2015年志村妙生誕記念とハロウィンを兼ねた近妙です。ファンタジーなパラレルです。4(3)の続きでまた続きます。

カボチャの魔法使い5

 オタエ・シムーラ、十九歳。二日後には二十歳になる。タイムリミットは二日後の二十二時三十一分。

 好きな人に好きだと伝える。それなりに勇気が必要だ。しかし、好きだと伝えるだけでは不充分だった。
 一度目の恋は年上の幼馴染、二度目の恋は年上の権力者。近所のお兄さんから魔王様まで一気にハードルが上がった。
 恋は障害が多いほど燃えるなどと聞くけれど、障害物だらけでゴールが見えない。そもそも、本人から最大級の障害物を設置された。
 愛とはなんだろう。好きという気持ちの延長にあるのが愛というものなのだろうか。
 どの道、自分には足りなかったのだ。だから、振られた。キューベエには背中を押してもらったというのに、次に彼女と再会する時はなんと言えばいいのだろう。
 オタエは、勤め先の『カフェすまいる』で給仕中、他の従業員が厨房へ向かって注文を通すのをぼんやりと眺めていた。この後は、勤務を終えて弟と一緒に昼食を摂り、豊穣の鍋の炊き出し当番だ。
「……タエ、ちょっとオタエ、聞いてる?さっきから呼んでるんだけど」
と、同僚のオリョウの声がして視界のピントを合わせた。我に返ってオリョウを見る。
「え、何かしら」
「何かしらじゃないわよ。急なお願いを聞いてあげたんだから豊穣の鍋食べ歩きデートどうだったのか教えなさいって言ってるの」
 オリョウの言う急なお願いというのは勤務日交代のことだ。ハロウィンは伝統のある行事であるため、炊き出し当番に当たった者は勤務日を考慮される。が、当たっていなければ、繁盛期ということで大抵、駆り出される。
 駄目で元々でお願いしてみれば快諾してくれたオリョウだった。義理を通すためにも結果を聞かせたい。が、悪い結果だったのだから暗い話になってしまう。オタエは意識しながら明るく振る舞った。
「楽しかったわよ。昔の友達とも再会できたし」
「じゃあ、よかったわね。あんたって他の子に比べてシフト代わって~とかあんまり言わないからさ。人並みに恋してるのかしらなんて心配してたのよ」
 オリョウの気遣いが素直に嬉しく、オタエはにこりと笑った。
「で、次の約束は?」
と、悪気なく訊ねられ、ぎくりとする。しかし、嘘をついても仕方がない。
「約束はないの。別れたから」
「……え?」
「だから、ないの、約束。昨日っていうか、日付変ってたから今日のことだけど、今生のお別れホヤホヤだから」
 あっけらかんと言っているが、オリョウがオタエの顔をよく見れば彼女の目は腫れているのが確認できた。
「は?嘘でしょ?!楽しかったって言ったじゃない。何よソレ」
「ごめんなさいね、オリョウちゃん。折角、シフト交代してくれたのに」
「そんなのは、いいけど……。あんた、ホントにそれでいいの?」
「どうして?」
「どうしてって、あんなに楽しそうだったじゃない」
「え?」
「ハロウィン初日に見かけたのよ。カボチャ被った男といるところ。すごく楽しそうだった。だから、代わってあげたの。うまくいけば、あんたもいよいよ弟離れできるんじゃないかしらって」
「ありがとう、オリョウちゃん。でも、もういいの。私には勿体ない人だったから」
と、言ったオタエは諦めたように笑った。弟のことや金銭関係については熱心なのに、自分のこととなると無頓着。本人がそれでいいと言うのならばそれまでだが、まだまだ若いこれからの娘が本当にそれでいいのだろうか。オリョウが溜息をつくと、隣にいるはずのオタエの顔が見知ったおっさん顔に変化した。
「あっ、店長……!」
 オリョウとオタエの声が合わさった。
「『あっ、店長……!』じゃないよ、オリョウちゃん、オタエちゃん。困るよォ、君たちさァ、私語に夢中でさァ。勤務時間はもう終わりね、オタエちゃん。オリョウちゃんは昼休憩入ってね、後つかえてくるからチャチャッと頼むよ」
 店長に緩やかな嫌味を交えられ、オタエとオリョウは、すみませんと頭を下げる。ふたりが頭を上げると、両腕を組んでいた店長のへの字口が一の字になり、眉が下がって鼻から溜息が出た。いつもの許してくれた顔だ。オタエとオリョウが気を緩めてにこりと微笑むと、店長は店の出入り口を見て言った。
「あとね、お客さん。ポニーテールの子ってオタエちゃんのことかな」
 そこにいたのは、ソウ・オキータだった。

 店の勝手口に面した路地裏にオタエとソウはいた。
「あの人、あんたと別れてから、すっかり元気をなくしちまってね。鬱陶しくて面倒くさいから、どうにかしてもらおうと思って来ました」
 つい数時間前のことなのに、去ったのはあちらのほうだというのに、勝手な話だ。
「私には、どうすることもできません」
「そうかなァ。あんた、自分の気持ちにはとっととケリつけたんでしょ。ていうか、そもそも、あの人のことを利用するだけ利用して捨てるなんて、ひどい話じゃないですか」
 なんだろう。話が見えない。オタエは瞬きを繰り返した。改めてソウの目を見てみるが、嘘をついているようには見えなかった。
「あの、何か誤解されているようなんですが……。私のほうが悪者みたいな感じだったりします?」
「……ん?違うんですか?」
「ええ、違います。こちらのほうが被害を受けてますから」
「え、そうなの?」
「はい。オオカミ血族の発情を刺激しても相手にされず、魔王妃になるにはもっと精進しろと言われました、二回目のデートで。しかも、出会ってからまだ三日しか経ってない時点で。私には難題過ぎてお手上げです。振られたのは私のほうなんです。だから、あの方の元気がないのは、別の理由なんじゃないですか」
 一瞬、見た彼の寂しげな笑顔が目に焼きついているままだ。しかし、あんなにきっぱり、できないと言い放ったのだから、ソウの言ったようなことがあるはずない。
 しばらく黙っていたソウだったが、オタエの目を見て言った。
「いいことを教えてあげますよ。あの人はね、そんなに親切な野郎じゃありませんよ。俺も一目置くくらいの天然ドSです。そしてバカです。あの人が難しい問題を出せるとは、まったく思いません。てか、すでに答えは出てるんじゃないですか?」
と、ソウはオタエに背を向けた。
「また明日来ます。明日の予定、空けといてください」
「え……?」
 言ったことを飲み込めていないオタエに振り返る。
「あと、その目、今夜のうちに腫れを治しといてください」
「え……?」
「じゃ」
 短く挨拶をするとソウは地面を蹴って高い建物の上空を駆けていった。
カボチャの魔法使い5
Text by mimiko.
2015/11/11

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