授かれるかもしれない命を荷物と言うのか。妙は近藤を見た。近藤はうちを訪ねてきた時のように決意している顔をしていた。
酷い男だ。優しすぎる。妙は諦めたように目を伏せた。
「万が一……」
妙は伏せた目を開いて近藤を見やった。
「万が一、そんなことになったらお願いできますか」
「……え?」
「中で出さなくたって成功することあるじゃないですか、性交だけに」
はぁ?!――妙は心内で声を裏返させた。先程の決め顔はどこへやら。間の抜けた表情で冗談を言われて妙は腹を立たせた。
「そんなこと言うんだったら最初から中出ししなさいよッ!勝手すぎますッ!」
「あ、コラッ、女の子が中出しとか言うんじゃありませんッ!しょーがないじゃんッ!男はね、身勝手な生き物なんですよッ!」
と、近藤は妙を抱き起こす。その手はやはり酷く優しい。
「だから、もっかいしましょうか」
にこやかに小首を傾げられ、妙の眉が引き攣る。
「お断りします」
即答されたが近藤は、ご機嫌よろしく脱いだ自分たちの物を腕に掛けた。
「そんなこと言わずにさァ」
と、言う近藤の顔は見えなかったが、鼻の下を伸ばしているのだろう。声が弾みすぎている。
「知りません」
近藤に背を向けて肌蹴た着物を閉じて手で止め、自室へ行こうとする。が、廊下半ばで近藤の太い腕が目の前に立ちはだかった。その手は柱を突いている。
「なんのつもりですか?」
「壁トン?とかいうやつですか?」
「トンじゃなくてドンですね」
変わらずに眉を引き攣らせる。
「お妙さんって、やっぱり足腰強いね」
噛みあわない会話に妙の苛立ちは募る。お互いに好き合っているはずなのに、何故こんなにも噛みあわないのか不思議だ。
近藤は、妙が考えていることはお構いなしに彼女の背後に立った。両手を妙の腰に伸ばし、尻を後ろに突き出すように腰の角度を変える。
「ちょっと、やめてください」
「やめませんよ」
と、右の耳元で囁き、次に左の耳元で言う。
「あんなに何度も逝った女はね、どこ触ってもすぐにまた乱れだすんですよ」
あの声だ。艶の含んだ低い声が耳に響き、近藤の言う通りに何度も達したそこが熱くなる。近藤は頬に口づけ、話し出す。
「そんなうまそうな女を放っておけるわけないでしょう。ま、普通は、そんなすぐに立ち上がれないはずですけどね、お妙さんは、ふぐぅッ!」
妙は近藤の腹部に肘を捩じ込んだ。
「どこの誰と比べられているのかしら」
妙の低い声に近藤はぎくりとした。
「いやいやいや、お妙さん、誤解ですよッ!俺、マジでモテないからね」
と、腰の手を離して両手を上げる。
「じゃあ、どうして初めてじゃないんですか」
妙は唇を尖らせた。
「あ……、それは、その……江戸に出てくるまでに何かあったような、なかったような……」
「じゃあ、どうしてそんなに慣れてるんですか」
「え……、それは、あの……お妙さんの店よりディープな大人の店とかそういうので……」
妙は横目で意気消沈する近藤を見やった。馬鹿正直な男だ。それを聞いたこちらがどう思うか配慮せずに包み隠さず白状する。しかし、多少濁したい気持ちはあったらしい。妙は溜息をついて訊ねる。
「私と出会ってからは?」
「ないです。行ってないです。オカズは画面の中だったり紙の中だったりのお妙さん似の娘です」
きっぱりと言う近藤に妙は呆れながら頷いた。
「わかりました。もういいです」
「え、いいの?」
「え?」
「いや、だから、御咎めなしってことでいいんですよね?何か来るかなーって思ってたんですけど」
「したほうがいいんですか?」
「いえ、間に合ってます」
返ってきた言葉の理解に苦しむ。
「SMならソフトというか、なんちゃってのほうがいいですから」
妙は瞬きを繰り返した。近藤の中では彼本意に会話が進んでいたようだ。近藤は腕にかけていた帯や袴を床へと置いた。妙の両手を一纏めにして柱に縫いつける。もう一方の手で妙の背中を撫で、上半身を屈めさせた。その手で腰を撫で落とし、腰脇を掴んで先程と同じように尻を後ろへと突き出させる。妙の着物を捲り上げて左右の太腿と秘裂の隙間に分身を差し込んだ。
生唾を呑みこむ音が背後から聞こえてどきりとする。確かに近藤も達していたはずなのにすでに大きくなっている。精が絶えない体質なのだろうか、それとも自分が相手だからだろうか。太腿の隙間から赤黒いものが見え隠れする。いやらしい光景だ。妙は大きく息を吸って吐いた。後ろから回された近藤の指が茂みへ潜りこみ、妙は体を揺らす。が、両手は近藤の左手に纏められており、身動きを封じられていることを実感する。
「やっ、近藤さんっ、はぁっ」
近藤のもので擦られている秘裂は再び濡れはじめ、近藤の腰が動く度に粘着質な水音を鳴らす。花芽は捏ねられ、近藤を欲しがるように中が動いている。
「あっ、こんど、さんっ、あんっ」
声に甘さが混じると近藤は柱に縫いつけていた手を解放した。
「はぁ、すみません。ちょっと、強引でしたね、んっ」
妙は喘ぎながら首を横に振った。
「ん、いいのっ、はぁ、近藤さんだから、いいの」
告げる妙の声が震えている。胸を熱くした近藤は、眉根を寄せて喉を鳴らした。今すぐ後ろから突き上げたい衝動を抑えようと、微かに揺れている妙の腰を両手で掴んだ。それへ集まる熱い血を感じながら深呼吸する。妙の太腿とぬるついた襞に扱かれ続けると、そのまま放ってしまいそうだ。膣内に出すつもりがないのなら、このままのほうがいい。けれど、もう妙を知ってしまった。おまけに久しぶりの女だ。最愛で極上の女の中に入りたい。
「ん……、お妙、さん、入れても、いいですか」
呼吸を乱しながら訊かれ、妙の中はきゅっと締まった。
「はい、きてください」
近藤は緩やかな丸みを帯びた柔らかく白い尻を両手で押し広げた。指に吸いつく肌とほどよい弾力で、その柔らかさを堪能したい気もしたが、もう余裕がなかった。襞を両方の親指で左右に広げて蜜が糸を引くそこへ先を差し込む。
「痛かったり、苦しくなったりしたら言ってくださいね」
と、今度はゆっくりと挿入した。太腿もよかったが、やはり中が一番いい。温かくぬるぬるの粘膜が自分のものにみっちりと迫ってくる。硬さを奪おうとするうねりが堪らない。
「あぁ」
感嘆の声をこぼした。熱さに思考をぼやかされ、快感に酔う。ゆっくり往復させていた近藤は、声も上げずに快感の波に囚われていた妙の名を呼んだ。
「大丈夫ですか、お妙さん」
妙はゆったりとした動作でこくりと頷いた。安心した近藤は再びゆっくりと動き、妙は甘い息をついた。突き上げる度に腰を震わせる。幾度目かに突き上げると、突き上げたつもりが根元まで入っておらず、更に突き上げた。すると、妙はよがり、嬌声を上げた。
「あっ、あんっ、はぁん、いくっ……!!」
しまったと思ったが、手遅れだった。根元まで入っていなかったのは子宮が下がってきていたからだ。射精を促す動きは容赦ない。竿を締めつけたままひくつき、搾るように粘膜は動く。強烈な快感に耐えきれず、近藤は深く突き上げた先へと精子を注ぐ。
「ああっ、っぐ、っあ、はぁ、くっ、ぁあっ……!!」
波打つ度に硬さを失い、妙の膣から力なく抜け落ちた。透明と白が混ざった液体が、妙のそこから流れ、引いていた糸が切れた。混ざった液体というより、ほぼ己から出たものだ。白いほうが割合を占めている。近藤は苦笑し、傍に置いていた妙の帯の上のポケットティッシュを手にした。床を拭うと荷物を持ち、柱にしがみついていた妙の腰上の着物と襦袢の裾を下ろした。自分の腰に妙の手を回させ、近藤も妙の腰を抱いて妙の部屋へ連れて行く。
妙の部屋に入ると押し入れを開け、布団を敷いた。脱力した妙を寝かせてその横で添い寝する。
「無茶させてしまってすみません」
体力を使い果たして眠たそうな妙は「いいえ」と、微笑み、そのまま寝入ってしまう。その温かさに誘われ、近藤もいつの間にか眠ってしまった。
それから半時間にまだならない頃、近藤は目を覚ます。見慣れない部屋に戸惑うが、隣で眠る妙に一番、驚いた。夢ではなかった。現実に起こったことだと思い返しながら徐々に実感する。
寝息を立てて眠る妙の可愛らしい顔に微笑み、額に口づけた。妙を起こさないように静かに布団から出ようと、肘を突いて上半身を起こす。すると、腕を掴まれた。妙は、こちらを睨み上げている。
「やり逃げなんて許しませんよ」
「え、やり……」
強い目力に言葉を失くす。が、取り繕う。
「い、いやだなァ、お妙さん。俺がそんな薄情な野郎だって言うんですかァ?」
笑って誤魔化そうとしたが、頷き肯定される。文句があるなら受け付けると謂っている目に怖気づく。
「はは、だよねェ~。俺ってば、陰湿で陰険で不純で薄情だよねェ~」
自分で自分の首を絞め、しょぼくれながら布団へ入り直した。
「ねえ、お妙さん。なんで俺のこと好きなの?俺って陰湿で陰険で不純で薄情だよ?」
「なぜかしら。自分でもわかりません」
きっぱりと言われて近藤は更にへこむ。
「嘘ですよ」
妙が微笑むと晴れやかな顔になる近藤にスマッシュを決める。
「限りなく真実に近い嘘ですけどね」
「ぐっ、やっぱお妙さん、俺のこと嫌いでしょう」
「馬鹿なこと言わないでください。嫌いだったら……」
と、妙は黙ってしまった。
別れの時はもうすぐだ。わかっていても、わかりたくない。仮初の恋人同士の会話や、みんなで築いてきた絆で繋がる仲間同士の会話をずっとしていたい。
妙はぽろぽろと涙をこぼしながら口角を上げて笑う。
「嫌いだったら、あんなに何度も逝きません。……嫌いだったら、中に出されて嬉しくなったりしません」
泣きながら笑顔を見せる妙の顔が歪む。近藤の白目勝ちの瞳の涙の膜が厚くなったのだ。何も言えなくなった近藤は、妙の額に唇を寄せた。
「そんなのじゃいやです。口にしてください。ちゃんとしたえっちなキスしてください」
近藤に顔を向け、目を閉じる。口づけを待つ妙の唇に近藤の親指の腹が触れた。桜色の唇が薄く開く。が、近藤は妙の唇を離した。
「そんなのしちまったら、マジでキリがなくなるじゃないですか」
と、険しい顔で妙を見る。
まただ。妙は瞼を下ろした。近藤が怒ったりつれなかったりする時は、自分の気持ちを抑えてこちらを思いやっている時だ。今日初めていろんな近藤を知った。もちろんすでに知っている近藤もいたが。目的のためには手段を択ばない姑息さと、目標へともがく反骨精神。一度決めたら決して揺らがない強い意思――彼の中にある様々な思いを越えて、自分の処へやって来てくれた。
この恋はすでに終わっていなかった。
ほんの一時間ほど前から始まったばかりだった。今、ここにいるのは、ただの男と女だ。女は男からの寵愛に嵌り、去る男は女を想って辛く当たる。どこにでもいるような交際をこじらせている男女だ。
妙は、ゆっくりと目を開き、近藤を真っ直ぐに見つめた。
「私があなたを想う気持ちにキリがあるとでも思ってるんですか?」
「正直、あると思ってます」
じろりとこちらを見やった近藤は溜息をついて続けた。
「女は切り替えが早いでしょう。男のほうがいつまでも未練がましく引きずってる」
「じゃあ、すぐに切り替えられないように、もっとしてください」
と、にっこりと笑う。
「いやです。あなたを苦しませたくない」
「苦しい、苦しくないは、私が決めます。えろい変態ゴリラに覚えさせられたえろいキスさっさとしろ」
と、にっこりと笑う。近藤は一致しない妙の言動にしばらく呆けたが、微笑んだままの妙に観念した。
「また止められなくなっても知りませんよ」
顔を近づける近藤の唇の先が自分の唇に触れそうな距離で妙は言う。
「止めないで、近藤さん……。あなたを覚えていたいの。私に、あなたの跡を刻んで……?」
震える小さな声に近藤は息を飲む。目を細めた近藤は、返事の代わりに深く口づけた。
***
大人ふたりが寝るには小さい布団で妙は硬い腕枕から顔を上げ、並んで横になっている近藤の鼻を摘まんだ。
「近藤さん、約束よ。もし、私のところに戻って来れたなら、責任とってくださいね」
「お妙さん、約そ……」
妙は近藤の上唇と下唇を一緒に摘まんだ。わかりきっていることは耳にしたくない。
「もし、入籍するなら私は近藤姓でも構いませんよ。うちには新ちゃんがいますから、その辺は心配しないでください」
近藤の唇を解放すると何か言い出そうとする。妙はそれを遮った。
「もし、新居を構えられない文無しになったとしても、この家がありますから住むところは困りませんよ。もし、新ちゃんが新婚生活を邪魔するんだったら、修行して来いってすぐに追い出しますから」
弾んだ可愛らしい声とは裏腹な言葉に近藤は思わず笑みをこぼす。妙は再び近藤の腕を枕にして寄り添う。
「大事な跡取り息子を追い出すんですか?新八くん、気の毒だなァ」
「かわいい子には旅をさせろ、ですよ」
ふたりは新八の顔を思い浮かべてくすくすと笑った。しかし、すぐに静寂が訪れる。
「……もっと早くにこんな話をしたかった……」
静寂を破ったのは妙の震える声だった。目尻からこぼれた涙は近藤の肩を濡らす。
「あなたがのんびりしてるから、残りの時間がなくなったんです……もっと早くにこうなってたら、もっと違っていたはずだわ……」
近藤は黙って聞いていた。
こんなのは八つ当たりだ。わかっている。今さら過去のことをどうこう言っても仕方がない。けれど、こんなにも後悔している自分がいる。
「ごめんなさい、近藤さん。私が言うことじゃなかったですね。私が悪いのよ。ずっと素直になれなかった私が悪いの」
「確かにお妙さんが悪い。そして俺も悪いです。さっさと帰ればいいものを、帰らなかった俺も悪い」
自分が喚いても近藤があの時に帰っていれば、こうはなっていなかった。目を見開いた妙は近藤にしがみついた。
「違います。帰らないでいてくれて、抱き締めてもらえて、私は嬉しかった。あなたは何も悪くなんかありません」
「お妙さんは悪くない。俺の気持ちを受け止めて、俺のことを想って泣いてくれた。嬉しかったです。今も、夢を見てるみてェで、嬉しくて嬉しくて堪らねェ。俺も、あなたと同じ気持ちでいます。果たせねェ約束も、もしもの話も、こうなって一層、一緒になりてェ気持ちが抑えきれないのも、同じだ。ただひとつだけ違う。俺以外の男に惚れたら、迷わずその男のものになってください。俺のことなんざ、すぐに忘れてください」
「いやです」
即答する妙に近藤は呆けた。
「こんなにあなたのことが好きなのに、別の人のものになんかなりません。そんなのあなたが許しても私が許しません。それに、別の人のものになった私を許すあなたも許しません。過去を清算して潔く去ろうとするのも許しません。最期まで、あなたの心は私のものです。私の心もあなただけのものです」
一歩間違えれば、その愛は狂気へと変貌するだろう。これでは、どちらがストーカーだったのかわかりはしない。悟った近藤は苦笑いした。
願わくは。俺の後を追ったりしないように。あなたがいなければ、この世界は色を失くした世界となってしまう。俺はあなたを見つけられないでしょう。そうならないようにどうか、愛する家族と、愛する仲間と、共にあってください。俺はいつもあなたの幸せを想っています。万が一、あなたの中に残した俺の愛が成就することがあったら、あなたの惜しみない愛で健やかに育ててください。俺を好いてくれてありがとう。
酷い男だ。優しすぎる。妙は諦めたように目を伏せた。
「万が一……」
妙は伏せた目を開いて近藤を見やった。
「万が一、そんなことになったらお願いできますか」
「……え?」
「中で出さなくたって成功することあるじゃないですか、性交だけに」
はぁ?!――妙は心内で声を裏返させた。先程の決め顔はどこへやら。間の抜けた表情で冗談を言われて妙は腹を立たせた。
「そんなこと言うんだったら最初から中出ししなさいよッ!勝手すぎますッ!」
「あ、コラッ、女の子が中出しとか言うんじゃありませんッ!しょーがないじゃんッ!男はね、身勝手な生き物なんですよッ!」
と、近藤は妙を抱き起こす。その手はやはり酷く優しい。
「だから、もっかいしましょうか」
にこやかに小首を傾げられ、妙の眉が引き攣る。
「お断りします」
即答されたが近藤は、ご機嫌よろしく脱いだ自分たちの物を腕に掛けた。
「そんなこと言わずにさァ」
と、言う近藤の顔は見えなかったが、鼻の下を伸ばしているのだろう。声が弾みすぎている。
「知りません」
近藤に背を向けて肌蹴た着物を閉じて手で止め、自室へ行こうとする。が、廊下半ばで近藤の太い腕が目の前に立ちはだかった。その手は柱を突いている。
「なんのつもりですか?」
「壁トン?とかいうやつですか?」
「トンじゃなくてドンですね」
変わらずに眉を引き攣らせる。
「お妙さんって、やっぱり足腰強いね」
噛みあわない会話に妙の苛立ちは募る。お互いに好き合っているはずなのに、何故こんなにも噛みあわないのか不思議だ。
近藤は、妙が考えていることはお構いなしに彼女の背後に立った。両手を妙の腰に伸ばし、尻を後ろに突き出すように腰の角度を変える。
「ちょっと、やめてください」
「やめませんよ」
と、右の耳元で囁き、次に左の耳元で言う。
「あんなに何度も逝った女はね、どこ触ってもすぐにまた乱れだすんですよ」
あの声だ。艶の含んだ低い声が耳に響き、近藤の言う通りに何度も達したそこが熱くなる。近藤は頬に口づけ、話し出す。
「そんなうまそうな女を放っておけるわけないでしょう。ま、普通は、そんなすぐに立ち上がれないはずですけどね、お妙さんは、ふぐぅッ!」
妙は近藤の腹部に肘を捩じ込んだ。
「どこの誰と比べられているのかしら」
妙の低い声に近藤はぎくりとした。
「いやいやいや、お妙さん、誤解ですよッ!俺、マジでモテないからね」
と、腰の手を離して両手を上げる。
「じゃあ、どうして初めてじゃないんですか」
妙は唇を尖らせた。
「あ……、それは、その……江戸に出てくるまでに何かあったような、なかったような……」
「じゃあ、どうしてそんなに慣れてるんですか」
「え……、それは、あの……お妙さんの店よりディープな大人の店とかそういうので……」
妙は横目で意気消沈する近藤を見やった。馬鹿正直な男だ。それを聞いたこちらがどう思うか配慮せずに包み隠さず白状する。しかし、多少濁したい気持ちはあったらしい。妙は溜息をついて訊ねる。
「私と出会ってからは?」
「ないです。行ってないです。オカズは画面の中だったり紙の中だったりのお妙さん似の娘です」
きっぱりと言う近藤に妙は呆れながら頷いた。
「わかりました。もういいです」
「え、いいの?」
「え?」
「いや、だから、御咎めなしってことでいいんですよね?何か来るかなーって思ってたんですけど」
「したほうがいいんですか?」
「いえ、間に合ってます」
返ってきた言葉の理解に苦しむ。
「SMならソフトというか、なんちゃってのほうがいいですから」
妙は瞬きを繰り返した。近藤の中では彼本意に会話が進んでいたようだ。近藤は腕にかけていた帯や袴を床へと置いた。妙の両手を一纏めにして柱に縫いつける。もう一方の手で妙の背中を撫で、上半身を屈めさせた。その手で腰を撫で落とし、腰脇を掴んで先程と同じように尻を後ろへと突き出させる。妙の着物を捲り上げて左右の太腿と秘裂の隙間に分身を差し込んだ。
生唾を呑みこむ音が背後から聞こえてどきりとする。確かに近藤も達していたはずなのにすでに大きくなっている。精が絶えない体質なのだろうか、それとも自分が相手だからだろうか。太腿の隙間から赤黒いものが見え隠れする。いやらしい光景だ。妙は大きく息を吸って吐いた。後ろから回された近藤の指が茂みへ潜りこみ、妙は体を揺らす。が、両手は近藤の左手に纏められており、身動きを封じられていることを実感する。
「やっ、近藤さんっ、はぁっ」
近藤のもので擦られている秘裂は再び濡れはじめ、近藤の腰が動く度に粘着質な水音を鳴らす。花芽は捏ねられ、近藤を欲しがるように中が動いている。
「あっ、こんど、さんっ、あんっ」
声に甘さが混じると近藤は柱に縫いつけていた手を解放した。
「はぁ、すみません。ちょっと、強引でしたね、んっ」
妙は喘ぎながら首を横に振った。
「ん、いいのっ、はぁ、近藤さんだから、いいの」
告げる妙の声が震えている。胸を熱くした近藤は、眉根を寄せて喉を鳴らした。今すぐ後ろから突き上げたい衝動を抑えようと、微かに揺れている妙の腰を両手で掴んだ。それへ集まる熱い血を感じながら深呼吸する。妙の太腿とぬるついた襞に扱かれ続けると、そのまま放ってしまいそうだ。膣内に出すつもりがないのなら、このままのほうがいい。けれど、もう妙を知ってしまった。おまけに久しぶりの女だ。最愛で極上の女の中に入りたい。
「ん……、お妙、さん、入れても、いいですか」
呼吸を乱しながら訊かれ、妙の中はきゅっと締まった。
「はい、きてください」
近藤は緩やかな丸みを帯びた柔らかく白い尻を両手で押し広げた。指に吸いつく肌とほどよい弾力で、その柔らかさを堪能したい気もしたが、もう余裕がなかった。襞を両方の親指で左右に広げて蜜が糸を引くそこへ先を差し込む。
「痛かったり、苦しくなったりしたら言ってくださいね」
と、今度はゆっくりと挿入した。太腿もよかったが、やはり中が一番いい。温かくぬるぬるの粘膜が自分のものにみっちりと迫ってくる。硬さを奪おうとするうねりが堪らない。
「あぁ」
感嘆の声をこぼした。熱さに思考をぼやかされ、快感に酔う。ゆっくり往復させていた近藤は、声も上げずに快感の波に囚われていた妙の名を呼んだ。
「大丈夫ですか、お妙さん」
妙はゆったりとした動作でこくりと頷いた。安心した近藤は再びゆっくりと動き、妙は甘い息をついた。突き上げる度に腰を震わせる。幾度目かに突き上げると、突き上げたつもりが根元まで入っておらず、更に突き上げた。すると、妙はよがり、嬌声を上げた。
「あっ、あんっ、はぁん、いくっ……!!」
しまったと思ったが、手遅れだった。根元まで入っていなかったのは子宮が下がってきていたからだ。射精を促す動きは容赦ない。竿を締めつけたままひくつき、搾るように粘膜は動く。強烈な快感に耐えきれず、近藤は深く突き上げた先へと精子を注ぐ。
「ああっ、っぐ、っあ、はぁ、くっ、ぁあっ……!!」
波打つ度に硬さを失い、妙の膣から力なく抜け落ちた。透明と白が混ざった液体が、妙のそこから流れ、引いていた糸が切れた。混ざった液体というより、ほぼ己から出たものだ。白いほうが割合を占めている。近藤は苦笑し、傍に置いていた妙の帯の上のポケットティッシュを手にした。床を拭うと荷物を持ち、柱にしがみついていた妙の腰上の着物と襦袢の裾を下ろした。自分の腰に妙の手を回させ、近藤も妙の腰を抱いて妙の部屋へ連れて行く。
妙の部屋に入ると押し入れを開け、布団を敷いた。脱力した妙を寝かせてその横で添い寝する。
「無茶させてしまってすみません」
体力を使い果たして眠たそうな妙は「いいえ」と、微笑み、そのまま寝入ってしまう。その温かさに誘われ、近藤もいつの間にか眠ってしまった。
それから半時間にまだならない頃、近藤は目を覚ます。見慣れない部屋に戸惑うが、隣で眠る妙に一番、驚いた。夢ではなかった。現実に起こったことだと思い返しながら徐々に実感する。
寝息を立てて眠る妙の可愛らしい顔に微笑み、額に口づけた。妙を起こさないように静かに布団から出ようと、肘を突いて上半身を起こす。すると、腕を掴まれた。妙は、こちらを睨み上げている。
「やり逃げなんて許しませんよ」
「え、やり……」
強い目力に言葉を失くす。が、取り繕う。
「い、いやだなァ、お妙さん。俺がそんな薄情な野郎だって言うんですかァ?」
笑って誤魔化そうとしたが、頷き肯定される。文句があるなら受け付けると謂っている目に怖気づく。
「はは、だよねェ~。俺ってば、陰湿で陰険で不純で薄情だよねェ~」
自分で自分の首を絞め、しょぼくれながら布団へ入り直した。
「ねえ、お妙さん。なんで俺のこと好きなの?俺って陰湿で陰険で不純で薄情だよ?」
「なぜかしら。自分でもわかりません」
きっぱりと言われて近藤は更にへこむ。
「嘘ですよ」
妙が微笑むと晴れやかな顔になる近藤にスマッシュを決める。
「限りなく真実に近い嘘ですけどね」
「ぐっ、やっぱお妙さん、俺のこと嫌いでしょう」
「馬鹿なこと言わないでください。嫌いだったら……」
と、妙は黙ってしまった。
別れの時はもうすぐだ。わかっていても、わかりたくない。仮初の恋人同士の会話や、みんなで築いてきた絆で繋がる仲間同士の会話をずっとしていたい。
妙はぽろぽろと涙をこぼしながら口角を上げて笑う。
「嫌いだったら、あんなに何度も逝きません。……嫌いだったら、中に出されて嬉しくなったりしません」
泣きながら笑顔を見せる妙の顔が歪む。近藤の白目勝ちの瞳の涙の膜が厚くなったのだ。何も言えなくなった近藤は、妙の額に唇を寄せた。
「そんなのじゃいやです。口にしてください。ちゃんとしたえっちなキスしてください」
近藤に顔を向け、目を閉じる。口づけを待つ妙の唇に近藤の親指の腹が触れた。桜色の唇が薄く開く。が、近藤は妙の唇を離した。
「そんなのしちまったら、マジでキリがなくなるじゃないですか」
と、険しい顔で妙を見る。
まただ。妙は瞼を下ろした。近藤が怒ったりつれなかったりする時は、自分の気持ちを抑えてこちらを思いやっている時だ。今日初めていろんな近藤を知った。もちろんすでに知っている近藤もいたが。目的のためには手段を択ばない姑息さと、目標へともがく反骨精神。一度決めたら決して揺らがない強い意思――彼の中にある様々な思いを越えて、自分の処へやって来てくれた。
この恋はすでに終わっていなかった。
ほんの一時間ほど前から始まったばかりだった。今、ここにいるのは、ただの男と女だ。女は男からの寵愛に嵌り、去る男は女を想って辛く当たる。どこにでもいるような交際をこじらせている男女だ。
妙は、ゆっくりと目を開き、近藤を真っ直ぐに見つめた。
「私があなたを想う気持ちにキリがあるとでも思ってるんですか?」
「正直、あると思ってます」
じろりとこちらを見やった近藤は溜息をついて続けた。
「女は切り替えが早いでしょう。男のほうがいつまでも未練がましく引きずってる」
「じゃあ、すぐに切り替えられないように、もっとしてください」
と、にっこりと笑う。
「いやです。あなたを苦しませたくない」
「苦しい、苦しくないは、私が決めます。えろい変態ゴリラに覚えさせられたえろいキスさっさとしろ」
と、にっこりと笑う。近藤は一致しない妙の言動にしばらく呆けたが、微笑んだままの妙に観念した。
「また止められなくなっても知りませんよ」
顔を近づける近藤の唇の先が自分の唇に触れそうな距離で妙は言う。
「止めないで、近藤さん……。あなたを覚えていたいの。私に、あなたの跡を刻んで……?」
震える小さな声に近藤は息を飲む。目を細めた近藤は、返事の代わりに深く口づけた。
***
大人ふたりが寝るには小さい布団で妙は硬い腕枕から顔を上げ、並んで横になっている近藤の鼻を摘まんだ。
「近藤さん、約束よ。もし、私のところに戻って来れたなら、責任とってくださいね」
「お妙さん、約そ……」
妙は近藤の上唇と下唇を一緒に摘まんだ。わかりきっていることは耳にしたくない。
「もし、入籍するなら私は近藤姓でも構いませんよ。うちには新ちゃんがいますから、その辺は心配しないでください」
近藤の唇を解放すると何か言い出そうとする。妙はそれを遮った。
「もし、新居を構えられない文無しになったとしても、この家がありますから住むところは困りませんよ。もし、新ちゃんが新婚生活を邪魔するんだったら、修行して来いってすぐに追い出しますから」
弾んだ可愛らしい声とは裏腹な言葉に近藤は思わず笑みをこぼす。妙は再び近藤の腕を枕にして寄り添う。
「大事な跡取り息子を追い出すんですか?新八くん、気の毒だなァ」
「かわいい子には旅をさせろ、ですよ」
ふたりは新八の顔を思い浮かべてくすくすと笑った。しかし、すぐに静寂が訪れる。
「……もっと早くにこんな話をしたかった……」
静寂を破ったのは妙の震える声だった。目尻からこぼれた涙は近藤の肩を濡らす。
「あなたがのんびりしてるから、残りの時間がなくなったんです……もっと早くにこうなってたら、もっと違っていたはずだわ……」
近藤は黙って聞いていた。
こんなのは八つ当たりだ。わかっている。今さら過去のことをどうこう言っても仕方がない。けれど、こんなにも後悔している自分がいる。
「ごめんなさい、近藤さん。私が言うことじゃなかったですね。私が悪いのよ。ずっと素直になれなかった私が悪いの」
「確かにお妙さんが悪い。そして俺も悪いです。さっさと帰ればいいものを、帰らなかった俺も悪い」
自分が喚いても近藤があの時に帰っていれば、こうはなっていなかった。目を見開いた妙は近藤にしがみついた。
「違います。帰らないでいてくれて、抱き締めてもらえて、私は嬉しかった。あなたは何も悪くなんかありません」
「お妙さんは悪くない。俺の気持ちを受け止めて、俺のことを想って泣いてくれた。嬉しかったです。今も、夢を見てるみてェで、嬉しくて嬉しくて堪らねェ。俺も、あなたと同じ気持ちでいます。果たせねェ約束も、もしもの話も、こうなって一層、一緒になりてェ気持ちが抑えきれないのも、同じだ。ただひとつだけ違う。俺以外の男に惚れたら、迷わずその男のものになってください。俺のことなんざ、すぐに忘れてください」
「いやです」
即答する妙に近藤は呆けた。
「こんなにあなたのことが好きなのに、別の人のものになんかなりません。そんなのあなたが許しても私が許しません。それに、別の人のものになった私を許すあなたも許しません。過去を清算して潔く去ろうとするのも許しません。最期まで、あなたの心は私のものです。私の心もあなただけのものです」
一歩間違えれば、その愛は狂気へと変貌するだろう。これでは、どちらがストーカーだったのかわかりはしない。悟った近藤は苦笑いした。
願わくは。俺の後を追ったりしないように。あなたがいなければ、この世界は色を失くした世界となってしまう。俺はあなたを見つけられないでしょう。そうならないようにどうか、愛する家族と、愛する仲間と、共にあってください。俺はいつもあなたの幸せを想っています。万が一、あなたの中に残した俺の愛が成就することがあったら、あなたの惜しみない愛で健やかに育ててください。俺を好いてくれてありがとう。
立つ鳥跡を濁す
Text by mimiko.
2015/01/28
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