い4(1)
Text by mimiko.
2015/10/28