2015年志村妙生誕記念とハロウィンを兼ねた近妙です。ファンタジーなパラレルです。5の続きでまた続きます。

カボチャの魔法使い6

 オタエ・シムーラ、十九歳。明日には二十歳になる。タイムリミットは明日の二十二時三十一分。

 予定を空けておけと去ったソウは、まだ姿を現さない。もう夕刻である。リビングの壁掛け時計を見やってオタエが溜息をつくと、庭から物音がした。窓の外を見るとハロウィンランタンを被った黒いスーツ姿の男がいた。しかし、彼ではない。彼より身長が低いのだ。
 カボチャの男は、窓ガラスをノックした。
「開けてくださーい。オキータでーす」
と、四角い箱を小脇に抱えていた。
 オタエが家に招き入れるとソウはカボチャを脱いで一息ついた。
「これ、あの人からの贈り物です」
と、抱えていた箱をオタエに差し出した。受け取ったオタエはセンターテーブルに箱を置いて蓋を開ける。靴だ。オタエはそれを取り出した。ピンク色のクリスタルガラスが散りばめられたハイヒール。その美しさにオタエが目を奪われていると、ソウはスーツの内ポケットからもうひとつ箱を取り出して靴の箱の横にそれを置いた。
「あと、それもです」
 靴を箱に戻して置かれた小さな箱を開ける。
「わぁ、きれい……」
 薔薇を模したクリスタルガラスの首飾りだ。靴と同じピンク色に輝いている。
「ネックレスは、あの人の魔力入りです。デザイン重視の水晶なんでガラスが混じってる分、入ってる魔力量は大したことないですがね。時限つきになるでしょうが、服の変化くらいならできるはずです」
「あの、これはどういう……」
 オタエは不思議そうにソウを見上げた。
「やっぱ、なんも言ってなかったのか……」
 呟き、やれやれと溜息をつくソウはネックレスを手に取り、オタエの首にそれをつけた。
「今夜、魔族王家主催の舞踏会があります。あの人に魔王の印が現れて明日で一年になる。そろそろ魔王に妃をって声が多くてね。今夜の舞踏会は妃の選考会って訳です。有力候補は大臣の娘です。代々続く生粋のゴリラ血族だそうで。人間との混血で一般市民であるあんたの分は相当悪い。だが、俺たちはまだあんたのほうがいい。あんたの三倍は濃いゴリラですからってのは冗談ですが、俺たちはあの人の笑顔が見たいんでね」
「俺たちというのは……」
「魔族王家親衛隊。俺たちは、あの人の下で前の魔王の警護をしていた。だが昨年、魔王の印が生え変わったんです。前の魔王は、次期魔王を狙う輩に貶められ、どういう訳かあの人が次の魔王です。魔王親衛隊総隊長が魔王なんざ笑い話ですがね。魔王はその印の出現を以って王位を継承する。故に、魔族王家といっても血の繋がりはない。世を思う過去の魔王はほんの一握りで、あとは政(まつりごと)をゲームとして愉しむか、私腹を肥やしたいか、その権威に酔いたいか――魔族王家は、過去の栄光に縋りたい奴らの集まりです。あの人は、そんなところへあんたをやりたくなかった」
 皮肉たっぷりで話すソウの言いたいことはわかった。彼の言葉の数々からもそのことを理解した。しかし――。
「なんで、そんな内情を私に?私が聞いていい話ではないと思うんですが……」
 ソウは、ふっと笑った。
「あの人の笑顔を見たいんですよ。あの人はあんたに相当惚れてる。今夜の舞踏会、本当は誘いたかった。けど、惚れてるからこそ誘えなかった。ったく、誘う気ないんなら、そんなもの用意しなけりゃいいのに、未練タラタラでその箱、ずっと眺めてるんですよ。お陰でヒジカタさんが、その箱くすねてくるのに苦労したんですから。てか、ヒジカタのせいで今日、来るの遅くなったんです」
「ヒジカタさんが……」
 てっきり嫌われていると思っていたオタエは目を丸くした。
「んじゃ、行きましょう」
と、ソウはかぼちゃを被った。
「え?行くってどこへ?」
「舞踏会ですよ。服、変化させてください」
「えっ!そんなこと突然言われてもできませんよ。私、魔力なんて使ったことないですから」
「大丈夫ですよ。その薔薇にはあの人の魔力が入ってる。あの人に抱かれてる感覚思い出しながら着たい服を想像すればいいだけです」
「抱かっ……?!
と、言ったきり顔を赤くする。
「あっれェ?まだやってなかったりします?でも、キスくらいならしたんでしょ?」
「へっ、キっ……!」
と、顔は更に赤くなった。
「え。マジであの人から魔力もらってたとかじゃないんですか?」
「は、はい。その、キスは……しましたが、魔力をもらったわけじゃなくて、私の匂いを消すためにちょっと大人のキスをしただけで……」
と、恥ずかしそうに告白する。
「はー、なるほどー」
 起伏のない声で相槌を打ったソウは、オタエの悦びぶりに溜息をついた。
 そんなに好き合っているなら別離する道理もないだろうに、面倒くさいふたりだ。
「じゃ、とりあえず、その靴履いてください。それから服の変化の仕方教えるんで」
「でも、私、まだ舞踏会へ行くとは言ってません」
「いや、あんたなら行きますよ」
 断言され、オタエはカボチャ奥のソウの目を見た。
「どうしてですか」
「王家の困った事情を知ってしまいましたからね。それに、あの人を恋の病から救えるのはあんたしかいない」
 にやりと笑って小首を傾げる。
「あんた、あの人とよく似てますよ。お人好しだ」
 言い返してやろうと開いていたオタエの口が塞がってしまった。悔しそうである。ソウは思わず吹き出し笑った。
「てか、あんたも相当、あの人のこと好きでしょう。あのバカの言い分なんざ聞く必要ありませんよ」
と、テーブル上の箱からハイヒールを取り出し、オタエの足元近くに並べた。
「どうぞ。あの人があんたを想って用意した靴だ。それを履いたら、あんたの想いをあの人の元へ届けます」
と、カボチャを被っているソウは一礼した。
 彼にかけられた魔法は解けて冒険は一度終わった。同時に恋は終わったのだと諦めた。用意された靴は今まで履いたことのない高いヒールである。
 オタエは首元の首飾りに触れて目を閉じた。
 彼を慕う友人によって着けられた薔薇の首飾りに彼の想いが込められているのを感じる。彼のネクタイを借りた時のように温かいのだ。彼の想いは変わっていない。
 オタエはゆっくりと目を開いて靴を見つめた。
 あんな寂しげな笑顔が最後なのは嫌だ。会いたい。
 履いていたパンプスを脱いだオタエは、ピンク色に光り輝くハイヒールを履く。
 彼に見合う大人の女性になりたい。でも、無理に背伸びはしない。だって彼は、いつでもそのままの自分を受け入れてくれていた。
 靴は、オタエにぴったりのサイズだった。驚いたが、キューベエの町に到着した時にパンプスを脱がされていたことを思い出す。今、思い返しても靴を脱ぐ必要があったのか謎だ。しかし、思い直す。連れている女は自分の唾がついていると見せつけたかったのかもしれない。そして、愛したいと言ってくれた。何度も軽く口づけられて、舐められて、深く口づけを交わした。
 オタエは胸を熱くした。同時に薔薇からも熱を感じる。急に切なさが込み上がってきた。息をついて切なさを逃がそうとするが、次から次へと込み上がってくる。涙がひとつこぼれた。慰めるように薔薇の熱が治まる。オタエは、それに合わせるように息をする。もうひとつ涙がこぼれるが、思わず笑う。彼がかけてくれるであろう言葉や、仕草が目に浮かぶ。それを焼きつけるように目を閉じた。
 愛している。今なら、はっきりと言える。彼の愛を感じ、自分もまた彼を愛していると。
 次にオタエが目を開くと、ソウは目を丸くしていた。ソウが教えるまでもなく、オタエは自力で着ていた服を変化させたのだ。白いボレロと白いブラウス、淡い紫のスカートは、いつの間にかピンク色のドレスになっていた。
「こいつは驚いた。あんたすごいね。いきなり色まで変えられるとは思いもしなかったぜ」
 しかも、髪型まで変化している。魔術超初心者にしては優秀すぎる。感心するソウの前でオタエは自分自身を見回した。魔法で素敵なドレスを着用するなんて、まるでおとぎ話のお姫様のようだ。
「おっと、ぼやぼやしてられねェ。早いとこ城へ行きましょう」

 オタエはひとり、魔王の城のエントランスにいた。キューベエの自宅を凌駕する豪華絢爛ぶりに感心しつつ、城の扉前まで連れてきてくれたソウの注意事項を心の中で復唱しながら歩む。
 どこの誰かと魔族に話しかけられても応じない。名乗らずに誤魔化すこと。魔力が少なくなれば、それだけクリスタルガラスの熱も冷める。ネックレスの薔薇の熱が低くなりはじめたら引き上げる準備。妃候補選考会に一般市民の装いは相応しくないのでネックレスの魔力が切れて服の変化が解ける前に城を出ること。
 オタエは大広間の開かれている扉の前で歩みを止めた。音楽や大勢の人の話声が耳に入ってくる。
 この先に彼がいる。そして、彼を取り巻く多くの人がいる。自分を知っている彼ならば、どんな失態を演じようが許してくれるだろう。が、彼を取り巻く人々は、彼に近づく小娘を簡単に認めないはずだ。純血のゴリラ血族の女性もきっと自分を認めはしない。
 オタエは首元の薔薇に触れ、深呼吸をしてから一歩踏み出した。
 大丈夫、自分には彼がついている。
 オタエが顔を上げて見た先に彼はいた。玉座に腰掛ける彼が放つ気は初めて感じるものだった。ゴリラ血族でも、オオカミ血族でもない。魔族の長、魔王イサオ・ド・コンディ。他の魔族たちにはない角が生えていた。ソウが言っていた魔王の印とはその角のことだろうか。カボチャを被っていた時の彼に、自分に触れてきた時の彼に、そんな角はなかった。もちろん、いつもの黒いスーツ姿でもなければ、一度だけ見た親衛隊の隊服姿でもない。魔族たちに対応する彼は、見知らぬ彼だった。
 いつの間にか止まっていた足を動かす。ドレスの裾下で、カツンとヒールが音を立てる。
 この靴は、その人が自分のために用意してくれたものだ。怯みそうになった気を奮わせる。
 オタエが一歩一歩近づいていく中、初めて女性が彼に近寄った。中年の魔族の連れのようだ。彼女がゴリラ血族の最有力妃候補に違いない。女の勘が言っている。
 オタエは唇を噛みしめた。どこが自分より三倍濃いゴリラだというのだ。深紅ドレスを纏った彼女は、自分とは違う素敵な大人の女性だ。腰を落として一礼する彼女に彼は笑顔を向けた。好感触を掴んだらしい中年の魔族は話し出す。相槌の合間に彼はこちらを見やった。オタエの鼓動が跳ねる。彼は目を見開き、自分を見たまま固まっている。玉座前まで来たオタエは腰を落として一礼した。姿勢を正して階段上の玉座に腰掛ける魔王を見た。が、少し緊張してうまく笑えない。気分を落ち着かせようと目を閉じて首元の薔薇に触れた。ゆっくり息を吐いて再び彼を見る。自然と口角が上がり、にこっと笑う。彼は自分を見たままずっと固まっているのだ。とても驚いている。
 オタエが柔らかく笑うと我に返ったイサオは立ち上がって階段を下りた。オタエの前に片膝を突き、左手をとる。手の甲に口づけ、手を握ると立ち上がった。
「かわいい人、私と踊ってくださいませんか」
と、イサオは一礼する。
「はい、喜んで」
 大舞台での恐怖、緊張――。身分格差の劣等感、嫉妬――。渦巻いていた感情が一気に飛ばされた。心が軽くなり、体も軽くなる。オタエはとびきりの笑顔をイサオへ向ける。広間で礼をし合い、イサオはオタエの腰を抱いた。もう一方の手でオタエの手を軽く握る。
「あの、でも、私、踊り方知らないんです……」
と、最初の一歩目を見事に踏んだ。痛そうな呻きを堪えて涙目になるイサオに謝る。
「すみません……」
「ハハハ……いや、構いません」
と、小声で涙を滲ませる。足を退けるオタエのドレスの裾からあのハイヒールが見えた。アップスタイルの髪にはドレスと同じピンク色の薔薇が咲いている。いつものポニーテールとは雰囲気が違って新鮮だ。イサオはオタエの耳元に向けて言う。
「とても綺麗です」
 囁く声に鼓動が跳ねる。
「あ……ありがとうございます……」
 恥ずかしそうに礼を言うオタエがかわいらしい。
「俺に身を任せてください」
 顔を見上げられ、イサオは微笑む。
「なんとなく俺の真似をしてたら踊れちゃいますから」
と、ステップを踏み出した。
 軽快に流れる音楽、光り輝くシャンデリア、好きな男性に手を握られ、腰を抱かれ、離れては近づき、見つめ合う。夢心地だった。
 曲が終わり、別の曲が始まろうとすると、イサオはオタエをバルコニーへと連れ出した。
「こんなに楽しい舞踏会は初めてです」
 イサオの優しい微笑みにオタエも笑顔を返したが、視線を落とした。手持無沙汰を誤魔化そうと手すりに触れる。灯りが燈されている広い庭をぼんやりと眺めてオタエは口を開く。
「お別れしたのに、こんなところまで押しかけてしまってすみません」
「いえ」
と、イサオはオタエの隣に立ち、手すりに両肘をついた。
「会いに来てくれて嬉しいです。今夜のあなたは、いつもにも増して美しい」
 素直に褒められ、素直に嬉しくなり、胸がときめく。意識してしまって彼の顔が見れない。オタエは顔を上げられず、彼の手元を見やった。
「ありがとう……ございます……」
 肘をついて左右の指を組んでいる彼の手には、黒い手袋がはめられている。やはり、いつもと雰囲気が違う。キューベエの町から戻ってきたあの時、遠く離れるしかなかったのだと諦めた。なのに、今はこんなにも距離が近い。その手に触れたい。できることなら、その手袋を脱がせて彼の温かい手の平に触れたい。その腕に抱きすくめられて、その胸の中に納まって、耳元で褒め言葉と愛の言葉を囁かれたい。そして、その唇で……。
 イサオの口元を見つめていたオタエは、我に返ってまた視線を落とした。これではまるで欲求不満だ。たった一日、顔を見なかっただけなのに、彼に近づきたくて堪らない。やはり、彼のことが好きなのだ。伝えなければならない。自分の気持ちを、何故、ここへ来たのかも。しかし、いざ口を開こうとも声が出ない。何をどう切り出せばいいのか、わからない。
 ふとキューベエの言葉を思い出す。
――ちゃんと伝えなきゃダメだよ、オタエちゃん――それでも言うんだよ。ここであいつの言葉を持ってくるのは癪だけど、伝えようとすることが大事だって言ってただろ――。
 首元の薔薇に触れ、唇を動かした。鼓動は、次第に速くなる。
「私は……あなたのことを愛しています……」
 緊張のあまり口は思ったように動かず、発音も怪しければ音量もとても小さかった。しばしの沈黙が流れ、反応のないイサオの横顔をおそるおそる見上げる。庭園をぼんやり眺めていた。急に不安になる。
「あの、聞こえました……?」
「……え?」
 間があった。
「だから、その……」
「なんか、空耳みたいなの、聞こえたような、聞こえなかったような……」
と、頭を掻く。怪しい。
「聞こえたんですよね?」
と、オタエは目を細めて疑う。
「いや、多分、空耳です。なんて言ったのか、もう一度聞かせてください」
と、イサオは手すりから肘を下ろし、オタエのほうに体を向ける。痛いくらい視線を感じる。一度言うのも二度言うのも変わりはしないと、心の中で勢いをつけて口を開いた。
「私は」
と、口を開いたまま動きを止めた。至近距離で視線が合ってしまい、次の言葉が出てこない。恥ずかしすぎる。心音が耳に響く。
 オタエは目をぎゅっとつむって首元の薔薇に触れた。
「あ……」
と、呟き、確認するように薔薇のクリスタルガラスを軽く握る。
「あ……!」
 やはり、先ほどより熱が下がっている。
「あ……?」
と、イサオは小首を傾げる。おそらく期待している。
「ごめんなさい、ジャッ……」
 ジャックと言いかけて思いとどまる。そこで十二時を知らせる鐘が鳴り始めた。大きな鐘の音が響く。
「カボチャの魔法使いさんに言われてるんです」
 魔王に恋人がいたという事実を知らしめられれば次に繋げられるだろうと、ソウは言っていた。次と言ってもオタエのタイムリミットは明日の二十二時三十一分だが。
 オタエはイサオの首に両手を伸ばした。抱きつき、彼の耳元に唇を寄せる。
「イサオさん、愛してます」
 ぎゅっと抱きついて呟く。
「好き」
 そう言ってすぐに両腕を下ろした。
 嫌だ、離れたくない。
 また心が言っている。オタエは俯き、声を絞り出した。
「さようなら」
 背を向け、駆け出す。背後から彼の足音がする。だが、人混みを抜け、大広間を抜け、エントランスを抜け、走る。十二時の鐘はすでに九つ鳴っていた。オタエは懸命に駆ける。ドレス姿のままで城の門までたどり着けても、そこから長い長い階段がある。ソウとは階段下で待ち合わせているが、ドレスの変化は持つのだろうか。体を纏う熱が不安定だ。
 十一回目の鐘が鳴る時、オタエは門外に出ていた。階段を駆け下りていると右の靴が脱げ落ちてしまう。鐘はあと一回で終わりだ。魔力が切れるのはおそらく鐘の音が鳴り止む頃。取りに戻っている暇はない。イサオと、イサオの跡を継いだ親衛隊総隊長兼、魔王親衛隊隊長であるトシーニョは階段上でこちらを窺っている。
 オタエはこれ以上、追いかけてこないでと祈り、振り切るように階段を下りた。息を切らし、涙をあふれさせる。物陰に身を潜めてなんとか呼吸を整えようと、はあはあと胸を上下させる。服は、すでにオタエのものに戻っていた。
 もっと、順を追って話したかったのにちゃんと話せなかった。伝えたかったことは彼の心に届いただろうか。
カボチャの魔法使い6
Text by mimiko.
2015/11/13

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