2015年志村妙生誕記念とハロウィンを兼ねた近妙です。ファンタジーなパラレルです。6の続きで最終話です。

カボチャの魔法使い7

 オタエ・シムーラ、十九歳。今日中には二十歳になる。ゴリラ血族の父、ゴリラ血族と人間の混血で魔力を失くし、人間となった母から生まれたオタエのタイムリミットは二十二時三十一分。その時刻を過ぎれば、母のように人間として生きることとなる。
 六日前までは人間として生きる道もいいだろうと考えていた。けれど、魔族の男性と恋に落ち、共に生きていきたいと思った。自分のやれることはしたつもりだ。なのに、落ち着かない。しかし、気持ちが逸ってもオタエには、もうどうにもすることができなかった。
 必要とされ、望まれることをこなすのみ。特別な能力もなければ、何かに優れているわけでもない。この町に生きるごく平凡な、この町のどこにでもいるような普通の娘。そんな自分も来年はハロウィンの手伝いをするのだろうか。混血の人間でも、人手が足りなければ手伝いに呼ばれるらしい。もしくは、魔王妃として彼の隣にいるだろうか。
 オタエは豊穣の鍋の行列の最後尾を訪れた人々に知らせる。並ぶ人に笑顔を向けながら思い直す。
 それはないだろう。時刻は二十時半を過ぎている。きっともう、何も起こらない。来年は人間の娘として豊穣の鍋を七日間食べよう。弟の成長を見届けるために、少しでも長生きできるように。
 それにしても行列は一向に捌(は)けない。オタエは不思議に思った。ハロウィン最終日だけあって毎年、多くの人で賑わう。が、これほど大勢だったろうか。広場を見渡せば異様なほどの人の多さだ。それに、なんとなくヒョウ血族とゴリラ血族たちだけではない雰囲気が紛れている気がする。もちろん魔族だけでなく人間の数も多いのだが。
「ここが最後尾ですか?」
 やってきた長身の男性は列に並ぶ。採れたて野菜の直売を利用したのだろうか、小脇には袋を抱えている。
「はい」
 反射的に返事したオタエだったが知っている声と服装にはっとする。見上げるとカボチャを被っていた。黒のスーツ姿だ。その後に少し背の低いカボチャを被った黒いスーツ姿。その後ろにも少し背の低いカボチャを被った黒いスーツ姿。声をかけてきた一人目と三人目の心当たりはある。二人目のカボチャはまさかの彼だろうか。
「何やってるんですか、ヒジカタさん?」
 一人目のカボチャがわかりやすく肩を落とした。二人目のカボチャは肩をびくりとさせ、三人目のカボチャは口元に手を当て、肩を震わせている。
「ヒジカタじゃねェ、ジャックその二だ」
と、トシーニョはぶっきらぼうな声で言う。
「ジャックその三じゃない、ソウくんだ」
と、ソウは爽やかテイストで人差し指と中指を揃えた。
「ソウくんじゃねーよ、テメーもジャックだ」
 すかさずヒジカタの突っ込みが入る。おかしくなったオタエは口元に手をやってくすくすと笑った。その手を大きな手に握られ、オタエはどきりとする。
「てか、ジャックその一、のんびりしてていいのか」
 トシーニョは一人目のジャックを見やる。
「そうですよ、わざわざ弟にまで断わり入れに行く手間とるんなら娘の手でも握って……ましたね」
と、ソウは息をつく。
「え、シンちゃんに……?」
 オタエは自分の左手を握るジャックを見合上げた。彼は、くり抜かれたカボチャ奥で微笑む。
「おまえら、あとは頼んだぞ」
と、オタエを横に抱き上げる。
「ああ」
「了解しやしたー」
 ジャックはオタエを抱いたまま踵を返す。
「あの、どこへ?私、炊き出し当番なんです、下ろしてください。まさかヒジカタさんとオキータさんにあとを頼むって、当番のことですか?シンちゃんに断わりを入れたって、一体、何を言ったんです?」
 人混みを縫うように移動する彼にあれこれ質問していると、初めて出会った路地裏へ連れていかれた。急速にオタエの鼓動が速くなる。オタエの腰の高さ程の木箱にそっと座らされ、右手が頬に伸ばされた。優しく触れて横髪を梳かれる。
「すぐにでも俺があなたの傍に行ければよかったんですが、そうもいかなくて……。ソウの部隊には今朝からあなたの警護に当たらせていました。トシの部隊にもあなたの警護を命じたんですが、怒られちゃいまして。俺に張りついてるならカボチャ被らせるぞって脅してもダメでした。トシが言うにはね、俺はあなたに甘いらしい。いくらあなたの身が心配であっても親衛隊を二隊も就けるなんて馬鹿のすることだと言われました。それが一気に広まっちまって、この町に王家の関係者がお忍びで押しかけた。だから、ハロウィンは一向に終わらない。俺がバカなばっかりにすみません」
と、苦笑する。
「炊き出し当番については朝一番に断わりを入れておきました。あなたのことだから、最後まで役目を果たそうとするだろうと思って。できれば俺もそれを見届けたかったんですが……」
と、目を伏せ、続けた。
「シンパチーノくんには、お姉さんを魔王の城へ連れて行くと言いました」
 心臓が大きく鳴った。
「私の気持ちも確認せずに勝手なことを……」
と、オタエは視線を落とす。
「すみません。だが、彼には直接、名乗り出たかった。オタエさん、笑ってください」
 今にもあふれ出しそうな涙を指で掬ってやる。
「俺は、あなたの笑顔が好きです」
 オタエの胸が熱くなり、切なくなる。
「カボチャ、とってください……」
 オタエに乞われてイサオが手に取ったのは袋だった。麻袋の中の箱からピンクに輝くクリスタルガラスのハイヒールを取り出す。城の階段で脱げた右足。持ち帰って自宅に保管していた左足。それが今、左右揃っている。
 オタエのふくらはぎに彼の指が触れた。いつかの時のように黒いパンプスが脱がされる。そして、ハイヒールを履かされた。ハロウィンランタンを脱いで木箱脇に置くと立ち上がり、オタエの手を取る。優しく手を引いて彼女を立たせた。その時、雲で隠れていた月が顔を見せる。
「今夜、あなたを俺の妃にしたい。構いませんか」
 真っ直ぐにオタエを見つめる瞳は、地の茶色に光っていた。月の光を浴びたのに、本能の紅い色を完全抑制している。真剣な眼差しにオタエの心が震える。完全降伏だ。彼に勝てない。もっと言及して、あれこれと要求してやりたかった。なのに、すべて吹っ飛ばされた。子供の頃から他人よりも意思が強いと自負していたが、その自分が負けを認めざるをえないのだ。
「はい……」
 返事するのが精一杯だった。
「じゃあ、キスしますね」
と、腰を抱き寄せられ、反射的に両手を押し出す。が、筋肉質な胸は硬く、抱き寄せる腕も強く硬い。近づく唇に口を塞がれ、最初から深く絡め取られる。角度を変え、ゆっくり舌先を押しつぶされてオタエの眉根が寄った。
「ふぅ、んっ」
 切なくなって胸が苦しくなる。合わさる唾液が唇をぬるつかせ、水音を小さく立てる。反った背を優しく抱き寄せられ、逃げ場がなくなる。
「っや、はぁっ」
 唇が離され、上がった息が互いの口元にかかる。
「嫌ですか」
と、指で涙を拭われる。優しく太い指に熱い涙があふれ出た。
 違う。不快で出た涙ではない。
 オタエは、首を横に振る。言おうとするのに話せない。開いたままの口で息をすると熱い舌が冷たい空気に撫でられ、舌が痺れていることを実感する。唇も、舌も、彼に感じて震えている。オタエは瞬きをし、また涙をこぼした。彼の服を掴んで唇を重ねては離し、角度を変えて口づける。柔らかい唇の感触が気持ちいい。彼の下唇を挟んで少し伸ばしてから離す。
「……逆です……」
 もっと欲しい。オタエは伏していた睫毛を上げた。茶色い瞳がこちらを見下ろしている。オオカミの紅い瞳はどうすれば見れるのだろう。あの怪しく光る紅く美しい瞳をもう一度見てみたい。
「嫌の、逆……?」
「気持ちいいから」
と、まで言って急に恥ずかしくなって赤面する。
「……その……もっと……」
 声は尻つぼみになり、何も言えなくる。恥ずかしがるオタエの視線が泳いでいる。
「もっと、ですね。はい、もっとしましょう」
 頬にそっと触れた彼の手が耳へ移動する。手の平は耳を覆い、指は耳の後ろの髪に差し込まれる。首筋がぞくんとし、顔を上げると口づけられる。ゆっくり絡めとられた舌は、彼の唇に挟まれた。
「ぅむ、ん」
 くぐもった声までも彼の唇に捕らえられる。肩が揺れ、背が反ると思ったのに抱き寄せられて代わりに腰が揺れる。
 まただ。先ほどの口づけの時も背中を支えられ、逃げられなかった。舌も全身も捕らえられ、胸がきゅっと熱くなる。甘く痺れたままの舌を解放され、切なくなった。
 嫌、やっぱりもっと欲しい。離さないで欲しい。唇も、背中も、ずっとくっついたままがいい。
「イサオさん……」
 切なげに縋られ、イサオは、ふっと笑った。
「やはり、あなたの気持ちを確認したほうがいい……。聞かせてください。俺の城へあなたを連れて行ってもいいですか」
 笑った後に勿体つけられ、しかも質問の答えもわかっているのに、なぜ敢えて訊いてくるのか。苛立ちと同時に恥ずかしさも込み上がる。
「そんなの、わかってるくせに、どうして訊いてくるんですか」
「俺が勝手に決めたら、オタエさん、怒ったじゃないですか。私の気持ちを確認せずにって」
「それは!そうですけど……」
と、顔を離して視線を落とす。が、顔を上げて反撃に出た。
「でも、あなたがお妃にしたいって言うから、私、はいって頷いたじゃないですか……」
と、また声は尻つぼみになる。
 改めて復唱させられ、恥ずかしさで顔が熱くなる。プロポーズだけではない意味が含まれていることがわかっているだけに、恥ずかしくて堪らない。
 オタエの赤面振りに彼女がその意味を理解しているとわかったが、その代わりに雰囲気を壊してしまった。イサオは内心、苦笑し、口を開く。
「後悔はしませんか」
 真面目な表情に、膨らんでいたオタエの頬の風船がしぼむ。
「あなたの相手が俺で後悔しませんか」
 澄んだ茶の瞳に見つめられ、オタエの鼓動が跳ねる。
「妃になってほしいとは言いましたが、人間でもいい。魔族にならなくてもいい。でも、俺に自信はありません」
 険しい表情のイサオに、オタエは不思議そうな顔をする。
「魔王妃は人間でもいいんですか?」
「はい。必ずしも魔族でなければならないという決まりはありません」
「あの、自信というのは?」
「魔力を与える側のさじ加減なんです。キューベエくんの町で話しましたよね。魔力は、自然の実りを摂りいれることによって自然に長らえるものだと。それと同じなんです」
 オタエはイサオが言っていたことを思い出す。
――不自然に作為的なものを摂取あるいは、自然のものでも悪い摂りいれ方をすれば、力は不自然に増大する。減少もする。また、暴れ出しもする――。
「混血であるあなたは、成人後も魔族になりえる素質がある。その素質がまだある時期に魔力を摂取しなければ、あなたは自然と人間となる。相手の魔族が魔力の調節をすればいいだけの話ですが、魔族になることを望まないのであれば日を改めたほうがいい。俺には加減できません。きっとあなたの奥深くまで求めて貪欲に愛してしまう」
 切なげに言われて、オタエの顔から火が噴いた。
 一直線すぎて返す言葉がすぐに出てこない。イサオの口から自分のことを愛してると、はっきり言われたわけでもないのに、どうしてこの人はこんなにも好き好きオーラ全開でぶち当たってくるのだろうか。恥ずかしさでどうにかなりそうだ。なのに、この期に及んでわかりきっていることを言わせようとするとは、ずるいにもほどがある。
「愛してるって言ってください」
 赤くした頬を膨らませるオタエにイサオは不思議そうな顔をする。
「え、なんでですか」
「なんでですか、じゃありませんよ、まったくもう。『愛したい』しか言ってくれてないじゃないですか」
「え、そうでしたっけ?」
 とぼけるイサオに苛立ちは募る。
「オタエさん、わかってるくせにィ。ていうか、さっき『愛してしまう』っていいましたよね、俺」
 自分の言った言葉まで茶化し始め、更に苛立ちは募る。
「私が聞きたい『愛してる』じゃないからダメです、変態魔王様」
 笑顔ではあるが片眉が引き攣っている。イサオは顔を緩めてオタエの額に口づけた。満更でもなさそうなオタエは瞬きをふたつしてから、はっとする。先回りしたイサオはオタエの背と腰を抱く。
「やっ、やめてくださいっ、離してっ」
 イサオを両手でめいっぱい押すが、やはりびくりともしない。抵抗するオタエの唇にイサオのそれが重なった。
「愛してる、オタエさん……ちゅっ」
 音を立てて口づけられ、顔が熱くなる。
「ん、オタエ、さん……愛してる……」
 口づけの合間に名と愛の言葉を囁かれ、オタエの胸は熱くなった。一度壊れた甘い雰囲気が急速に修復する。鼓動は高鳴り、肩や腰は時折、跳ねる。唇が離されると、優しく犯された舌が甘く痺れていた。口端から顎に流れる唾液を舐めとられ、吐息をイサオの頬にかける。
「後悔なんてしません……。あなたから魔力をもらわずに人間になって、私が先立って、後妻を迎えられることのほうが、いや……」
 絞り出す声と共に涙がこぼれる。
「すでに私が後妻ですか……?」
 イサオは首を横に振った。「よかった」と、オタエは微笑み、イサオの肩にしなだれる。先ほどの口づけの余韻が抜けず、逞しい胸に体重を預ける。
「こんなキス、他の人にしたらいやです。私だけ……、私だけにしてください……」
 イサオは頷き、オタエも頷き返す。
「私も、あなただけ……、イサオさんだけなんだから。他の人に触られるのなんか、絶対、いや……」
 切なさで胸が熱い。
「んっ……」
 息をついてイサオの胸から体を離す。背中に回されていた手を取り、それを自分の心臓の上へやって彼の手に自分の手を重ねた。
「ここが、さっきから、熱くて苦しいんです。お願い、イサオさん、鎮めて……」
 涙をあふれさせ、微笑む。心が彼を欲しいと言っている。一刻も早く鎮めて欲しい。切なさで胸が張り裂けそうだ。
「俺と一緒に生きてくれますか」
「はい……」
「わかりました。俺はもう、あなたを離しません」
 魔王の城へ入るのは二度目だ。舞踏会があった昨夜、混血の庶民では立ち入ることのできない魔族上層の領域に潜入した。未知の領域ではなくなり、幾分かオタエの気は落ち着いていたが、やはり緊張はする。 城の扉前までイサオに横抱きにされて運ばれた。エントランスからこちら、大広間前まで指を絡ませて手を繋いでいるのが、なんだかくすぐったい。そして恥ずかしい。
「ここが大広間です」
と、イサオは大きな扉を開いた。オタエの手を引いて中へ入る。
「ゆうべ、舞踏会があった広間です。広間は他にもありますが、ここが一番広い……」
と、イサオは隣のオタエを窺った。彼女は黙って俯いている。
「城の案内は次にしましょう」
と、繋いでいた手を引き寄せられ、オタエは顔を上げた。もう一方の大きな手がオタエの顎先に触れたかと思えば口づけられていた。目を閉じているイサオがいる。昨夜は大勢に囲まれていたイサオを遠くに感じたのに、今夜はたったふたりきりで、こんなにも近い。
 触れるだけの唇が離され、イサオの目が開いた。至近距離で視線がかち合い、どきりとする。瞳はまだ地の茶だ。
「あの、誘惑……しないんですか……?」
と、言うオタエの顔は赤く、耳まで赤い。イサオは笑みをこぼした。
「しませんよ。ていうか、オタエさんのほうが俺を誘惑してるでしょう」
「え、私、そんな能力ないはずですけど……?」
「確かにゴリラ血族にそんな能力はないですけど、そうじゃなくて……」
と、また軽く口づけ、唇の先が触れそうな距離で笑う。
「ほら、照れて、恥ずかしがって、すごくかわいいんです」
「なっ……」
 無邪気に言われ、顔はますます赤く熱くなる。視線を泳がせるオタエをイサオは抱き締めた。
「今日は誘惑しません。あなたと俺の初めてです。能力を使わずに繋がりたい」
 オタエは耳を澄ませた。イサオの鼓動が聞こえる。規則正しく胸を打っている。心地がいい。
「もっとゆっくりしたかったんですが、そろそろ行きましょうか」
 言われてびくりとする。イサオは苦笑した。
「すみません。でも、あなたが魔族である残された時間はあと少しだ」
と、オタエを横抱きにした。魔力で大きな扉を開き、床を蹴る。飛ぶように駆けると、あっと言う間に部屋の前までやって来た。
「客間です」
と、魔力で扉を開いた。部屋へ入るとオタエを下ろす。ヒールの高さに不慣れなオタエはよろめいてしまい、すかさずイサオはオタエの腰を抱く。
「洗面とシャワーは左手です」
 シャワーという単語にびくりとする。急に生々しく感じる。心音が早鐘を打ち始め、体が硬くなる。
 きっと平然としているだろうし、自分は大丈夫だと思っていたが、ここにきて極度の緊張に襲われる。目が回るとはこういうことを言うのか。目は開いているのに、確かにどこかを見ているはずなのに、視界は何を捉えているのかわからない。
 オタエの間近で衣擦れの音が鳴った。視界の下方で何かが動いている。我に返ってそれを捉える。薄いピンク色のボレロの胸元のリボンを解いてブラウスのボタンを外していくイサオの両手だった。
「……!」
 驚いたオタエは口を開いては閉じる。声が発せない。唐突な出来事に思考が追いつかない。
 ブラウスのボタンはすべて外され、黒のフリルスカートのファスナーに手がかかった。オタエは息を飲み、目をつむる。ファスナーは下され、スカートは床に落ちた。羞恥で顔が茹る。
「あの、あの、待って、イサオさん、待って」
 目をぎゅっとつむったままお願いするが、イサオの手は止まらない。臍のほうからブラウスの中へ入った手は背中に回り、下着のホックを外した。
「どうしました?」
と、両手は両脇を通って臍へ戻る。腰の脇に両手の親指が触れてオタエは下着を両手で掴んだ。下着を下ろされるのを阻止する。
「ちょっと、心の準備をする時間をっ」
と、息を切らす。
「ダメです。そんな余裕ないんで」
 そう言うイサオは平常どころかやけに落ち着いている。寧ろ冷静だ。
「手、離して、オタエさん」
と、下着にかけていた指を離して彼女の耳を唇で挟む。離した手は肌蹴たブラウスを捲り、双丘を覆った。
「んっ」
「これからもっと恥ずかしいことするんですよ、オタエさん」
と、耳に舌を差し込む。
「んんっ」
「乳首も触って、舐めて、大事なところも触って、吸ったり舐めたりして、馴染んだら繋がるんです」
 低い声と共に吐息をかけられ、ぞくりとする。小振りの胸に触れられて恥ずかしいのに、これからすることを想像させるように囁かれ、羞恥を煽られる。のんびりしていた皺寄せが一気に来たように感じる。残り時間が少なくても、こちらが緊張しないようにと気遣ってくれていることはわかっていた。が、あれこれ考えていられない。これからもっとすごいことをするのだから。
 両胸を覆うだけだった手が離れ、どきりとする。遂に弄られてしまうと察してオタエは目をつむった。背後に回ったイサオの両手は肌蹴たままだったブラウスとボレロをそっと脱がせる。肩すかしを食らわされたと思ったが、甘い声が出てしまう。
「はぁんっ」
 自分でも驚いた。口元を両手で押さえて出てしまおうとする声を抑える。しかし、首筋に這うイサオの舌はゆっくりと動く。マーキングとして舐められた時とは違う舐められ方に、オタエの肩がすぐに揺れる。舌は、根元から先、全体を使って丁寧に首筋を舐め上げる。熱い粘膜は水音を鳴らし、耳の後ろ、耳たぶへと移動した。耳の襞を舌先で、もう片方の耳の襞を指先でなぞる。外側から内側へ行き、耳穴に舌と指が浅く差し込まれると、声を抑えていた手を離してイサオの両手にしがみついた。
「やぁあんっ」
 背は後ろのイサオの胸に倒れ、両膝は擦り合わさる。腰は、イサオに尻を押しつけるように揺れた。指で襞をなぞっていたほうの耳に顔が寄る。
「あ、ダメ、んぁっ」
 駄目と言ったのに襞に舌先が這わされ、胸が揺れる。イサオの手はオタエの上腕から優しく撫で下ろし、両の手を握る。優しい拘束に胸が熱くなるのに、耳穴へは舌の抜き差しが止まず、揺れる胸は先が尖る。両手は指を絡ませられ、切なくなる。
「んん……」
 今まで感じたことのない体の芯が反応している。ぎゅっと締まるのにじんじんと熱い。意識してしまい、腰が揺れた。耳穴から舌を抜き出したイサオの吐息がかかる。
「もっと時間かけたかったんですが、もういいですか?」
 頼りない声で囁くように訊ねられ、鼓動が跳ねる。
「え、でもシャワー、んっ」
 繋いでいた手を離され、ぎゅっと抱きしめられる。
「もう、我慢できないんです。オタエさんが腰揺らして俺のを刺激するから」
と、首筋に口づけられる。
「はやく、あなたの中に入りたい……」
 また体の芯が締まって熱くなる。
 自分の体はもう彼を欲しがっている。気持ちの問題だ。無理強いせずに確認しながら優しくしてくれている。ちゃんとこちらのことを考えてくれている。断る理由はない。寧ろ、こちらが早くとお願いする理由しかない。ここからでは時計を確認できないが、残り時間はそれほどないはずだ。あとは自分の勇気だけである。
 オタエは、自分を抱き締めるイサオの腕に触れた。
「お任せします……」
 緊張で声が微かに震えてしまった。
「怖いですか」
 勘付かれたが、オタエは首を横に振る。
「あなたは、私のことをとても大事に扱ってくれてます。さっきも、優しいのにいやらしくて、恥ずかしいのに嬉しい。……ここに来るまで、本当は少し怖かった。けど、怖さよりあなたのことを知りたいし、近づきたい。早くあなたのものになってしまいたい。私だって、切ないんです」
 ぎゅっと心臓を握るような切なさが迫る。イサオの腕に触れるオタエの指に力が入った。
「……」
 イサオは何も言わずにオタエを横に抱き上げた。下着が捲れ上がりあらわになっている自分の胸が目に入り、オタエは身じろごうとする。が、半分脱がされた上着によって後ろ手に拘束され、身動きが取れないまま大きなベッドに寝かされた。ピンククリスタルの靴を脱がされ、接近される。
「焦らすのは、もうやめです」
と、イサオはオタエの左肩に右の手の平を当てた。肩から腕へと下り、肘で止まっていた服を脱がせる。指を絡ませて手を握ると左の人差し指でオタエの左胸の先を転がした。
「あっ」
 柔らかい胸に硬くなった突起を押し込み、跳ね返ってくると人差し指と親指で挟む。
「っん」
 上着に拘束されたままの右腕が動こうとする。
「ダメですよ、オタエさん」
と、左胸の先に触れていたイサオの左手がオタエの右腕に触れる。彼女の肘を引いて服を脱がすと指を絡ませ、彼女の右手を握った。その手を彼女の頭上へ縫いつけ、オタエの手を握ったままの右の親指は彼女の右胸の先を撫でる。切なげに息をつくオタエにイサオは微笑む。
「俺に任せてください」
 彼の余裕にオタエの頬が、かあっと熱くなった。見透かすような茶の瞳が恨めしい。なのに、これからどんなふうにされてしまうのかと期待が膨らむ。
 両手を握られ、自由を奪われたまま口づけられ、胸の先を指で擽られる。体の芯はじわりと熱を増し、膝はすり寄る。熱い彼の舌にねっとりと舌を舐られ、くぐもった声がこぼれた。頭上へやった右の手が解放され、耳、首、鎖骨と優しく触れながら下り、左の手も離される。大きな手はオタエの両脇から中央へと胸を撫で寄せた。作られた谷間に口づけを落とされ、オタエはゆったりと息をつく。
 先ほどまではどこか気が張っていたのに、今は穏やかで触れられているのが心地いい。左右の手はすっかり力が抜けていた。
「イサオさん……」
 柔らかさを愉しみながら胸元に口づけていたイサオを見下ろす。呼ばれて視線を胸からオタエの顔へと上げた。
「私の胸、小さくてすみません……」
と、視覚的に恥ずかしくなり、視線を逸らす。
「そんなことありませんよ、だってほら、寄せたらこんなにあるし」
と、寄せ直し、寄った胸に口づけてオタエを見直す。
「あったかくて、柔らかいし、気持ちいいです。それに、乳首、すごく綺麗な色してるし」
 舌を出して左胸の頂を舐め上げられ、オタエは声を出すのを堪える。
「というか、肌がすごく綺麗で……」
と、右胸を手で支え、べろりと出した舌で胸の周囲を撫でる。熱くなっている肌に唾液が塗りつけられ、その冷たさに肌がざわめいて胸の頂が立ち上がる。

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