1の続き。ちゅうしてます。
捏造設定→近藤さんの自宅は屯所とは別にある
捏造設定→近藤さんの自宅は屯所とは別にある
一夜限りの関係は調子付いて勢いに乗ること 2
「適当に楽にして下さい。今、お茶淹れますんで」
と、近藤はキッチンへと入る。
通された部屋は高層マンションの見晴らしの良い一室だった。シンプルなモノトーン色の家具で統一された都会のモデルルームのようで生活感は感じられない。
「ひとりで住んでらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ」
窓の傍から江戸の街並みを眺める妙を見やりながらコンロに置いたやかんに火を点ける。
――これくらいのマンション持ってなきゃあ女連れ込めないぞォ――とかって松平のとっつぁんに勧められるままだったんだけどね。
「けど俺、寂しがり屋なんでほとんど屯所に泊まってます」
と、笑うと急須に茶葉を入れる。
どどどどどうしちゃったのお妙さんんんん?!いつもの君なら俺についてこないよね?!男の部屋よ?!しかもここ俺ん家よ?!何コレ、いっちゃってもいいの?!マジいいの!?俺、勘違いしてなくね?!
妙は窓辺から移動し、リビング中央のテーブルの上にあったテレビリモコンのスイッチを入れた。ソファに腰掛け、電源を入れても瞬時に映し出されない大きな黒い画面を見つめる。
すごく立派なテレビ。うちにあるのとは比べ物にならないわ。近藤さんって稼いでるのね。
やがて画面が映し出され流れた音声に妙は目を見開いて言葉を失くした。
「あぁっ、いやぁん、だめぇぇっ」
女の喘ぎ声と共に映像処理が施された画面が映し出されていた。近藤は手元を狂わせ、取り出した湯呑みをかちゃかちゃと音を立ててカウンターに置く。
ノォォォォ!!そのままァァァァ!!
そういえば先日ここへ来た時に緊急通報があり、DVDプレイヤーの電源が切れているかどうかしっかり確認せずに出て行った。近藤は血の気の引いた顔でキッチンから慌ててリビングにやってくるとリモコンでテレビの電源を切った。
「そのためにここがあるんですね……」
低い声で言われ、ぎくりとする。
「いやだなァ、だっはっはっ、そんなわけないじゃないですかァ」
うわァ、なんか生きた心地しねェ……。ていうか俺すでに死んでない?!もうちょっとしたらアベシとかヒデブとか言っちゃわない?!
俯いたままの妙を引き攣った笑顔で見つめながら逃げるようにキッチンへ戻り、蒸気が噴き出しているやかんの火を止めた。ぎこちない動きで急須に湯を注ぎ、蒸らす。そして目を閉じ、念仏を唱えるように心の中で自分に言い聞かせる。
どうにか名誉挽回するんだ勲。折角のチャンスが台無し勲。
しかし、そわそわとした気分は落ち着かない。気分を切り替えようと一息つき、湯呑みに茶を注いだ。
て、どーやって?!コレやばいよね!完全にフォローできないよね!どう足掻いても男の欲望曝け出すことになるよね!どーしよトシ!俺どーしたらフォロ藤フォロ勲になれんの?!
背中に嫌な汗を掻きつつ平静を装い、茶を運ぶ。テーブルに湯呑みを置き、妙を見ると目を見開いた。妙は立ち上がり、脱いだ着物をソファの脇へ掛けている。
ええェェェェ?!ちょっええェェェェ?!なんで脱いでんのォォォォ?!
妙は襦袢姿になってソファへ座り直すと湯呑みを手にして微笑む。
「いただきます」
「あ、はい、粗茶ですが」
茶を一口飲むと「おいしいです」と微笑んだ。
「あ、そですか、良かったです」
アレ?錯覚?すっごい普通だよね?え、どゆこと?
近藤は瞬きを繰り返し、目を手の甲で擦った。
ああ、アレか。俺、透視してんだわ。だっておかしいでしょ。お妙さんが俺の前で襦袢姿とかありえなくね?!
近藤は目を凝らし、再度見ると妙は微笑み返してきた。
ああ、アレか、きっとアレだよ。俺には見えない着物着てんだよ。だっておかしいでしょ。お妙さんが俺の前で襦袢姿とかありえなくね?!
茶でも飲んで気を落ち着かせようと湯呑みに口をつけるとブォンと機械音が鳴り、近藤はその方を見る。
「ダメ、ダメ、もうイッちゃうゥゥ……!」
再びテレビの電源が入り、先程の映像が流れると近藤は口に含んでいた茶を盛大に噴き出した。噴いた茶は気管にも入りそうになり、また盛大に咳き込んだ。
「あらあら、大丈夫ですか?」
膝を開いて座っていた近藤の傍に接近するように床に両膝を突き、自分のハンカチで近藤の濡れた隊服を拭く。襦袢姿の妙の体の線がいつもよりわかり、近藤は頬を赤くした。
ハンカチで軽く叩くように拭かれると胸が微かに揺れているのに気づき、妙から視線を逸らせた。
「随分、噴いちゃったんですね」
ハンカチで拭かれる箇所が内腿から足の付け根へと移動し、近藤はびくりとした。
ちょとォォ!この子自分が何やってるかわかってんの?!ちゃんとわかってんの?!
「ああいうことしないんですか?」
妙はちらりとテレビを見やると視線を近藤の隊服へ戻す。
「え」
「私だってただお茶を飲みにここへついてきたわけじゃありませんよ」
妙は眉を寄せ、近藤を見上げる。
どきりとした。だってそうだろう。好きな女にそんな姿で切なげに見つめられてみろ、体が反応したっておかしくない。けど、私だってって何?何と比べてんの?男となんかするために、たまたま通りすがった自分に言い寄るゴリラについてきたの?何それ、俺、バカにされてんの?でも、それも仕方ないかァ。だって好きなんだもん。殴られようが蹴られようが馬鹿にされようが惚れてる。しっかしなんなの?なんでそんなムキになってんの?どう考えても男を挑発してるってわかっててやってる。けど、男を知らない娘がやるようなことじゃないよね。それにお妙さんみたいな真面目な娘がやるようなことでもないよね。
妙を怒らせる身近な人物を挙げるなら、あの銀髪くらいしか思い浮かばない。近藤は溜め息をついた。
あ、そっか、あの野郎か。そだよね……。
「どうしたんです?そんなにムキになって」
落ち着いてはいるが突き放すような声音に妙はびくりとした。
「いやだわ、近藤さん。ムキになんてなってないじゃないですか」
と、俯き、右手で自分の左手を抱く。細い肩が泣いているように見え、近藤は眉を下げた。
「着物を着て下さい。そんな姿でいたら風邪引いちゃいますよ」
テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切る。妙の着物を取りに行こうと立ち上がるが、妙は近藤の足の間に寄り、立ち上がれなくなった。
「ど……」
と、言ったきり黙り込んでしまったが、妙は振り絞るように声を発する。
「どうしたらいいか教えて下さい」
その声は少し震えており、近藤は自分へと伸ばされた手を掴んだ。
真顔で何を考えているか汲み取れない。妙は声を出せずに体を硬直させた。
「お妙さん、今日はどうかしてますね。君らしくない」
眉を下げ、寂しげな声に妙の胸がちくりと痛んだ。
がっかりしてる顔。どうして?あなたはあんなに私のことを好きだと言ってるじゃないですか。なのにどうしてそんな顔をするの?あなたとそういうことをしようとしたのに嬉しくないんですか?
「どうしろと言うんです……?」
妙は俯いたまま呟いた。
「だから私はあなたが嫌いなんです……」
目頭が熱くなり、妙の瞳に涙が溜まる。
「私のことをわかっているように言って、あなたは私をどれ程わかってるって言うんです?見透かしたような目で見ないで下さい」
妙は顔を上げる。
「私に近寄らないでっていつも言ってるじゃないですか!私はあなたが嫌いなの……!」
涙を流しながら言い切ると、寂しげな表情の近藤を見ていられなくなった妙は俯いた。
一方的でも近藤さんなら何も言わずに受け入れてくれると少しは思った。でも違う。そうよね、いつも顔を見る度ぶちのめしてるのに急にこんなことしようとしておかしいわよね。完全な八つ当たりだわ。わかってる、わかってるのよ。
先日、万事屋の近くで口づけを交わす銀時とあやめの姿が脳裏を横切る。妙はそれを掻き消すように近藤の顔を見た。
いつもの顔で笑って下さい。あなたのあの顔を見ると何か嫌なことがあってもすぐにその顔に苛立ってあなたを殴ってすっきりできるんです。
妙は息を詰まらせ涙を流す。
何考えてるの、私。こんなの滅茶苦茶だわ。
涙で近藤の顔がぼやける。
都合のいいことを言っても、むしゃくしゃして当り散らしても、あなたなら許してくれる。そう思ってしまうからあなたが嫌いなの、甘えたくなるのよ。こんな自分勝手でずるいことを平然とやってしまいそうになるのよ。
妙は掴まれていた手を振り解く。
「放して下さいっ」
腕を振った勢いで近藤の頬を妙の爪が引っかいた。血が流れるほどではなかったが、近藤の頬に細く赤い線が出来る。
「あ……」
すぐに謝ろうとしたが、それを飲み込んだ。妙は頬の傷を見て視線を落とす。
「あなたといると私はどんどん嫌な女になるんです。だから私の傍へ寄ってこないで下さい」
「はは、そうでしたか、すみません」
覇気のない乾いた笑い声にびくりとする。
あ、私、何度も嫌いだって近寄らないでって……。
妙は自分の発した言葉を思い返し、傷つけたと後悔するが近藤の顔も見ることが出来ず、何も言えなくなってしまった。
「とりあえず、着物着ましょうか。そんな姿じゃ帰れませんよ」
近藤はソファと妙に挟まれている間をすり抜け、着物を拾うと膝立ちのまま動かない妙の肩に着物を掛けた。それでも動こうとしない妙を見て、近藤は妙を立たせて着付けをする。
帯を締めようとして手を止めた。
「お妙さん、帯締めますよ、ちゃんと立ってて下さいね」
声を掛けられ、ぼそりと言う。
「どうして怒らないんですか……」
近藤は俯いたままの妙の様子を窺う。
「私、とっても自分勝手なことをして一方的にあなたが嫌いだと言ったんですよ」
妙が顔を上げると近藤はにこりと笑う。
「トシや総悟、他の隊士、みんなそうです。おかしなことをしでかした裏にはそれなりの理由がある。なのに意地張ったりなんだったりで腹を割らねェ。今のお妙さんもそうでしょう」
それなりの理由?そんなものないわ。
近藤は妙の帯を締めようとする。
「やめて……」
妙の言葉に近藤は手を止めた。
ただ嫉妬して八つ当たりしているだけのどこにそれなりの理由があるって言うの?
「やめて下さい、近藤さん。私はそんな大層な女じゃないわ。私を買いかぶらないで下さい!あなたがそうやって文句も言わずに私を許すから私は自分で自分が許せなくなるんです!」
妙は声を荒げ、再び涙を滲ませる。近藤は一度閉じた瞼を上げると妙の目をまっすぐに見下ろす。
「文句を言えばいいんですね」
威圧するような声と鋭い視線に妙は肩を揺らす。初めて見る近藤に妙は言葉を失くした。
「その気もねェくせにてめェに気を持ってる男の部屋に上がり込んで嫌いだ近寄るなだのと喚き散す。男の気持ちを弄んで愉しんでるってのか」
詰め寄られ、妙は後ずさるが顎を掴まれて立ち止まる。
「ああ、違うか。てめェから脱いだんだからただ男と遊びたかっただけかァ。とんだ阿婆擦れだなァオイ。こんな女に惚れるなんて俺もヤキが回ったもんだ。男なら誰にでも足を開くんだからよォ」
妙は頭に血を上らせ、近藤の頬を強く叩いた。近藤は妙に向き直り、目をじっと見つめると顎を放す。それまでの表情をぱっと崩し、小首を傾げて微笑んだ。
「気は晴れましたか?」
「え……」
どういうこと?
妙は近藤の芝居にまんまと乗せられたことに戸惑い、頬を摩る近藤を見つめる。
「いやァ、利きました」
と、笑う。
なんて人……。
にこにこと笑っている。妙は気を抜かし、その場へ力なく座り込んだ。
「あ、大丈夫ですかっ」
慌ててしゃがみ、心配そうに自分を見ている。紛れもなくいつもの近藤だ。行き場のない憤りを晴らさせてやろうと、わざと癇に障るようなことを言った。いや、言わせてしまった。近藤はどんな気持ちでいただろうか。自分はなんてことをしてしまったんだろう。こんなにも自分を思い、気遣ってくれる者の心を振り回した。妙は再び涙を溢れさせる。
「ごめ、んなさい、こんど、さん……ごめんなさい……」
子供のように泣きじゃくり涙を拭う妙の頭を近藤は優しく撫でる。
「いいですよ、汚れ役は買ってでもしろって言いますから」
そんなの聞いたことないわ。
妙は噴き出し、泣きながら笑う。
おかしな人。なのに優しい人。とっても優しい人。
涙を流しながら妙は顔を上げると先程自分が叩き、赤く腫れた左頬に触れる。熱を持ち、暫くすれば今より腫れあがってくるだろう。離した手で再び頬に触れると近藤は顔を歪めた。
「口の中切れてないですか?」
妙に訊かれて近藤は口を開けては閉じる。口内に痛みは感じなかったが、唇の端に小さな痛みを感じた。妙は下唇の端が切れて少量の出血をしていることに気づき、近藤の両頬に手を添えると傷をそっと舐める。近藤は目を見開き何が起こったのかすぐに理解出来ずにいたが、小さな痛みに我に返った。
お妙さん?てか何コレどうなってんの?現実?
小さな傷は微かに痛みを感じるのにその痛みが優しく和らげられている。夢にしては傷による痛みがあり、まるで現実に起こっていることのように思える。
妙は舌を離し、頬に添えていた両手を近藤の肩へと置く。妙の顔がすぐ傍にある。
「……」
薄く開いていた口から呼吸し、下唇の端が濡れていることを意識する。夢でも妄想でもなく確かに妙に傷を舐められた。どうしてこのようなことをしたのか尋ねたい。だが確認するのが怖い。近藤は何も言うことなく、すぐ傍の妙の唇を見つめると顔を傾けた。唇は重なり、一度離されたが再び向きを変えて傾けるとまた重なる。
「調子に乗りますよ……」
僅かに唇が離れた隙に呟くように言うと妙の返事を聞く前に唇を割り塞いだ。舌をくすぐるように動く近藤の舌は熱く、妙は体の力が抜けそうになるのをなんとか堪える。近藤の右腕が背中に回り、抱き寄せられるとゆっくりと弄ばれていた舌が痺れたように感じて妙はくぐもった声を洩らす。このままでは落ちてしまう。妙は両手の隊服をぎゅっと掴んだ。従順に動いていた舌が近藤の舌を押し返すように動き、近藤は妙の舌先を唇で包むと吸うようにして放した。
「はぁ……」
近藤の唇が離れると同時に吐息が洩れた。
なんて声出してるの。でも気持ち良かった。
妙は頬を染め、唇が離れていくのを見つめる。自分を見つめる近藤の目が視界に入ると妙は近藤の顔を両手で押し出した。近藤は呻き声を上げ、そのままひっくり返るように倒れ後頭部を床へと打つ。
私、近藤さんと……。
今頃になって鼓動がいつもより速く鳴っていることに気づき、更に鼓動を速める。
「な、な……」
妙は頭に血を上らせ、口をぱくぱくとさせる。近藤は打った頭を摩りながら体を起こし、視線を感じた妙は顔を真っ赤にした。
なんで私、近藤さんとキスしてたの?!
「何するのよ近藤さん!あなた図に乗り過ぎだわ!」
「はは、すみません」
照れ臭そうに笑う近藤に妙は詰め寄り、膝の上へ乗ると拳を握る。前かがみになった妙の胸元がちらつき、両手で制止した。
「ちょっ、お妙さん待って!着物ちゃんと着てないから!見えてるから!それにこの体勢もいろいろマズイから!」
慌てて近藤の膝の上から下り、羽織っている着物の襟を閉じた。
これじゃあ図に乗ったゴリラを殴れもしないじゃない!あんなキスなんてして、もう!
妙は顔を赤くしたまま唇を指で触れる。先程のことを意識し、苛立って当り散らしていた気分がすっかり抜けた様子に近藤は微笑んだ。
立ち上がると寝室へ行き、浴衣を持って居間へ戻る。妙に自分の浴衣を差し出し、にこりと笑う。
「お妙さん、今晩はパジャマトークしませんか、ほら、修学旅行みたいな感じに」
満面な笑みに妙は顔を引き攣らせる。
「何するつもりですか?」
「何って、ただ一晩中ピロートークを……」
変なことを言っただろうかと思った近藤は首を傾げている。
「一晩中……?」
妙の片眉がぴくりと上がり、はっとした。
「いや、違いますよ。ただほんとに肩の力抜いて他愛無い話でもしてたらお妙さんの気も紛れるんじゃないかと思ったんですって!」
両手を振って懸命に言う近藤に妙はくすりと笑った。
この人、天然でお人好しなんだわ。
「たまにはそういうのもいいですね。けど、これ以上変なことはなしですよ」
「はい。でもお妙さんがまたキスして欲しかったらいくらでもしますよ」
調子の良い発言に妙は菩薩の微笑みのまま立ち上がると近藤の腹部に拳を入れた。
「誰がゴリラともう一度間違い起こすかよ、ええェ?」
「うぐゥゥ、じょ、ぐえォ、冗談ですってばァ、ははは」
入れられた拳をそのまま幾度か捻じ込まれ、近藤はその度短く呻き声を出しながら笑った。
と、近藤はキッチンへと入る。
通された部屋は高層マンションの見晴らしの良い一室だった。シンプルなモノトーン色の家具で統一された都会のモデルルームのようで生活感は感じられない。
「ひとりで住んでらっしゃるんですか?」
「ええ、まあ」
窓の傍から江戸の街並みを眺める妙を見やりながらコンロに置いたやかんに火を点ける。
――これくらいのマンション持ってなきゃあ女連れ込めないぞォ――とかって松平のとっつぁんに勧められるままだったんだけどね。
「けど俺、寂しがり屋なんでほとんど屯所に泊まってます」
と、笑うと急須に茶葉を入れる。
どどどどどうしちゃったのお妙さんんんん?!いつもの君なら俺についてこないよね?!男の部屋よ?!しかもここ俺ん家よ?!何コレ、いっちゃってもいいの?!マジいいの!?俺、勘違いしてなくね?!
妙は窓辺から移動し、リビング中央のテーブルの上にあったテレビリモコンのスイッチを入れた。ソファに腰掛け、電源を入れても瞬時に映し出されない大きな黒い画面を見つめる。
すごく立派なテレビ。うちにあるのとは比べ物にならないわ。近藤さんって稼いでるのね。
やがて画面が映し出され流れた音声に妙は目を見開いて言葉を失くした。
「あぁっ、いやぁん、だめぇぇっ」
女の喘ぎ声と共に映像処理が施された画面が映し出されていた。近藤は手元を狂わせ、取り出した湯呑みをかちゃかちゃと音を立ててカウンターに置く。
ノォォォォ!!そのままァァァァ!!
そういえば先日ここへ来た時に緊急通報があり、DVDプレイヤーの電源が切れているかどうかしっかり確認せずに出て行った。近藤は血の気の引いた顔でキッチンから慌ててリビングにやってくるとリモコンでテレビの電源を切った。
「そのためにここがあるんですね……」
低い声で言われ、ぎくりとする。
「いやだなァ、だっはっはっ、そんなわけないじゃないですかァ」
うわァ、なんか生きた心地しねェ……。ていうか俺すでに死んでない?!もうちょっとしたらアベシとかヒデブとか言っちゃわない?!
俯いたままの妙を引き攣った笑顔で見つめながら逃げるようにキッチンへ戻り、蒸気が噴き出しているやかんの火を止めた。ぎこちない動きで急須に湯を注ぎ、蒸らす。そして目を閉じ、念仏を唱えるように心の中で自分に言い聞かせる。
どうにか名誉挽回するんだ勲。折角のチャンスが台無し勲。
しかし、そわそわとした気分は落ち着かない。気分を切り替えようと一息つき、湯呑みに茶を注いだ。
て、どーやって?!コレやばいよね!完全にフォローできないよね!どう足掻いても男の欲望曝け出すことになるよね!どーしよトシ!俺どーしたらフォロ藤フォロ勲になれんの?!
背中に嫌な汗を掻きつつ平静を装い、茶を運ぶ。テーブルに湯呑みを置き、妙を見ると目を見開いた。妙は立ち上がり、脱いだ着物をソファの脇へ掛けている。
ええェェェェ?!ちょっええェェェェ?!なんで脱いでんのォォォォ?!
妙は襦袢姿になってソファへ座り直すと湯呑みを手にして微笑む。
「いただきます」
「あ、はい、粗茶ですが」
茶を一口飲むと「おいしいです」と微笑んだ。
「あ、そですか、良かったです」
アレ?錯覚?すっごい普通だよね?え、どゆこと?
近藤は瞬きを繰り返し、目を手の甲で擦った。
ああ、アレか。俺、透視してんだわ。だっておかしいでしょ。お妙さんが俺の前で襦袢姿とかありえなくね?!
近藤は目を凝らし、再度見ると妙は微笑み返してきた。
ああ、アレか、きっとアレだよ。俺には見えない着物着てんだよ。だっておかしいでしょ。お妙さんが俺の前で襦袢姿とかありえなくね?!
茶でも飲んで気を落ち着かせようと湯呑みに口をつけるとブォンと機械音が鳴り、近藤はその方を見る。
「ダメ、ダメ、もうイッちゃうゥゥ……!」
再びテレビの電源が入り、先程の映像が流れると近藤は口に含んでいた茶を盛大に噴き出した。噴いた茶は気管にも入りそうになり、また盛大に咳き込んだ。
「あらあら、大丈夫ですか?」
膝を開いて座っていた近藤の傍に接近するように床に両膝を突き、自分のハンカチで近藤の濡れた隊服を拭く。襦袢姿の妙の体の線がいつもよりわかり、近藤は頬を赤くした。
ハンカチで軽く叩くように拭かれると胸が微かに揺れているのに気づき、妙から視線を逸らせた。
「随分、噴いちゃったんですね」
ハンカチで拭かれる箇所が内腿から足の付け根へと移動し、近藤はびくりとした。
ちょとォォ!この子自分が何やってるかわかってんの?!ちゃんとわかってんの?!
「ああいうことしないんですか?」
妙はちらりとテレビを見やると視線を近藤の隊服へ戻す。
「え」
「私だってただお茶を飲みにここへついてきたわけじゃありませんよ」
妙は眉を寄せ、近藤を見上げる。
どきりとした。だってそうだろう。好きな女にそんな姿で切なげに見つめられてみろ、体が反応したっておかしくない。けど、私だってって何?何と比べてんの?男となんかするために、たまたま通りすがった自分に言い寄るゴリラについてきたの?何それ、俺、バカにされてんの?でも、それも仕方ないかァ。だって好きなんだもん。殴られようが蹴られようが馬鹿にされようが惚れてる。しっかしなんなの?なんでそんなムキになってんの?どう考えても男を挑発してるってわかっててやってる。けど、男を知らない娘がやるようなことじゃないよね。それにお妙さんみたいな真面目な娘がやるようなことでもないよね。
妙を怒らせる身近な人物を挙げるなら、あの銀髪くらいしか思い浮かばない。近藤は溜め息をついた。
あ、そっか、あの野郎か。そだよね……。
「どうしたんです?そんなにムキになって」
落ち着いてはいるが突き放すような声音に妙はびくりとした。
「いやだわ、近藤さん。ムキになんてなってないじゃないですか」
と、俯き、右手で自分の左手を抱く。細い肩が泣いているように見え、近藤は眉を下げた。
「着物を着て下さい。そんな姿でいたら風邪引いちゃいますよ」
テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を切る。妙の着物を取りに行こうと立ち上がるが、妙は近藤の足の間に寄り、立ち上がれなくなった。
「ど……」
と、言ったきり黙り込んでしまったが、妙は振り絞るように声を発する。
「どうしたらいいか教えて下さい」
その声は少し震えており、近藤は自分へと伸ばされた手を掴んだ。
真顔で何を考えているか汲み取れない。妙は声を出せずに体を硬直させた。
「お妙さん、今日はどうかしてますね。君らしくない」
眉を下げ、寂しげな声に妙の胸がちくりと痛んだ。
がっかりしてる顔。どうして?あなたはあんなに私のことを好きだと言ってるじゃないですか。なのにどうしてそんな顔をするの?あなたとそういうことをしようとしたのに嬉しくないんですか?
「どうしろと言うんです……?」
妙は俯いたまま呟いた。
「だから私はあなたが嫌いなんです……」
目頭が熱くなり、妙の瞳に涙が溜まる。
「私のことをわかっているように言って、あなたは私をどれ程わかってるって言うんです?見透かしたような目で見ないで下さい」
妙は顔を上げる。
「私に近寄らないでっていつも言ってるじゃないですか!私はあなたが嫌いなの……!」
涙を流しながら言い切ると、寂しげな表情の近藤を見ていられなくなった妙は俯いた。
一方的でも近藤さんなら何も言わずに受け入れてくれると少しは思った。でも違う。そうよね、いつも顔を見る度ぶちのめしてるのに急にこんなことしようとしておかしいわよね。完全な八つ当たりだわ。わかってる、わかってるのよ。
先日、万事屋の近くで口づけを交わす銀時とあやめの姿が脳裏を横切る。妙はそれを掻き消すように近藤の顔を見た。
いつもの顔で笑って下さい。あなたのあの顔を見ると何か嫌なことがあってもすぐにその顔に苛立ってあなたを殴ってすっきりできるんです。
妙は息を詰まらせ涙を流す。
何考えてるの、私。こんなの滅茶苦茶だわ。
涙で近藤の顔がぼやける。
都合のいいことを言っても、むしゃくしゃして当り散らしても、あなたなら許してくれる。そう思ってしまうからあなたが嫌いなの、甘えたくなるのよ。こんな自分勝手でずるいことを平然とやってしまいそうになるのよ。
妙は掴まれていた手を振り解く。
「放して下さいっ」
腕を振った勢いで近藤の頬を妙の爪が引っかいた。血が流れるほどではなかったが、近藤の頬に細く赤い線が出来る。
「あ……」
すぐに謝ろうとしたが、それを飲み込んだ。妙は頬の傷を見て視線を落とす。
「あなたといると私はどんどん嫌な女になるんです。だから私の傍へ寄ってこないで下さい」
「はは、そうでしたか、すみません」
覇気のない乾いた笑い声にびくりとする。
あ、私、何度も嫌いだって近寄らないでって……。
妙は自分の発した言葉を思い返し、傷つけたと後悔するが近藤の顔も見ることが出来ず、何も言えなくなってしまった。
「とりあえず、着物着ましょうか。そんな姿じゃ帰れませんよ」
近藤はソファと妙に挟まれている間をすり抜け、着物を拾うと膝立ちのまま動かない妙の肩に着物を掛けた。それでも動こうとしない妙を見て、近藤は妙を立たせて着付けをする。
帯を締めようとして手を止めた。
「お妙さん、帯締めますよ、ちゃんと立ってて下さいね」
声を掛けられ、ぼそりと言う。
「どうして怒らないんですか……」
近藤は俯いたままの妙の様子を窺う。
「私、とっても自分勝手なことをして一方的にあなたが嫌いだと言ったんですよ」
妙が顔を上げると近藤はにこりと笑う。
「トシや総悟、他の隊士、みんなそうです。おかしなことをしでかした裏にはそれなりの理由がある。なのに意地張ったりなんだったりで腹を割らねェ。今のお妙さんもそうでしょう」
それなりの理由?そんなものないわ。
近藤は妙の帯を締めようとする。
「やめて……」
妙の言葉に近藤は手を止めた。
ただ嫉妬して八つ当たりしているだけのどこにそれなりの理由があるって言うの?
「やめて下さい、近藤さん。私はそんな大層な女じゃないわ。私を買いかぶらないで下さい!あなたがそうやって文句も言わずに私を許すから私は自分で自分が許せなくなるんです!」
妙は声を荒げ、再び涙を滲ませる。近藤は一度閉じた瞼を上げると妙の目をまっすぐに見下ろす。
「文句を言えばいいんですね」
威圧するような声と鋭い視線に妙は肩を揺らす。初めて見る近藤に妙は言葉を失くした。
「その気もねェくせにてめェに気を持ってる男の部屋に上がり込んで嫌いだ近寄るなだのと喚き散す。男の気持ちを弄んで愉しんでるってのか」
詰め寄られ、妙は後ずさるが顎を掴まれて立ち止まる。
「ああ、違うか。てめェから脱いだんだからただ男と遊びたかっただけかァ。とんだ阿婆擦れだなァオイ。こんな女に惚れるなんて俺もヤキが回ったもんだ。男なら誰にでも足を開くんだからよォ」
妙は頭に血を上らせ、近藤の頬を強く叩いた。近藤は妙に向き直り、目をじっと見つめると顎を放す。それまでの表情をぱっと崩し、小首を傾げて微笑んだ。
「気は晴れましたか?」
「え……」
どういうこと?
妙は近藤の芝居にまんまと乗せられたことに戸惑い、頬を摩る近藤を見つめる。
「いやァ、利きました」
と、笑う。
なんて人……。
にこにこと笑っている。妙は気を抜かし、その場へ力なく座り込んだ。
「あ、大丈夫ですかっ」
慌ててしゃがみ、心配そうに自分を見ている。紛れもなくいつもの近藤だ。行き場のない憤りを晴らさせてやろうと、わざと癇に障るようなことを言った。いや、言わせてしまった。近藤はどんな気持ちでいただろうか。自分はなんてことをしてしまったんだろう。こんなにも自分を思い、気遣ってくれる者の心を振り回した。妙は再び涙を溢れさせる。
「ごめ、んなさい、こんど、さん……ごめんなさい……」
子供のように泣きじゃくり涙を拭う妙の頭を近藤は優しく撫でる。
「いいですよ、汚れ役は買ってでもしろって言いますから」
そんなの聞いたことないわ。
妙は噴き出し、泣きながら笑う。
おかしな人。なのに優しい人。とっても優しい人。
涙を流しながら妙は顔を上げると先程自分が叩き、赤く腫れた左頬に触れる。熱を持ち、暫くすれば今より腫れあがってくるだろう。離した手で再び頬に触れると近藤は顔を歪めた。
「口の中切れてないですか?」
妙に訊かれて近藤は口を開けては閉じる。口内に痛みは感じなかったが、唇の端に小さな痛みを感じた。妙は下唇の端が切れて少量の出血をしていることに気づき、近藤の両頬に手を添えると傷をそっと舐める。近藤は目を見開き何が起こったのかすぐに理解出来ずにいたが、小さな痛みに我に返った。
お妙さん?てか何コレどうなってんの?現実?
小さな傷は微かに痛みを感じるのにその痛みが優しく和らげられている。夢にしては傷による痛みがあり、まるで現実に起こっていることのように思える。
妙は舌を離し、頬に添えていた両手を近藤の肩へと置く。妙の顔がすぐ傍にある。
「……」
薄く開いていた口から呼吸し、下唇の端が濡れていることを意識する。夢でも妄想でもなく確かに妙に傷を舐められた。どうしてこのようなことをしたのか尋ねたい。だが確認するのが怖い。近藤は何も言うことなく、すぐ傍の妙の唇を見つめると顔を傾けた。唇は重なり、一度離されたが再び向きを変えて傾けるとまた重なる。
「調子に乗りますよ……」
僅かに唇が離れた隙に呟くように言うと妙の返事を聞く前に唇を割り塞いだ。舌をくすぐるように動く近藤の舌は熱く、妙は体の力が抜けそうになるのをなんとか堪える。近藤の右腕が背中に回り、抱き寄せられるとゆっくりと弄ばれていた舌が痺れたように感じて妙はくぐもった声を洩らす。このままでは落ちてしまう。妙は両手の隊服をぎゅっと掴んだ。従順に動いていた舌が近藤の舌を押し返すように動き、近藤は妙の舌先を唇で包むと吸うようにして放した。
「はぁ……」
近藤の唇が離れると同時に吐息が洩れた。
なんて声出してるの。でも気持ち良かった。
妙は頬を染め、唇が離れていくのを見つめる。自分を見つめる近藤の目が視界に入ると妙は近藤の顔を両手で押し出した。近藤は呻き声を上げ、そのままひっくり返るように倒れ後頭部を床へと打つ。
私、近藤さんと……。
今頃になって鼓動がいつもより速く鳴っていることに気づき、更に鼓動を速める。
「な、な……」
妙は頭に血を上らせ、口をぱくぱくとさせる。近藤は打った頭を摩りながら体を起こし、視線を感じた妙は顔を真っ赤にした。
なんで私、近藤さんとキスしてたの?!
「何するのよ近藤さん!あなた図に乗り過ぎだわ!」
「はは、すみません」
照れ臭そうに笑う近藤に妙は詰め寄り、膝の上へ乗ると拳を握る。前かがみになった妙の胸元がちらつき、両手で制止した。
「ちょっ、お妙さん待って!着物ちゃんと着てないから!見えてるから!それにこの体勢もいろいろマズイから!」
慌てて近藤の膝の上から下り、羽織っている着物の襟を閉じた。
これじゃあ図に乗ったゴリラを殴れもしないじゃない!あんなキスなんてして、もう!
妙は顔を赤くしたまま唇を指で触れる。先程のことを意識し、苛立って当り散らしていた気分がすっかり抜けた様子に近藤は微笑んだ。
立ち上がると寝室へ行き、浴衣を持って居間へ戻る。妙に自分の浴衣を差し出し、にこりと笑う。
「お妙さん、今晩はパジャマトークしませんか、ほら、修学旅行みたいな感じに」
満面な笑みに妙は顔を引き攣らせる。
「何するつもりですか?」
「何って、ただ一晩中ピロートークを……」
変なことを言っただろうかと思った近藤は首を傾げている。
「一晩中……?」
妙の片眉がぴくりと上がり、はっとした。
「いや、違いますよ。ただほんとに肩の力抜いて他愛無い話でもしてたらお妙さんの気も紛れるんじゃないかと思ったんですって!」
両手を振って懸命に言う近藤に妙はくすりと笑った。
この人、天然でお人好しなんだわ。
「たまにはそういうのもいいですね。けど、これ以上変なことはなしですよ」
「はい。でもお妙さんがまたキスして欲しかったらいくらでもしますよ」
調子の良い発言に妙は菩薩の微笑みのまま立ち上がると近藤の腹部に拳を入れた。
「誰がゴリラともう一度間違い起こすかよ、ええェ?」
「うぐゥゥ、じょ、ぐえォ、冗談ですってばァ、ははは」
入れられた拳をそのまま幾度か捻じ込まれ、近藤はその度短く呻き声を出しながら笑った。
一夜限りの関係は調子付いて勢いに乗ること 2
Text by mimiko.
2009/11/23
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