「危機と好機の紙一重」の数日後の話。
近と妙がちゅうしてます。
負けず嫌いお妙さん在中。
近と妙がちゅうしてます。
負けず嫌いお妙さん在中。
建前と本音の紙一重
家事を一通り終わらせて休息をとる妙は、座卓上の湯呑みに茶を注いだ。自分と、招いた覚えのない客人にと。
「いらっしゃい。近藤さん、また冗談で私を口説きにきたんですか?」
開かれた障子は縁側の下へ向かって声をかける。すると、呼びかけに応じた近藤が縁側下から姿を現した。
「はッはッはッ、わかってましたか。さすがお妙さんだなァ。でも、わかってないですよ、お妙さん。冗談であなたを口説いた覚えはありません。俺は365日いつだって真剣にあなたを口説いてますッ!」
姿勢を正す近藤は、いつもと変わらない。意中の人である自分のことを男友達と話す近藤を目の当たりにした妙は、その調子の落差に怪訝な顔をした。
お邪魔しますと一礼して部屋へ上がってくる一般的な常識があれど、卑猥なたとえ話を涼しい顔でする。市民の安全を守り、悪行を赦さない職務に携わっておきながら、犯罪まがいの執拗なつきまといを平然と行う。
近藤にとって何が全力なのか、手加減しているのか、本気なのか、冗談なのか、真剣なのか妙には理解し難かった。何より、こちらを下げるような発言をしておきながら、さすがだと持ち上げる意味がわからない。近藤への不信感は募るばかりだ。
「信じられません。された覚えなんてないのに、私の乳首を開発してるだなんて……」
と、近藤の前へと来客用の湯呑みを差し出す。近藤は、言葉なくし、静かに慌てた。左右に目を何往復もさせ、肩を竦めたままがっちりと固まり、顔から手からと汗を掻きまくる。
「あら、近藤さん、すごい汗。お加減悪いんですか?」
にこやかに眉を下げる妙に、近藤は喉を鳴らして生唾を呑みこんだ。
「大変、大変」
心配する優しい声。額の汗は花柄のハンカチに拭われる。
女性には聞かれたくない男同士の会話を、しかも一番聞かれたくなかった特別な女性に聞かれてしまった。手厳しい制裁を受けて当然のことなのに、それを耳にしておきながらいつもの鉄拳を食らわされなかったどころか、妙の存在は確認できなかった。確か、あの時は先に張り込んでいた一番隊の連絡待ちをしていたはずだ。無線が聞こえて踏み止まったのだろうか。そういえば、普段、沈着冷静な副長が支離滅裂だったような気がする。妙が側にいたのはその時だろう。聡い女だ。これだから敵わない。
「あなたはやっぱりいい女ですね」
近藤の額の汗がいつの間にか引いており、ハンカチを握る妙の手が止まった。出し抜けの褒め言葉に妙の顔が熱くなる。近藤の瞳に自分が写るのを見た妙は、浮かせていた腰を下ろした。その近さを意識して顔は熱を増す。膝の上に下ろされた妙の手を、近藤の手が覆った。ハンカチごと握る近藤の指は、太く長い。手に落とした視線を上げると、その瞳に再び自分が写る。
どうかしているのだろう。あの近藤に手を握られ、見つめられているというのに、殴りたい衝動が起こらない。妙が瞬きをひとつすると近藤の唇が額の前髪に触れ、反射的に目を閉じる。近藤の唇が離れて瞼を上げると今度は鼻に唇が寄せられ、次には唇に重ねられた。
「……あの、殴らないんですか?」
問われて妙は静かに答える。
「殴られたいからしてるんですか……?」
逆に問い返され、いいえと否定し、近藤は再び唇同士を重ね合わせた。軽い口づけを繰り返すと、妙の顎にそっと指で触れ、唇を割った。口づける度に少しずつ開いてゆく唇は合わさる唾液に濡れ、優しく絡む舌に甘く溶かされる。
こうもなすがままであるのは、普段の自分からは想像できない。しかし、すべては近藤が吐露した褒め言葉にある。
やっぱりいい女って何よ。私だって知ってます。あなたがゴリラのくせにいい男だってことは、前々から気づいてました。それに、あなたがボディガードと称したストーキングのない日だって、あなたがすまいるに来ていない日だって、いつも待っていた。物言うサンドバッグ待ちでも金づる待ちでもあったけど、そればかりじゃなかった。私の心は、いつの間にかあなたに盗まれていた。だから私が逮捕するのよ。あなたを独占するのは、真選組でも、鬼の副長でもないこの私。
近藤が唇を離すと妙は目を開いた。気の緩んだゴリラでもなく、ストーカーでもなく、人間の男性である近藤勲がいた。その瞳は自分を欲しいと謂っている。
まずいわ。このままじゃあ狩られてしまう。いい?近藤さん。私があなたを捕食するのよ。あなたはこの私の贄でしかないの。
妙は、近藤の顎に鉄槌を食らわせた。
「あだッ!」
畳に頭を打たれ、身悶える近藤を冷ややかに見下ろす。
もうもうッ!あなたのほうが私を大好きなんだからねッ!お見合いを断ったゴリラにご褒美とかそういうのなんだからねッ!別にキスしたかったとかじゃないし、私が近藤さんを好きとか全然そういうんじゃないんだからねッ!
「いらっしゃい。近藤さん、また冗談で私を口説きにきたんですか?」
開かれた障子は縁側の下へ向かって声をかける。すると、呼びかけに応じた近藤が縁側下から姿を現した。
「はッはッはッ、わかってましたか。さすがお妙さんだなァ。でも、わかってないですよ、お妙さん。冗談であなたを口説いた覚えはありません。俺は365日いつだって真剣にあなたを口説いてますッ!」
姿勢を正す近藤は、いつもと変わらない。意中の人である自分のことを男友達と話す近藤を目の当たりにした妙は、その調子の落差に怪訝な顔をした。
お邪魔しますと一礼して部屋へ上がってくる一般的な常識があれど、卑猥なたとえ話を涼しい顔でする。市民の安全を守り、悪行を赦さない職務に携わっておきながら、犯罪まがいの執拗なつきまといを平然と行う。
近藤にとって何が全力なのか、手加減しているのか、本気なのか、冗談なのか、真剣なのか妙には理解し難かった。何より、こちらを下げるような発言をしておきながら、さすがだと持ち上げる意味がわからない。近藤への不信感は募るばかりだ。
「信じられません。された覚えなんてないのに、私の乳首を開発してるだなんて……」
と、近藤の前へと来客用の湯呑みを差し出す。近藤は、言葉なくし、静かに慌てた。左右に目を何往復もさせ、肩を竦めたままがっちりと固まり、顔から手からと汗を掻きまくる。
「あら、近藤さん、すごい汗。お加減悪いんですか?」
にこやかに眉を下げる妙に、近藤は喉を鳴らして生唾を呑みこんだ。
「大変、大変」
心配する優しい声。額の汗は花柄のハンカチに拭われる。
女性には聞かれたくない男同士の会話を、しかも一番聞かれたくなかった特別な女性に聞かれてしまった。手厳しい制裁を受けて当然のことなのに、それを耳にしておきながらいつもの鉄拳を食らわされなかったどころか、妙の存在は確認できなかった。確か、あの時は先に張り込んでいた一番隊の連絡待ちをしていたはずだ。無線が聞こえて踏み止まったのだろうか。そういえば、普段、沈着冷静な副長が支離滅裂だったような気がする。妙が側にいたのはその時だろう。聡い女だ。これだから敵わない。
「あなたはやっぱりいい女ですね」
近藤の額の汗がいつの間にか引いており、ハンカチを握る妙の手が止まった。出し抜けの褒め言葉に妙の顔が熱くなる。近藤の瞳に自分が写るのを見た妙は、浮かせていた腰を下ろした。その近さを意識して顔は熱を増す。膝の上に下ろされた妙の手を、近藤の手が覆った。ハンカチごと握る近藤の指は、太く長い。手に落とした視線を上げると、その瞳に再び自分が写る。
どうかしているのだろう。あの近藤に手を握られ、見つめられているというのに、殴りたい衝動が起こらない。妙が瞬きをひとつすると近藤の唇が額の前髪に触れ、反射的に目を閉じる。近藤の唇が離れて瞼を上げると今度は鼻に唇が寄せられ、次には唇に重ねられた。
「……あの、殴らないんですか?」
問われて妙は静かに答える。
「殴られたいからしてるんですか……?」
逆に問い返され、いいえと否定し、近藤は再び唇同士を重ね合わせた。軽い口づけを繰り返すと、妙の顎にそっと指で触れ、唇を割った。口づける度に少しずつ開いてゆく唇は合わさる唾液に濡れ、優しく絡む舌に甘く溶かされる。
こうもなすがままであるのは、普段の自分からは想像できない。しかし、すべては近藤が吐露した褒め言葉にある。
やっぱりいい女って何よ。私だって知ってます。あなたがゴリラのくせにいい男だってことは、前々から気づいてました。それに、あなたがボディガードと称したストーキングのない日だって、あなたがすまいるに来ていない日だって、いつも待っていた。物言うサンドバッグ待ちでも金づる待ちでもあったけど、そればかりじゃなかった。私の心は、いつの間にかあなたに盗まれていた。だから私が逮捕するのよ。あなたを独占するのは、真選組でも、鬼の副長でもないこの私。
近藤が唇を離すと妙は目を開いた。気の緩んだゴリラでもなく、ストーカーでもなく、人間の男性である近藤勲がいた。その瞳は自分を欲しいと謂っている。
まずいわ。このままじゃあ狩られてしまう。いい?近藤さん。私があなたを捕食するのよ。あなたはこの私の贄でしかないの。
妙は、近藤の顎に鉄槌を食らわせた。
「あだッ!」
畳に頭を打たれ、身悶える近藤を冷ややかに見下ろす。
もうもうッ!あなたのほうが私を大好きなんだからねッ!お見合いを断ったゴリラにご褒美とかそういうのなんだからねッ!別にキスしたかったとかじゃないし、私が近藤さんを好きとか全然そういうんじゃないんだからねッ!
建前と本音の紙一重
Text by mimiko.
2015/01/13