WJ2013年16号第四百三十七訓~20号第四百四十一訓既読前提。
19号第四百四十訓と20号第四百四十一訓の間の捏造話。
ゴリ子→妙な百合近妙で若干、近←妙。
19号第四百四十訓と20号第四百四十一訓の間の捏造話。
ゴリ子→妙な百合近妙で若干、近←妙。
呼び捨ては仲良くなった証
広域指名手配中の宗教団体デコボッコ教の根城に攻め込み、彼らを拿捕すると妙が言った。
「それだったらいっそ、このまま女としてみんなまとめて月雄さんのお世話になる方が、吉原で汗を流した方が、社会的に役立つと思うの」
土方だったX子もといトシ子と一緒になって抵抗した近藤だったゴリ子であったが、デコボッコ教に課せられた性別逆転の試練を乗り越えたゴリ子は性別逆転のまま一連の事件の終息を迎える。
地球にはいないデコボッコ教の大司教に向かって吠えるX子と銀子に、特別厳戒令の解除の町内放送。ゴリ子は豚園を誓った盟友たちの背中を呆然と見つめた。
終わった。何もかもが終わった。お妙さんの初恋の男、尾美一塾頭の件がようやく落ち着いたと言うのに。その一件からこっち、お妙さんとはそこそこいい感じになってきたような気がする手応えを感じていたのに。
お妙さんの気まぐれで野球観戦に一緒に行けることになって、いざ俺たちが近づこうものなら、それを阻むように天は雨だの槍だのよこしてくれた。たとえ天道に背こうとも俺が歩むはお妙さんへと向かう恋路、そして切っても切れねェ腐れ縁で繋がった仲間たちを護る侍道。…なんて啖呵なんぞきったもんだから、その天が怒ってんのかなァこれ。
ゴリ子は、女物の着物の袖をひらひらとさせた。
はァ、かみさまもう一発降ってこねェのかな…もうどうしようもねェのかな…。とかグダグダ思ってても仕方ねェ。
「トシ、とりあえず今後の身の振り方を考えよう。月雄さん、相談に乗ってくれるか?」
「冗談よせよ、近藤さん。その女、吉原の自警団だろ。そいつに相談するってことは」
反論するX子にゴリ子は手を挙げて制止する。
「かぶき町四天王はかぶき町の女王がそこにいるだろう。その姐さんにも一枚噛んでもらう」
ゴリ子は横目で妙を見やり、月詠であった月雄に向き直った。
男に戻れねェんなら、真選組改め、まん選組として再スタートしてもいい。だが、新しく道を拓くのもいいだろう。俺は、頼りねェ馬鹿でも奴らの頭だからな。こんな非常時には真っ先に動かなくちゃなんねェ。そうだろ、伊東先生?ボヤボヤしてたらあの世から伊東先生の小言が聞こえてくらァ。
話す月雄とX子、茶々を入れる総子、その後ろに佇んでいた妙は、両腕を組んで月雄に相槌をつくゴリ子をただ見つめた。性別が逆転したまん選組であるはずなのに、そこには元の真選組の姿がある。
近藤さん、私がかぶき町の女王だってこと知っていたの?ふふ、姐さんですって。変なの。…どうして、私の名前を呼ばないの?スナックすまいるで指名する時も、ゴリ子になって再会しても、いつだって、どんな時だって、お妙さんって呼んでたじゃない。なのに、どうして?
不意にゴリ子の視線が妙に移り、妙はどきりとした。
「お妙さん、いいですか?」
小首を傾げて寂しそうに笑ったゴリ子に元の近藤を見た妙は胸を痛めた。
「あ、はい…」
呼ばれて話の輪に入るが上の空であった。生まれ持った性別が逆転するなど常識では考えられないことが起こり、元に戻れなくなったのだ。確かに自分は運よく事を免れていた。だが、少数とは言えない人数が、その非常識な事態に陥っている。親身になって助言すべきだ。わかっているのに、気になって仕方がない。鼓動が急いて気分も落ち着かない。
諦めるの?近藤さん、私を諦めるの?
「じゃあ、とりあえずはそういう方向でいくか」
声を張り、呆然としているまん選組隊士をゴリ子は集め、X子は纏まった予定を隊士たちに説明し出す。妙は、新八に呼ばれて生返事をすると、九兵衛だった十兵衛、銀時だった銀子、神楽だった神楽惇、定春だった赤・兎馬春とともに帰路に就いた。
***
かぶき町、キャバクラミニスカポリス。その客席に近藤だったゴリ子と妙の姿があった。
デコボッコ教の一件で、性別逆転のまま生きることを余儀なくされた元真選組局長近藤勲のキャバクラ嬢デビューは先月のことだった。
「お妙さん、ありがとうございます」
「いいえ。このくらいどうってことないです。ゴリ子さんのほうがいつも私によくしてくれたでしょう?これは、ほんの気持ちです」
ボーイが高級シャンパン・ドンペルーニョのボトルをテーブルに寄越した。ゴリ子は慣れた手つきでボトルを開封し、グラスに酒を注ぐ。
「器用なんですね」
もたつくことを予想していた妙は素直に褒める。
「あ、ええ、まあ。男の時は異性に見向きもされなかったけど、この姿で女になると流石に違いますね。結構、お客さんに指名いただいちゃって…」
営業トークで微笑むゴリ子は、まさにスナック・キャバレークラブ激戦区かぶき町の夜の蝶を演じきっている。
「やっぱり、今の性別のほうがよっぽど板について見えますね」
「アハッ、やっぱりそうかしら。自分でも最近そう思うの」
声を弾ませて可愛らしく笑うゴリ子にかつての近藤の面影はない。
元気そうね、近藤さん。土方さんも楽しそう。
妙は、隣の席の土方だったX子と、X子の腰を抱かんとする全蔵を見て微笑む。
「とりあえず、乾杯でもしましょ、お妙さん」
ゴリ子の細く長い指にそっと手を掴まれる。笑顔のゴリ子にシャンパングラスを持たされ、妙は頷いた。
「じゃあ、ゴリ子とお妙さんの再会に…乾杯っ」
ゴリ子の持つグラスが妙のグラスにかち合わされ、小さな高音が鳴った。それぞれの近況や仕事の話など会話は弾む。途中、ゴリ子指名の他の客に呼ばれたが、妙に再びドンペルーニョを注文され、更に別の客からも指名が入るが、妙はその度にドンペルーニョを注文した。結果、開店から閉店までゴリ子は妙の席を離れることはなかった。
店の明かりがちらほらと消えてゆくかぶき町の通りをゴリ子と妙は歩く。
「ひっく、お妙さん、もう、ホント大丈夫なの?まるでどこぞのゴリラストーカー並みのドンペリ三昧だったじゃない」
「お金のことなら心配しないで」
「ホントにホントぉ?」
「ホントにホントよ、ゴリ子さん」
「ドンペリのドンペリ割なんて、私、もう当分いいわ、ひっく」
互いに腰を抱きながら並んで歩くゴリ子と妙の足取りはおぼつかない。酒の酔いは一番に足元へときてはいるが、頭は妙に冴えているような感覚である。
ホントにどこのゴリラストーカーなの、お妙さん。でも、嬉しかった。どんな常連客に引きとめられるより、お妙さんに引きとめられたことが嬉しかった。やっぱ俺、お妙さん好きだなァなんて思った。でも、もう無理なんだよなァ。こんな体じゃ、お妙さんを幸せにすることなんかできやしねェ。
「ねぇ、お妙さん」
ほろ酔いで気分の良さげな声で呼ばれ、妙はすぐに返事する。
「なぁに、ゴリ子さん」
「私と友達になってくれない?」
「お水の仕事、慣れてきたけど、やっぱりまだまだ未熟者だなって痛感してるの。だからお妙さんのアドバイスがいつでも欲しいなって。それに、私、元男だからお客さんのこととか仕事絡みの相談乗れると思うのね」
「んー、いいわよ、ゴリ子さん」
なんとなしに頷いた妙の返事にゴリ子は視線を落とし、口角だけを上げた。
「ありがとう、お妙さん」
呟くように言って続ける。
「じゃあ~、これからお妙って呼んでいい?私のことはゴリ子って呼び捨てで呼んで、ね?」
「いいわよ。じゃあ、ゴリ子、これからもよろしくね」
言い出したのは自分である。わかっている。なのに、いざ妙の口から言われると刃で切られたような痛みを胸に感じる。
ゴリ子の横顔を見上げた妙は、その頬が一筋、街灯の明かりによって濡れ光っていることに気づいた。
「ははは、やっぱ、お妙さん、俺のこと、好きじゃなかったか、なんだかんだでひょっとしてなんて…けど、そっか、だよな…」
自分でも泣くつもりはなかったのだろう。ゴリ子は妙の腰を離し、さっと涙を拭う。
「近藤さん…」
ゴリ子とではなく、以前のように名前を呼ばれ、ゴリ子は我に返った。
「いや、お妙、気にしないでください。あれ、おかしいな俺、いや、私……」
近藤さん、本当に?まだ、私のこと、好きなの?
妙は、溢れ出る涙を拭うゴリ子に歩み寄った。
無理に平気な振りして、なんでもないって笑って、馬鹿ね。私、その強がってみせる気持ち、痛いくらいにわかるのよ、近藤さん。
性別が逆転しても自分より背の高いゴリ子の背中に両手を回し、抱き締める。
「お……妙さん……」
「平気な振りなんてしなくていいのよ。天堂無心ビームサーベ流には辛い時ほど笑えという教えがあるけど、泣きたい時には泣いていいの。それに私の前では無理して笑うことないわ。だって、私たち、友達でしょう?」
と、見上げられ、微笑む妙にゴリ子は意識なく顔を近づけた。唇が微かに触れる距離で止めたゴリ子は言う。
「ダメよ、お妙。私、こう見えても中身はゴリラのままなのよ?あなたみたいな小娘なんて腰砕けにできるくらいには、あなた以上に女のイイところを知ってる。だから、私に近づきすぎるとヤケドしちゃうわよ?」
と、ゴリ子は微笑んで妙から離れた。
「私のこと、友達だって認めてくれてありがとう。でも必要以上の接触はタブーよ。じゃないと、お妙を禁断の世界に引きずりこんじゃうんだから。そんなことしちゃったら、私のほうがタイホされちゃう」
街灯の明かりを背にしたゴリ子の表情は読み取れなくなってしまった。ゴリ子はどんな顔で言っているのだろう。
性別が変わっても心がそのままであれば、好きであった相手はそのまま好きであるのだろう。ただ、その相手も性別が変わっていないのであれば同じ性別になってしまう。たとえ相手のことを好きなままであっても結ばれない。異なった性別であれば、まだ結ばれる可能性はあった。
でも、私は性別を越えても好きでいてくれる気持ちが嬉しい。
妙は、ゴリ子の背中に額を寄せた。妙の体温を感じたゴリ子は、はっとする。
「いいの。あなただったら私…」
え゛え゛え゛え゛!!ちょっ、待っ、それって、俺が今、宝塚美人だからかコノヤロー!
「たとえ結ばれない恋でも、私、あなたとだったら、いいの…」
あ、アレ?ちょっとコレ、禁断な恋の悲劇なヒロインな感じでお妙さんのツボとかそんなんなの?つーか酔ってるし、まともな判断できてなくね?あァァァそうか!お妙さん、グレーゾーンだったんか!やっぱ九兵衛君と結構いい感じだったとか?!それなら合点がいく!それなら俺、女になって正解じゃん!九兵衛君、十兵衛のままで、俺、てっきりそっちのほうが勝ちだと思ってたけど、ホントはこっちが勝ちだったのか!て、んなわけないよね!!
「ごめん、お妙。私やっぱダメ。女になった以上は玉の輿にのらないと」
妙の得意とする笑顔の仮面を張りつけたゴリ子は明るい声で言った。妙はゴリ子から離れることなく静かに訊ねる。
「私のことを好きなゴリラの心のままで、男を好きになれるんですか?」
「なれますよ」
答えるゴリ子の語気が僅かながら強まる。
「なれないわ。私以外の人を好きになれるというのなら、とっくの昔にそうなってるんじゃないんですか?そうなってないってことは、あなたは私以外の人を好きになれないのよ」
期待した返事をしないゴリ子に苛立ち、妙の語気も強まる。ゴリ子は一息ついた。
これじゃあ埒があかねェ。お妙さん、一体どうしたいの?女になっても俺がお妙さんのことを好きでいるのは変わらないって、敢えて俺の口から言わせたいの?言ったところでどうにかなるもんでもないだろう。
「お妙さん、マジでダメですよ。勘弁してください。じゃないと、新八君にも、尾美一塾頭にも、顔向けできないじゃないですか。九兵衛君だって、きっと待ってるはずです。一度は嫁ごうとしたんですよね?なら、今度こそ、ちゃんと九兵衛君と向き合うべきです。それにお妙さんも十兵衛に満更でもなかったでしょう?」
「でも」
「でもじゃないですよ。『去る者は追わず』です」
「それなら『来る者は拒まず』は?」
「ハハハ、それを言いますか?俺、今まで散々ガンガンに行ってましたけど、全然オチてくれなかったじゃないですか。俺ァもうお妙さんへは行けない。いや、もう『行かない』です。去ろうとしてるから追いたくなってるだけで、俺のことを好きなわけじゃない。たとえ、好きだったところで、女同士じゃァどうにもならない。だから、わかってください。近藤勲は死んだんです。今、ここにいるのは近藤ゴリ子です」
断言され、妙はゴリ子に縋った。
そんなの、いや…。
「お妙さん、帰りましょう。こんなところにいつまでもいてたら体壊しますよ」
どうしてそんなこと言うの?宝塚美人でも、デッカイ乳ぶら下げてても、あなたは近藤勲でしょう?無理に女言葉使ったりしなくてもいいのよ。いつもの私を追いかけてくるあなたでいて欲しいの。どんなに殴り蹴飛ばしても、向かってくるあなたでいて欲しいの。なのに、近藤勲は死んだって、なんでそんな悲しいことを言うの?体が女になったからなんて関係ないわ。私の知ってる近藤勲は、そんなことなんて気にしない。どんなことがあったって、いつも間の抜けたゴリラ声で、お妙さァ~ん!て寄ってくるのよ。
「…あの人を…えして…」
小さな呟きはゴリ子の耳には届いていない。
「え?なんですか?」
振り返ったゴリ子を目の前に、妙は下唇を噛む。堪えようとしたが涙は溢れ出す。
「近藤さんを返して、ゴリ子。あのゴリラを返して、お願い…」
ぽろぽろと涙をこぼし、やがて泣きじゃくる。
なんで泣く、お妙さん。君はゴリラのことを嫌っていただろう。なのに、なんでゴリラを恋しがる?
切なさが胸に込みあがる。肩を震わせて涙する妙の細い肩に手を伸ばしたくなったが、ゴリ子の手はバッグの中に入った。
「バカね、お妙。ほら、ハンカチ。アンもう、そんなに泣いたらパンダ目になっちゃうわよ?」
ゴリ子は取り出した花柄のハンカチで妙の涙を優しく拭った。
「そんなに泣いてくれるなんて、あのゴリラもきっと浮かばれるわ。ありがとう、お妙」
にこりと笑ったゴリ子には、すでに近藤の面影がなかった。
ゴリ子は近藤さんなのに、まるで別人みたい。私はやっぱりムサ苦しくても、あのゴリラがいい…。
涙を収めた妙を自宅に送り届け、ゴリ子は夜道をひとりで歩く。
はァ。『だって、私たち、友達でしょう?』か。危なかったよな。無防備にあんな笑顔向けてくんだもんな。友達だって釘さされてんのにも関わらず、思わずキスとかしたくなるよね。まァ、俺ァ別に女のままでも、お妙さんとあんなこととかこんなこととかそんなこととか、全然やれるけどね。でも、お妙さんを好奇の目には晒せられねェよな。九兵衛君もこんな気持ちだったのかな。女友達ってのは距離が近いけど、なかなかどうして、つれェもんだな、九兵衛君。
「それだったらいっそ、このまま女としてみんなまとめて月雄さんのお世話になる方が、吉原で汗を流した方が、社会的に役立つと思うの」
土方だったX子もといトシ子と一緒になって抵抗した近藤だったゴリ子であったが、デコボッコ教に課せられた性別逆転の試練を乗り越えたゴリ子は性別逆転のまま一連の事件の終息を迎える。
地球にはいないデコボッコ教の大司教に向かって吠えるX子と銀子に、特別厳戒令の解除の町内放送。ゴリ子は豚園を誓った盟友たちの背中を呆然と見つめた。
終わった。何もかもが終わった。お妙さんの初恋の男、尾美一塾頭の件がようやく落ち着いたと言うのに。その一件からこっち、お妙さんとはそこそこいい感じになってきたような気がする手応えを感じていたのに。
お妙さんの気まぐれで野球観戦に一緒に行けることになって、いざ俺たちが近づこうものなら、それを阻むように天は雨だの槍だのよこしてくれた。たとえ天道に背こうとも俺が歩むはお妙さんへと向かう恋路、そして切っても切れねェ腐れ縁で繋がった仲間たちを護る侍道。…なんて啖呵なんぞきったもんだから、その天が怒ってんのかなァこれ。
ゴリ子は、女物の着物の袖をひらひらとさせた。
はァ、かみさまもう一発降ってこねェのかな…もうどうしようもねェのかな…。とかグダグダ思ってても仕方ねェ。
「トシ、とりあえず今後の身の振り方を考えよう。月雄さん、相談に乗ってくれるか?」
「冗談よせよ、近藤さん。その女、吉原の自警団だろ。そいつに相談するってことは」
反論するX子にゴリ子は手を挙げて制止する。
「かぶき町四天王はかぶき町の女王がそこにいるだろう。その姐さんにも一枚噛んでもらう」
ゴリ子は横目で妙を見やり、月詠であった月雄に向き直った。
男に戻れねェんなら、真選組改め、まん選組として再スタートしてもいい。だが、新しく道を拓くのもいいだろう。俺は、頼りねェ馬鹿でも奴らの頭だからな。こんな非常時には真っ先に動かなくちゃなんねェ。そうだろ、伊東先生?ボヤボヤしてたらあの世から伊東先生の小言が聞こえてくらァ。
話す月雄とX子、茶々を入れる総子、その後ろに佇んでいた妙は、両腕を組んで月雄に相槌をつくゴリ子をただ見つめた。性別が逆転したまん選組であるはずなのに、そこには元の真選組の姿がある。
近藤さん、私がかぶき町の女王だってこと知っていたの?ふふ、姐さんですって。変なの。…どうして、私の名前を呼ばないの?スナックすまいるで指名する時も、ゴリ子になって再会しても、いつだって、どんな時だって、お妙さんって呼んでたじゃない。なのに、どうして?
不意にゴリ子の視線が妙に移り、妙はどきりとした。
「お妙さん、いいですか?」
小首を傾げて寂しそうに笑ったゴリ子に元の近藤を見た妙は胸を痛めた。
「あ、はい…」
呼ばれて話の輪に入るが上の空であった。生まれ持った性別が逆転するなど常識では考えられないことが起こり、元に戻れなくなったのだ。確かに自分は運よく事を免れていた。だが、少数とは言えない人数が、その非常識な事態に陥っている。親身になって助言すべきだ。わかっているのに、気になって仕方がない。鼓動が急いて気分も落ち着かない。
諦めるの?近藤さん、私を諦めるの?
「じゃあ、とりあえずはそういう方向でいくか」
声を張り、呆然としているまん選組隊士をゴリ子は集め、X子は纏まった予定を隊士たちに説明し出す。妙は、新八に呼ばれて生返事をすると、九兵衛だった十兵衛、銀時だった銀子、神楽だった神楽惇、定春だった赤・兎馬春とともに帰路に就いた。
***
かぶき町、キャバクラミニスカポリス。その客席に近藤だったゴリ子と妙の姿があった。
デコボッコ教の一件で、性別逆転のまま生きることを余儀なくされた元真選組局長近藤勲のキャバクラ嬢デビューは先月のことだった。
「お妙さん、ありがとうございます」
「いいえ。このくらいどうってことないです。ゴリ子さんのほうがいつも私によくしてくれたでしょう?これは、ほんの気持ちです」
ボーイが高級シャンパン・ドンペルーニョのボトルをテーブルに寄越した。ゴリ子は慣れた手つきでボトルを開封し、グラスに酒を注ぐ。
「器用なんですね」
もたつくことを予想していた妙は素直に褒める。
「あ、ええ、まあ。男の時は異性に見向きもされなかったけど、この姿で女になると流石に違いますね。結構、お客さんに指名いただいちゃって…」
営業トークで微笑むゴリ子は、まさにスナック・キャバレークラブ激戦区かぶき町の夜の蝶を演じきっている。
「やっぱり、今の性別のほうがよっぽど板について見えますね」
「アハッ、やっぱりそうかしら。自分でも最近そう思うの」
声を弾ませて可愛らしく笑うゴリ子にかつての近藤の面影はない。
元気そうね、近藤さん。土方さんも楽しそう。
妙は、隣の席の土方だったX子と、X子の腰を抱かんとする全蔵を見て微笑む。
「とりあえず、乾杯でもしましょ、お妙さん」
ゴリ子の細く長い指にそっと手を掴まれる。笑顔のゴリ子にシャンパングラスを持たされ、妙は頷いた。
「じゃあ、ゴリ子とお妙さんの再会に…乾杯っ」
ゴリ子の持つグラスが妙のグラスにかち合わされ、小さな高音が鳴った。それぞれの近況や仕事の話など会話は弾む。途中、ゴリ子指名の他の客に呼ばれたが、妙に再びドンペルーニョを注文され、更に別の客からも指名が入るが、妙はその度にドンペルーニョを注文した。結果、開店から閉店までゴリ子は妙の席を離れることはなかった。
店の明かりがちらほらと消えてゆくかぶき町の通りをゴリ子と妙は歩く。
「ひっく、お妙さん、もう、ホント大丈夫なの?まるでどこぞのゴリラストーカー並みのドンペリ三昧だったじゃない」
「お金のことなら心配しないで」
「ホントにホントぉ?」
「ホントにホントよ、ゴリ子さん」
「ドンペリのドンペリ割なんて、私、もう当分いいわ、ひっく」
互いに腰を抱きながら並んで歩くゴリ子と妙の足取りはおぼつかない。酒の酔いは一番に足元へときてはいるが、頭は妙に冴えているような感覚である。
ホントにどこのゴリラストーカーなの、お妙さん。でも、嬉しかった。どんな常連客に引きとめられるより、お妙さんに引きとめられたことが嬉しかった。やっぱ俺、お妙さん好きだなァなんて思った。でも、もう無理なんだよなァ。こんな体じゃ、お妙さんを幸せにすることなんかできやしねェ。
「ねぇ、お妙さん」
ほろ酔いで気分の良さげな声で呼ばれ、妙はすぐに返事する。
「なぁに、ゴリ子さん」
「私と友達になってくれない?」
「お水の仕事、慣れてきたけど、やっぱりまだまだ未熟者だなって痛感してるの。だからお妙さんのアドバイスがいつでも欲しいなって。それに、私、元男だからお客さんのこととか仕事絡みの相談乗れると思うのね」
「んー、いいわよ、ゴリ子さん」
なんとなしに頷いた妙の返事にゴリ子は視線を落とし、口角だけを上げた。
「ありがとう、お妙さん」
呟くように言って続ける。
「じゃあ~、これからお妙って呼んでいい?私のことはゴリ子って呼び捨てで呼んで、ね?」
「いいわよ。じゃあ、ゴリ子、これからもよろしくね」
言い出したのは自分である。わかっている。なのに、いざ妙の口から言われると刃で切られたような痛みを胸に感じる。
ゴリ子の横顔を見上げた妙は、その頬が一筋、街灯の明かりによって濡れ光っていることに気づいた。
「ははは、やっぱ、お妙さん、俺のこと、好きじゃなかったか、なんだかんだでひょっとしてなんて…けど、そっか、だよな…」
自分でも泣くつもりはなかったのだろう。ゴリ子は妙の腰を離し、さっと涙を拭う。
「近藤さん…」
ゴリ子とではなく、以前のように名前を呼ばれ、ゴリ子は我に返った。
「いや、お妙、気にしないでください。あれ、おかしいな俺、いや、私……」
近藤さん、本当に?まだ、私のこと、好きなの?
妙は、溢れ出る涙を拭うゴリ子に歩み寄った。
無理に平気な振りして、なんでもないって笑って、馬鹿ね。私、その強がってみせる気持ち、痛いくらいにわかるのよ、近藤さん。
性別が逆転しても自分より背の高いゴリ子の背中に両手を回し、抱き締める。
「お……妙さん……」
「平気な振りなんてしなくていいのよ。天堂無心ビームサーベ流には辛い時ほど笑えという教えがあるけど、泣きたい時には泣いていいの。それに私の前では無理して笑うことないわ。だって、私たち、友達でしょう?」
と、見上げられ、微笑む妙にゴリ子は意識なく顔を近づけた。唇が微かに触れる距離で止めたゴリ子は言う。
「ダメよ、お妙。私、こう見えても中身はゴリラのままなのよ?あなたみたいな小娘なんて腰砕けにできるくらいには、あなた以上に女のイイところを知ってる。だから、私に近づきすぎるとヤケドしちゃうわよ?」
と、ゴリ子は微笑んで妙から離れた。
「私のこと、友達だって認めてくれてありがとう。でも必要以上の接触はタブーよ。じゃないと、お妙を禁断の世界に引きずりこんじゃうんだから。そんなことしちゃったら、私のほうがタイホされちゃう」
街灯の明かりを背にしたゴリ子の表情は読み取れなくなってしまった。ゴリ子はどんな顔で言っているのだろう。
性別が変わっても心がそのままであれば、好きであった相手はそのまま好きであるのだろう。ただ、その相手も性別が変わっていないのであれば同じ性別になってしまう。たとえ相手のことを好きなままであっても結ばれない。異なった性別であれば、まだ結ばれる可能性はあった。
でも、私は性別を越えても好きでいてくれる気持ちが嬉しい。
妙は、ゴリ子の背中に額を寄せた。妙の体温を感じたゴリ子は、はっとする。
「いいの。あなただったら私…」
え゛え゛え゛え゛!!ちょっ、待っ、それって、俺が今、宝塚美人だからかコノヤロー!
「たとえ結ばれない恋でも、私、あなたとだったら、いいの…」
あ、アレ?ちょっとコレ、禁断な恋の悲劇なヒロインな感じでお妙さんのツボとかそんなんなの?つーか酔ってるし、まともな判断できてなくね?あァァァそうか!お妙さん、グレーゾーンだったんか!やっぱ九兵衛君と結構いい感じだったとか?!それなら合点がいく!それなら俺、女になって正解じゃん!九兵衛君、十兵衛のままで、俺、てっきりそっちのほうが勝ちだと思ってたけど、ホントはこっちが勝ちだったのか!て、んなわけないよね!!
「ごめん、お妙。私やっぱダメ。女になった以上は玉の輿にのらないと」
妙の得意とする笑顔の仮面を張りつけたゴリ子は明るい声で言った。妙はゴリ子から離れることなく静かに訊ねる。
「私のことを好きなゴリラの心のままで、男を好きになれるんですか?」
「なれますよ」
答えるゴリ子の語気が僅かながら強まる。
「なれないわ。私以外の人を好きになれるというのなら、とっくの昔にそうなってるんじゃないんですか?そうなってないってことは、あなたは私以外の人を好きになれないのよ」
期待した返事をしないゴリ子に苛立ち、妙の語気も強まる。ゴリ子は一息ついた。
これじゃあ埒があかねェ。お妙さん、一体どうしたいの?女になっても俺がお妙さんのことを好きでいるのは変わらないって、敢えて俺の口から言わせたいの?言ったところでどうにかなるもんでもないだろう。
「お妙さん、マジでダメですよ。勘弁してください。じゃないと、新八君にも、尾美一塾頭にも、顔向けできないじゃないですか。九兵衛君だって、きっと待ってるはずです。一度は嫁ごうとしたんですよね?なら、今度こそ、ちゃんと九兵衛君と向き合うべきです。それにお妙さんも十兵衛に満更でもなかったでしょう?」
「でも」
「でもじゃないですよ。『去る者は追わず』です」
「それなら『来る者は拒まず』は?」
「ハハハ、それを言いますか?俺、今まで散々ガンガンに行ってましたけど、全然オチてくれなかったじゃないですか。俺ァもうお妙さんへは行けない。いや、もう『行かない』です。去ろうとしてるから追いたくなってるだけで、俺のことを好きなわけじゃない。たとえ、好きだったところで、女同士じゃァどうにもならない。だから、わかってください。近藤勲は死んだんです。今、ここにいるのは近藤ゴリ子です」
断言され、妙はゴリ子に縋った。
そんなの、いや…。
「お妙さん、帰りましょう。こんなところにいつまでもいてたら体壊しますよ」
どうしてそんなこと言うの?宝塚美人でも、デッカイ乳ぶら下げてても、あなたは近藤勲でしょう?無理に女言葉使ったりしなくてもいいのよ。いつもの私を追いかけてくるあなたでいて欲しいの。どんなに殴り蹴飛ばしても、向かってくるあなたでいて欲しいの。なのに、近藤勲は死んだって、なんでそんな悲しいことを言うの?体が女になったからなんて関係ないわ。私の知ってる近藤勲は、そんなことなんて気にしない。どんなことがあったって、いつも間の抜けたゴリラ声で、お妙さァ~ん!て寄ってくるのよ。
「…あの人を…えして…」
小さな呟きはゴリ子の耳には届いていない。
「え?なんですか?」
振り返ったゴリ子を目の前に、妙は下唇を噛む。堪えようとしたが涙は溢れ出す。
「近藤さんを返して、ゴリ子。あのゴリラを返して、お願い…」
ぽろぽろと涙をこぼし、やがて泣きじゃくる。
なんで泣く、お妙さん。君はゴリラのことを嫌っていただろう。なのに、なんでゴリラを恋しがる?
切なさが胸に込みあがる。肩を震わせて涙する妙の細い肩に手を伸ばしたくなったが、ゴリ子の手はバッグの中に入った。
「バカね、お妙。ほら、ハンカチ。アンもう、そんなに泣いたらパンダ目になっちゃうわよ?」
ゴリ子は取り出した花柄のハンカチで妙の涙を優しく拭った。
「そんなに泣いてくれるなんて、あのゴリラもきっと浮かばれるわ。ありがとう、お妙」
にこりと笑ったゴリ子には、すでに近藤の面影がなかった。
ゴリ子は近藤さんなのに、まるで別人みたい。私はやっぱりムサ苦しくても、あのゴリラがいい…。
涙を収めた妙を自宅に送り届け、ゴリ子は夜道をひとりで歩く。
はァ。『だって、私たち、友達でしょう?』か。危なかったよな。無防備にあんな笑顔向けてくんだもんな。友達だって釘さされてんのにも関わらず、思わずキスとかしたくなるよね。まァ、俺ァ別に女のままでも、お妙さんとあんなこととかこんなこととかそんなこととか、全然やれるけどね。でも、お妙さんを好奇の目には晒せられねェよな。九兵衛君もこんな気持ちだったのかな。女友達ってのは距離が近いけど、なかなかどうして、つれェもんだな、九兵衛君。
呼び捨ては仲良くなった証
Text by mimiko.
2013/04/17