近藤さんビジュアルはゴリストバスターズ仕様をイメージしてます。が、ゴリストバスターズの内容は知らないのであくまでビジュアルイメージのみ拝借です。
ファンタジーなパラレルです。狼と吸血鬼が対立する有名な海外ティーン小説やらケルト神話などの欧系やら米系やらのハロウィンをこねくりまわして捏造大盛りの突っ込みどころ満載ですが、この話の中での設定なのでそういうものだとご理解ください。
以上、ご注意を。
カボチャの魔法使い1
オタエ・シムーラ、十九歳。六日後には二十歳になる。タイムリミットは六日後の二十二時三十一分。
十年前に亡くした両親が健在していた時に言われていた。
「いい、オタエ?二十歳になるまでに魔族の者と契りを交わすのよ。交わさなければ、あなたの魔力は完全に消える。混血であるあなたが一度、魔力を失えば、二度と魔族の者としては生きられない。ただの人間として生きるしかないの」
「母上は人間でも、父上と一緒で幸せなんでしょう?」
九歳のオタエが訊ねると両親は顔を見合わせて苦笑いした。
人間と魔族の結婚は珍しくない。だた、魔族同士でない夫婦の子は産れつき魔力が弱い。そして、人間と同様に短命である。魔族は人間より長命。けれど、不老でなければ不死でもない。加齢すれば体力は衰え、死に至ってしまうような大病を患えば、例外なく死んでしまう。魔族が長命なのは、その体に宿る魔力で衰えた体力を補っているからだ。自分の体に注ぐ魔力をうまく調整できてこその長命である。内なる魔力を感知できない性質で、肝心の魔力を持ち合わせていない人間が短命であるのは、そういう理由だ。
今でこそそんな常識ではあるが、戦争が頻繁にあった時代では、魔族は戦いの道具であった。人間以下の扱いを受け、その内に宿る魔力を強制的に放出させられた。それは、命尽きるまで。よって、大勢が使い捨てられた。
平和であるからこそ延命に使える魔力。たまに血迷って馬鹿げたことをする魔族もいるが、ただ早死にするだけの愚かな行為だと、冷ややかな目を向ける魔族が大半だ。オタエもそんなひとりであった。しかし、両親の残してくれた魔力が尽きようとしている今、魔力を持て余している魔族がいるのなら伝えたい。
あなたがいなくなれば悲しむ人が、きっといる。だから、その人のために、あなたの魔力を使ってほしい。魔族が持っている魔力を延命に使うのは、きっと大事な人のためだと思うから――。
「只今帰りました」
オタエが昔を思い出していると二つ年下の弟、シンパチーノ・シムーラが帰宅した。
「お帰りなさい、シンちゃん」
「姉上、女子たちもう町の広場に集まってましたよ」
秋の収穫祭、ハロウィン。まもなく訪れる冬に備えるため、豊かに実る土壌で育てられた穀作物を食べながら豊穣を祝い、感謝し、来年の豊穣を祈願する祭である。町総出で行われるハロウィンは七日間続く。日替わりで振る舞われる豊穣の大鍋は、まだ日の高いうちに畑に赴いた男たちが穀作物を収穫し、日の暮れる前に集まった女たちによって料理される。
オタエが自宅を出るとシンパチーノも後に続いた。
「姉上、本当にこのまま人間になってしまってもいいんですか」
他人に聞かれないよう小声で確認される。
「ええ。長生きできないからって焦って無理に結婚するもんじゃないわよ」
「でも……」
「私のことよりシンちゃんのことよ。人の心配している場合じゃないじゃない。二十歳までにいい人つくっておきなさい。あ、キララちゃんとは文通してるの?」
聞き返されてどきりとしたシンパチーノは照れ臭そうに頷いた。
「あら、よかったじゃない。来たるべきの時のために今よりも仲良くなって、ちゃんと予習しておきなさいね。あたふたしてお嫁さんをがっかりさせちゃダメよ。ましてや父上のような失態をしでかすんじゃありませんよ」
「よッ、予習って姉上ッ、てかシレッと父上をバカにしてますよッ」
「やだわ。バカになんてしてないじゃない。事実を述べたまでよ」
ゴリラ血族と人間の混血であった母は、二十歳を二時間越えてゴリラ血族の父と結婚した。二時間遅れたのは、友人の借金の連帯保証人になっていた父が借金取りに足止めされていたから。友人は、借金を父になすりつけて夜逃げしたのだ。母は、お人好しの父を責めなかった。傷だらけになろうが、大事な日に遅刻しようが、ただの人間になってしまおうが、必ず自分の元へ来てくれると信じ、そんな父を愛していた。
話してくれた時の幸せに満ちた母の穏やかな顔を忘れない。幼心にもそんなにふうに人を愛したいと感動したのだ。いちゃつく両親に、こちらが恥ずかしくなった。もっとこちらが成長してからの話でも良かったのではないかとこぼした。両親は笑って誤魔化していたが、その時でならなかった事情をそれより数年後に知る。
その頃、ゴリラ血族はヒョウ血族との抗争の真っただ中だったのだ。 知らなかったのは両血族の子供たちだけだった。何故、自分たちの両親が死んでしまったのか、成長した子供たちはその真実に辿り着く。魔族が人間の使い魔として生きた昔からの因縁である。知らずのうちに睨み合いが始まり、些細なことによって戦いの火蓋が落とされる。平和な時代であるはずなのに、狭い町で繰り返される小さな抗争の歴史。それは、この地域にとって珍しいことではなかった。戦争時代からの因縁は、さまざまな血族間で今も根深く残っている。
オタエが暮らす町は、純血のゴリラ血族とヒョウ血族が多く住んでいるが、人間との混血も両血族ともに多い。中にはゴリラ血族とヒョウ血族の混血も存在するが、両血族の抗争の歴史に辿り着いたカップルは、自分たちが抗争のきっかけになるのを恐れ、家族にも友人にも何も告げずに町を捨てる。
本来ならば敵対しているはずなのに、その枠を越えるのは意外に容易い。というのも、魔族は人間と変わらない人の姿をしているからだ。血族ならではの体質変化は、並みの魔力の持ち主では条件が揃わない限り現れない。強大な魔力を持つ者は自在に力を引き出せるし、それによって姿を変える場合もあるが。通常、一見しただけでは人間なのか、魔族であるのか、同血族であるのか、わからない。自分たちが何者であるのか知らずに愛し合う者が多いのだ。
純血を好む旧家はそれぞれの血族にあれど、現在では血統を重要視する魔族ばかりでない。しかし、魔族の血が薄れるのは平和呆けした混血がうろついているからだと、旧家の混血に対する嫌悪は激しい。
オタエとシンパチーノが広場に到着すると、友人や近所の顔見知りの娘たちが旧家の者に指示されていた。
普段、森の屋敷に籠っている旧家の者たちだが、昔から行われている祭は彼らによって仕切られる。今日から始まるハロウィンもそうだ。必要な人手は血族の家系を知る旧家によって割り振られる。七日間ある祭のその分担は、この町の主を取り仕切るゴリラ血族とヒョウ血族の日替わりだ。最終日には両血族が合同で行う。毎年、両血族の足の引っ張り合いが初日から始まる。なんでも、お忍びで訪れる魔族王家の使いへのご機嫌取りらしい。自分の血族の評価を上げたい両血族だが、いい大人がすることとは思えない姑息な手段を用いる。場合によっては度が過ぎ、小さな抗争が起こる。長命な旧家にとってはハロウィンの余興のつもりなのだろう。遊びのついでに、血を誇り、力を自慢したいらしい。
日が暮れ、薄闇が広がる頃、調理の指示を出していた旧家の女性の声音が和らいだ。豊穣の大鍋が完成したのだ。調理に関わっていた娘たちは談笑を交えながら広場に訪れた人々に鍋をもてなす。姉を護る体で調理を見守っていたシンパチーノは、隣町からやって来た文通相手とその妹と楽しげに会話している。人の流れが穏やかになると、娘たちは交代で小休憩することを許された。
取り分けた豊穣の鍋の器とスプーンを手に路地裏へやってきた。腰掛けるにちょうどいい木箱を椅子代わりとする。一息ついて器に鼻を寄せた。いい匂いだ。
十年前、両親を亡くし、まだ七歳という弟の母の代りをしてきた。不安がる弟を安心させようと、いつも笑顔でいることを自分に誓った。人と接する時、笑顔でいることは好ましいことだとオタエは知っていた。しかし、毎年恒例のこととはいえ、大勢に笑顔を向け続けるのは、やはり疲れるものだ。
オタエは、スプーンに掬ったスープを飲んだ。冷えた体に旨味が滲みこむ。もう一口と唇を開いてどきりとした。建物の影から小さな物音がしたのだ。スプーンを器に戻して木箱の脇へと置いた。何かが地べたにいる。オタエは緊張しながらそれを窺った。カボチャだ。人の頭より大きいカボチャが転がっている。カボチャの頭は動き、顔がこちらに向いた。
ジャック・オー・ランタン。ハロウィン中は、町の至るところでカボチャをくり抜いたランタンが飾られる。迷える死者ジャックが復活の大鍋の元へ辿り着けるようにという意味合いの灯だ。
今では豊穣を祝福、祈願する感謝祭であるハロウィンだが、戦争時代よりもはるか昔のハロウィンは、死者を復活させる大鍋が魔女によって作られた復活祭であったらしい。
路地裏の地べたに転がっていたジャック・オー・ランタンのカボチャを被った人物は、オタエを見上げて口を開いた。
「あ、ピンク……」
てっきり、お菓子をくれないとイタズラしちゃうぞ、などとお決まりの文句を言われると思っていたオタエのキャンディー類を探す手が止まった。カボチャ男の顔面を無言で踏む。
「ちょッいだだッ!中でカボチャめりこふぐゥゥゥ!」
ピンクとはオタエがつけている下着の色だ。膝丈の黒いフリルスカートの裾を押さえながら黒いパンプスの低めのヒールの踵をねじ込む。ひとしきり踏むと、カボチャ男の顔面から足を退けた。
ふざけた罪人だったと云われているジャックは、現在でもこうして健在らしい。オタエは頬を膨らませて溜息をついた。
「不可抗力とは言え、失礼しました」
と、カボチャ男は立ち上がり、頭を下げた。その姿勢は美しかった。カボチャを被っていても。
「いいえ、私のほうこそ、足をねじ込んだりしてすみません。その、恥ずかしくて、つい……。あの、顔を上げてください」
許しが出たのでカボチャ男は屈めていた背を起こした。オタエの背丈よりも、優に頭ひとつ越える長身にがっちりした肩、厚い胸――警備隊の制服にしてはきらびやかな小物が装飾された出で立ちである。警備隊長、いや、もっと高階級の人物だろうか。カボチャを被っていてもどこか威厳がある。
「では、俺はこれで……」
と、男は踵を返した。が、男は振り返った。また、オタエが声をかけるのも同時だった。
「ジャックさんっ!」
声をかけられたカボチャ男はオタエを窺う。ジャックと呼ばれて首を傾げたカボチャ男だったが、己がここへ来る道中で拝借したハロウィンランタンのカボチャを被っていたことを思い出す。
「豊穣の鍋ならあっちです」
オタエが指さす方は、祭で賑わっていた。食欲をそそる香りもそこから漂ってきている。
「俺もいただけますか?」
と、カボチャ男はオタエが持ってきていた木箱の上の器を見やって腹の虫を鳴らした。見事な鳴らしっぷりにオタエは笑みをこぼす。
「ええ、もちろん」
屈託なく笑う彼女にカボチャ男もつられて笑みをこぼす。少し打ち解けたオタエは、待っていてくれと告げ、彼を路地裏に残して広場へ向かった。器を持って路地裏へ戻ると、男はカボチャを被ったまま木箱にもたれかかってオタエの器の鍋を平らげたところだった。
「あ……」
「ん?」
カボチャを被ったままでよく食べられたものだと感心していると、男の視線はすでにオタエが手にしている器に移っていた。
「いいえ、何も」
オタエはにこりと笑い、カボチャ男へと器を差し出した。兵隊服の紋章を目にしたオタエは訊ねる。
「あの、王家の方ですか……?」
どきりとした男はカボチャの奥で目を見開き、器からオタエへと視線だけを向けた。
「あ、すみません。詮索するようなこと……。でも、この辺ではそんな制服を着た警備隊を見かけたことがなくて……。豊穣の鍋が炊き出される町には連日、王家の方が極秘にいらっしゃると聞いています」
オタエの接し方が畏まりだし、カボチャ男は苦笑した。
「……内緒ですよ。これは親衛隊の制服です」
「親衛隊……?」
聞き慣れない言葉をそのまま聞き返す。
「魔お……じゃなくて、魔族王家の親衛隊です」
「えっ……」
開いた口が塞がらなかった。親衛隊を持つほどの魔族王家となれば、魔王か、魔王の縁者ということになる。雲の上の存在の人物を警護する親衛隊が、こんな路地裏で庶民の鍋をとても美味しそうに食べているのが信じられず、オタエは疑った。
「ウソ、本当かしら……」
くり抜かれた目元を覗き込むように見つめられ、カボチャ男は困ったように笑う。二杯目の鍋を平らげて空になった器を重ねた。
「俺、こう見えても魔力強いんですよ」
と、ぎざぎざにくり抜かれているカボチャの口の奥でにかっと笑った。明るい調子で笑う男はまるで少年のようだ。余計に怪しく思ったオタエだったが、男の着ていた親衛隊服がひとりでに脱げていった。下着だけを残して勝手に脱げていった服が一枚ずつ勝手に着こまれていった。その素早さにオタエは目を丸くするだけだった。
どうやら魔力を使って着替えたらしい。カボチャ男は、一般人のような黒のネクタイに黒のスーツ姿になっていた。魔力で服を変化させる魔族がいたなんて信じられない。旧家一番に魔力の強い者でもこんな高度なことはできないはずだ。魔族王家の親衛隊とはこれほど強い魔力を持っているのか。すごいとしか言いようがない。
「無礼をお許しください」
と、オタエは背を屈め、頭を下げる。
「いやいや、無礼なんて何一つありませんでした。腹が減りすぎて行き倒れていた俺にご馳走してくれた。あなたは優しい人だ。どうか顔をあげてください」
言われてオタエは顔を上げた。カボチャの目の奥は細く弧を描いていた。
「お名前は……?」
「オタエ・シムーラです」
「オタエさん、ありがとう。何かお礼がしたい。ああ、そうだ。豊穣の鍋はこの町が一番だったと口添えしておきましょうか」
「いいえ」
オタエは首を横に振った。
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